27<詩人アレクサンドル>
※詩人→立会人の立場
に少々手直ししました。
前々から、そういった設定ではありましたので付け加え。
王太子付きの騎士団長である私と、貴族らが生息域とする華やかな社交界等に出入りする詩人アレクサンドル。職場のみならず行動範囲も重ならないので、遭遇することはさほどにない。それでも顔と顔を会わせる機会はあり、その共通項が王家。王太子殿下であられる。
――――と、いうのも……。
出会うたびに弦を弾いてにこやかな笑みを湛える美形だが、こうみえてこの男、王家子飼いの強かな諜報員でもある。それもただの諜報員ではない。
(諜報員を見張る諜報員……)
情報部らにとって彼は天敵といっていい存在であろう。
幼馴染みである情報部長官も、彼についてはノーコメントを貫くほどだ。
(この裏の顔を知る者は、ごく一部。
上層部の上澄みのみ)
王家の手足である情報部とも仕事内容は被るし、基本、企む者たちへの監視をこなすため仕事内容的に公安に近いようにも思えるが、彼がしていることを把握しているのは王家のみ。国王陛下、並びに王太子殿下の胸の内にしか彼らの存在意義は知り得ない。アーディ建国当初からの伝統であるため、情報部も代々黙認しているがしかし良い気分ではないだろう。
この詩人アレクサンドルはリヒター殿下の父君、王陛下が選んだとされる。
「サトゥーン団長もお懐かしいことですね。
わたくしが他国にて巡業して以来、ぶりでしょうか?」
「……そうだな」
にこり、と胡散臭さ全開の詩人に対し、私は一歩、距離を置く。
私のこの微妙な態度に、背中、腰回りにまで伸ばしたブロンドの髪が彼の笑みに揺すられ、小刻みに震えている。唇に当てた長い人差し指、その爪先に至るまで整えられた姿形。切れ長の碧眼は誘うが如しで、まさしくある種、特化した人間である。
「貴殿は相変わらずですな……」
「ええ。
まあ、そうでしょうね。
……あまりそう褒めないでください」
「褒めてないぞ」
「クス。懲りない、と言っていいでしょうね」
(いや、ある意味、面倒に特化した人材か)
にっこりとした笑みのまま、詩人は私にまるで握手でもするかのように妖しく手を差し出してきたが、
「詩人よ」
すぐに引っ込めた。
リヒター殿下もまた、彼のように容姿を整えることを良しとする成果主義だ。
王太子殿下の低く、程良い声が背後から呼びつけられる。
「他国の空はいかがであったか?」
貴人へと模範的な礼をする詩人。
絵にはなる。
「それはもう。ようございました、麗しき殿下。
あちらもこちらも、より取り見取りの花々でして。
あまりの香しさ、目移りし放題で、
さしものわたくしめも忙しくて眠る暇もないほどでした」
「どの花が一等であった?」
「かの砂漠に似つかわしくない天より降った赤き大花、
咲き誇る美しさは、さながら天女の如し。
噂通り、まさしく我らが美貌殿下にも負けぬほどの輝きでございました。
……ただ、わたくしめの戯言を一蹴するほどの苛烈さでございましたが」
「ほう。詩人の紡ぐ蜜のごとき言葉を一蹴、か」
「さようでございます。
わたくしのことなど眼中にないようで。
散々でございました」
詳しいことは分からないが、彼らの言い分からしてまた何かやらかしているんだろう。
内容からして妙にきな臭く、そのうち泥をかぶる羽目になるかも……なんて悪いほうへ想像してしまうと、どうも腹の底からのため息をつきたくなるが、今のところ、関係者ではない私は当該の人間ではないので貝のように口を噤む。
「アーディにてその身体、ゆるりと休め」
「ありがたき幸せ」
詩人の行動は多岐に渡る。
王家へ燻る貴族調査、御婦人がたへの愛の詩を捧げるのは彼女たちの情報網を得るためであろう、貴族子弟へ高度な教育は当然ながら詩人は弁えておりその道でも安穏と食べていけるのだが、それだけに留まらず、彼のその見目からして分かる通りの別の面をも使い分けている。
私の部下であるレオンハルトの手前、高尚にも誤魔化しているがぶっちゃけ、閨の事だ。
彼の得意分野なのだ、そういったことは。
肌を合わせた者はどんな相手でも口を軽くしてしまうといわれ、紳士淑女、という意味深な彼らにとっては評判である。社交界というものは基本情報交換の場でもあるが、男女の品定めの側面もあり、婚活市場ではあるもののふしだらな愛人やらそういった出会い……大人の社交場にも彼のような都合の良い者は引っ張りだこなのであった。殿下の側にて控える武骨な騎士団長でさえも、さすがにそういった色事、傍目からもあからさま過ぎて察するに余りあるというものだ。
実にアーディ王国の闇、暗部としかいいようのない人物である。
――――何故に私が彼を知っているかといえば、彼自らが堂々と正体を明かしたからである。
機密情報の塊のような男であるため、情報部よりも正直、何を考えているのか分からない不気味さがある。
「では、一足お先に」
そう麗らかに口元を緩めながら、緩慢な動作で何故か出てきた寝室へと向かう詩人。リヒター殿下のプライベートルームへと戻る際、流し目をわざわざ私に向けてきたあたり奴は確信犯である。鳥肌立つ。
部下であるレオンハルトからの視線をひっきりなしに感じるが、私からは何もいうことができない。なんせ、あいつは存在そのものが機密事項であるからして。さすがに教える訳にはいかないのだ。
とはいえ、静まり返ってしまった執務室内。
早々に白旗をあげた私は、つい、王太子たる主君に縋るような目を向けてしまう。
「ふ、安心しろ。
本当に奴は帰った」
「……そうですか」
確かに気配は寝室から遠のいている。
また裏道でも使ってどこぞへと消えたのだろう。
(……苦手、かもしれん)
アレは。
ふう、と息をつきつつ騎士服の胸元に寄った皺を整える。
想像以上に精神的に疲弊していたせいか、リヒター殿下の苦笑が耳にこびりついて離れない。
「あんまりアレが調子に乗るようならば、
追放だけでは済まさぬと、
キツく言い渡しておいたゆえ安心せよ」
主従そろって、詩人をアレ呼ばわり。
詩人の性格があまりにも飛びぬけてアレなのが原因なので、自業自得といえるが……。
(この場合、殿下も人のこと言えないよなぁ……)
すぐに諍い起こすし。
私を仕事詰めにするし。
不機嫌になるとまた仕事増やすし。
詩人は詩人で、私の部下へあらぬ疑惑を持たせようと面倒な振る舞いをしてほくそ笑んでるし。下手すると、社交界で私のいらん噂もまき散らしているかもしれん。うむ。いや、良くないが。しかし社交界なんぞ縁がない私だ、正直どうだっていいといえるが、あまり変な噂になると将来的に老後が心配だ。ただでさえホモ疑惑にまみれているというのに……。
(悲しい……)
ちなみに相手には事欠かず、な王太子殿下のレクチャーをしたのは詩人だ。
帝王学の嗜みとして致し方ないとはいえ、いくらなんでも私ではやはりこういった道は頼りないことだった。きちんと教わったそうで、詩人が立会人として、玄人相手どり無事学んだと報告を受けた際はほっと安堵したものだが、(当時の私はなんでか調子が悪くて、珍しいインフルエンザ、らしき高熱にまみれて死にかける思いをしたものだった、身体の節々が酷く痛み、鋼鉄の騎士やら鉄の騎士なんてあだ名がしゃらくさく感じられた働き盛りの頃の私であったが、)しかし、なと但し書きを奴に突きつけたいと常々思っている。
リヒター殿下の老若男女を問わず、な姿勢の一端を担ったのはこいつのせいかもしれないと私は睨んでいるのだ。
アレクサンドルの仕事ぶりもまた、目的のためならば手段を選ばない。
詩人、宮廷人、演奏家のみならず真実学者としての面も持ち合わせているため、確かに高度な教育を施すことが可能な聖国帰りという貴重なる経歴を持つ男だが、しかし、だからといってそこまで頼んでいなかった。技の幅が広すぎた。
立会人として当時、現場にいるのはさぞ居た堪れない思いを抱くであろうが、立つことができなかったことが悔やまれる。こんなにもリヒター殿下の私生活が荒れる遠因になろうとは、露ほどにも思わなかったのだ。殿下御自身、危険な目に遭ったこともあってそういった意味において、平然としてしまった。助長されてしまったのかもしれん。自分を大事にしない人間が、他人を大切にするだろうか? ある種、殿下はそれを体現なさっておられる。他国に対して厳しい姿勢はまさしくそう。
(王家の者らしい気高き精神、覚悟はあるが)
ぶっちゃけ、殿下はアーディ王国以外はどうでもいい、と考えておられる節が見え隠れしている。今回の、金環国への対処の仕方はまるまるとそうであろう。身内以外はどうでもいい、という精神。良くない。しかし、アーディ王国の民はほとんどの者がそういった考え方を持っているといっても過言ではないので、騎士団長としては頭の痛い問題である。アザー。他人です。素面でそう言い放てるのがアーディの人間らしいところなれども、プライドが高すぎるのもまた、問題であった。




