25<里山さんからのお手紙>
「ふっ。やはり気にしておったか……」
一瞬、素になってしまった私を気にも留めず、殿下は引出しから一枚の封筒を取りだした。差し出されたそれを受けとって見れば、へのへのへ文字みたいな異世界文字が宛名として記載されている。このインク。癖字具合。間違いなく里山さんが頑張って覚えた異世界語であろう、何回か貰ったことがあるため見覚えがあるが、私の名前がいつも通り伸びやかであるため間違いない。
上達の調子は伺えないが、彼女の努力の証というものは中の便箋に当たる。
検閲のため封蝋はすでに解かれていたが、取り出す。
ちら、と念のため殿下の様子を探るが、どうぞと言わんばかりに手の平で示された。
その深い青み、細められた彼の含みある瞳から遮二無二視線を逸らし、里山さんからのお手紙に意識を向ける。
リディさんへ!
(元気な字だ)
頬が緩んでしまう。
きちんと読めてますでしょうか?
この文字、ムズカシイです。わたしもっと勉きょうしていっぱい色んなことまなんでいきたいと思ひますです。鳥さんみたいに飛んでいきたいデスね。そしたらすぐにいっぱい、楽しいお話デキるのにとちょちょぴーり悲しいデス。
不便が多ひですす。
(うーむ、まだまだ使いこなすのには時間がかかるようだ)
以降、なんだか偽日本語を操る実は日本語上手な外国の人みたいな言い回しが続く……。
しばし軽妙なる異世界言語を追っていくと、日本語でいいですよね? なんて書き方がなされた場面に転じた。
金環国は雨季って季節があるんでしょうか、この頃はしとしと大雨続きです。
お元気でしたか?
洗濯物が乾かなくって大変ってお城で働いている人が言ってましたが、そちらはいかがお過ごしでしょうか! わたしは元気過ぎてサダチカの王様によく怒られます! 酷いです! でもなんだかんだで構ってくれるので、あの王様も根は良い人ですね。最初は酷い事してきて野蛮でしたけど、あんなに頑張ってるのを見ると、んー、なんでしょう? 情が移るってやつでしょうか。
勘弁してあげたくもなります。でも暴力はいけないことですけどね。
わたしよりほんのちょっぴり年上な偉そうな王様ですけど。
や、実際偉いんですけどね。足も速いし。
(……急に追いかけっこな話題になったな)
何故だか彼女が勝利したという辺りで、里山さんの健脚っぷりが判明した。
運動部であったらしい。
部活、なんて日本語をしみじみと味わいながら、次のページに移行する。
便箋は二枚のようだ。
新しい王様についていけない、って人はいなくなったみたいでここ最近は平和です。実は、前はあちこちにバラバラといたみたいなんです。見ちゃったこともあります。
でも、彼らは皆、都合が合わなくなっちゃったのか領地? っていうんでしょうか、引っ込んじゃいました。良く笑う宰相さんも最近すっごく楽しそうです。腕を振るった、とか誰かが言ってましたよ! 宰相さんって剛腕だったんですね。びっくり! いっつも私と王様見て笑ってますが、腕の長さはあんまり……いいえ、なんでもありません。
そんな宰相さんなんですが……何を隠そう、わたしのマイブームは宰相さんの物真似なんです! 物真似師匠のダリア・マリアン先生にお披露目したら、びっくり! 笑ってくれました! 泣くぐらい笑っちゃって止めるの大変でした。あのクール眼鏡レディのイメージが大崩落!
似てるって太鼓判です!
今度お会いしたときにはリディさんに披露しますね!
(やはり金環国家バージルへ、里山さんを預けたのは正解だった)
この明るさ。
書面からも伺える。
万が一、も考えていた。
だからこそ約定をとりつけたしダリア・マリアンという私の副官をつけたのも、それを見届けるためだ。無論のこと、里山さんを護衛という任もあるにはあるが。
(大丈夫そうだな……)
安堵の息が漏れる。ただでさえ異世界である。
彼女にとってこの世界は受け入れがたいか否か。それは人によって違うし、何もかもが嫌になってしまうことだってある。誰しも例外ではない。
すなわち、うつ病。
一番気にしていたことが、それだ。衣食住という問題はクリアしたのだ、安心すると、人間、考える葦になる。食べることに必死に生きた戦前などの時代ではないのだ、満腹になると余計なことを考えるのもまた人間なのである。
……命を絶つということは、沢山考えることでもある。
かさ、と便箋を二枚、重なり合う音を私の耳は拾いながら、懐かしの日本語を舐めるように見詰める。里山さんは書いてくれていた。金環国家に友達がいるということも。親しい人の輪が増えていっているのも知っていた。副官殿から彼女の人間関係について報告は受けているので、私の懸念は解消しつつある。
(ん?)
…………本当、日本語って偉大ですね。でも日本語で書かないと忘れてしまいがちなんで、
「む?」
なんだ?
これでは三枚目、がありそうな最後だった。
この句読点、間違いなく三枚目を示唆している。
だのに。
「……リヒター殿下」
便箋に視線を落としたままおもむろに声をかけると、殿下はまるで分かっていたかのように返事をする。
「なんだ?
検閲はすると事前に通達はしている。
文句は受け付けないぞ、リディも頷いただろう」
「これで終わりですか?」
赤毛の王太子殿下の麗しい御尊顔に視点を変えると、彼は幾度か瞬いて、しらを切ろうとしているつもりのようだった。
「検閲にはそれなりに時間はかかる。
無駄に出仕して役得だけは得ようとするもの無能どもが、
跳梁跋扈し過ぎている嫌いがあるのはリディも把握しておろう。
いくら俺付きの側近だとしても融通を利かすのはなかなかに……、」
「リヒター殿下。
続きがあるような書き方をしています。
この手紙の続きはどこに?」
真顔で言い渡されたが、そうは問屋は下ろさない。
「あるでしょう?
この日本語には続きが示唆されています」
「……さようか」
頬を片手で支えながら、冷酷な月の細い形をその唇に模した王太子殿下。
にっこりと微笑した彼は、また引き出しから続く紙ぺら一枚、見せてきた。
「やはりそういった意味か」
こうして書いてもいるんですがってしかもスマホもないから検索できないし、辞書もなくて画数とか合ってるのか分からなくって地味に困ってます。難しい字が書けないって、本当にこの日本語ド忘れちゃったらどうしよう。危機意識持ってます。
リディさんはどうやってこの日本語を忘れないようにしてましたか?
リディさんからのお返事、きちんとされてて綺麗な日本語でわたし驚きました。
金環国でおっしゃってたように、何回も何回も書いて忘れないようにしてたんでしたっけ。リディさんがすごい努力家で、わたし尊敬します。だって、空しくなかったですか? 誰にも伝わらない言語を、ひとりでずっと書き続けるってこと。怖くはありませんでしたか?
不思議なことに言葉が通じるので喋る方の言語には不自由しないんですが、書くほうまでは異世界なりの保護ってやつでしょうか。
守護?
そういったものがなく、英語みたいなこの世界の言語を覚えるのになんだか不便というか。喋るのと書くのがちぐはぐで、わたしにはなかなか覚えづらいです。
サダチカの王様にはすごく訂正されますし……馬鹿にされ……(以下、延々と続く)……
……すみません! 愚痴ばっかり書いちゃって!
マリアン先生にも日本語、って文字のほうが多いって文句言われちゃいましたが、でも今回だけは特別に許してくれるそうです。といいますのも……。
なんと!
このたび、わたし里山遥は金環国の代表のひとりとしてアーディ王国へ行けるようになりました!
やー嬉しいです。
ぶっちゃけこの世界って車もモノレールもバスもないし、飛行機だって船だってあるのかなあって感じなのに、まさかこんなビッグチャンスを掴める日が来ようとは思いもしませんでした。
ここだけの話。実は……江戸時代でいう、お伊勢さんのお参りみたいに一生に一度ってレベルでしか行けないかも、ってちょっとだけ危機意識持ってました! いざとなったらなんとかしよう! っていう覚悟持ちつつ。けど、行けることになって……宰相さんには感謝感激雨あられって感じですね! もうちょっと宰相さんの物真似、練習してクオリティ上げときますね! 良い方向に!
あーもう、楽しみです!
それで、もしよろしければ、なんですが!
いつでも来ていいっておっしゃってたし、迎えに来るっておっしゃってたので、ぜひ、そのお邪魔でなければ、でもやっぱりお願いします!
わたし、リディさんとお会いしたい。
お願いです。お話ししたいです。
我儘で、ごめんなさい。
でも。
寂しいんです。
とっても。寂しい。
リディさん。
ごめんなさい、でもリディさんなら理解してくれると思って。
こうして長々と書いちゃいました。
この感じ、なんか、ホームシックってやつでしょうか? 言葉の通じない外国にいる留学生、みたいな。でも、わたし望んで留学はしてないし、言葉は通じるからそういう意味においての不自由さはないんですが……ただ、帰れないってのは辛いです。
すみません、お忙しいのにムズカシイことお願いしてしまって。
もし、ムズカシイならムズカシイでもいいんです。このムズカシイって漢字も思い出せなくなってきて、ああ、やっと思い出しました。難しい、でしたね。
あ、すみません、ちょっと余白が足りなくなってきました。
では、もし駄目だったら駄目でもいいんで! よろしくお願いします!




