24<王太子殿下の執政、中>
下がれ、という合図も何もないのでこのままの立ち位置で、ひとまずはリヒター王太子殿下の外交を疎かにしているつもりはない、という殿下の発言を吟味する。
矛盾してない? って聞いたら、だろうな、なんてあっさり具合。
サダチカ王が来訪しているというに、出迎えにもいかないあたり徹底しているといっていい。
「……どうでも良い、とは。
我らが栄えあるアーディ王国の王太子のご発言とは思えませんな。
それとも私の聞き間違いでありましょうか?」
まさか、このまま放置なさるおつもりではないでしょうな?
いじくっていた赤毛を払ったリヒター殿下、婀娜っぽいため息をつく。
「だとしたら、どうする?」
執務机の真ん前にいる私を相手に、肘をついて両手を組み。
絶世の美貌が感情を削ぎ落した顔で、上目遣いで座したまま私を見据えている。
長いまつ毛だけがぴんと並び立ち、口元は手の平の下にて隠している姿勢だ。
(む)
実際、金環国に対する王太子殿下の心証はすこぶる悪い。
王位を与えた国への優位性は揺るぎないから、無礼な態度をとったとしても金環国は許さざるを得ないんだが、それにしたってこの態度は王子様らしくない。
その底知れぬ青眼、冷え冷えとしている。
「リヒター殿下、かといってこのまま何もしないというのは……。
……彼らが立ち去るまで見て見ぬふりをなさるなんてことは、まさかに」
「ふ、それもなかなか良いな。見応えがありそうで」
「殿下!」
巧まずして一喝が出てしまった。
王太子の執務室に私の声がびりびりと響く。
「我が主、我が君よ、
何を不躾にそのような態度をなさるのです。
貴方の発言は王族としてとても大きい、
その態度ひとつとってみても、周囲の国々、他国がどういった判断をするか、
何も知らぬ貴方ではあるまいに」
「嗚呼、五月蠅い」
「殿下!」
執務机に思わず手が伸びてしまい、王太子殿下に詰め寄ってしまったがまったくもって殿下には届かない。むしろ明後日の方向に顔を背けられ、片手で振り払われてしまった。
つんとした鼻筋は真っ直ぐで綺麗だが、苛立ちが募るようで眉間に皺が寄っている。
そのあんまりな姿勢に、ぎり、と歯を噛み締める。
(くそ、駄目だ。こうなってしまうと殿下は曲げなくなる。
平常心、そう平常心を取り戻さねば)
はあ、と二つの肺から思いっきり二酸化炭素を排出し。
幾分か頭に昇りかけたものをまた足の抹消神経に落とすまで、胸に拳を当てて一気に気持ちを落ち着かせた。
「……まずリヒター殿下。
どうして、こうなってしまったのか。
その経緯を教えていただけますか」
でないと単に外交サボっただけの人にしかみえないからな、この赤毛の王子様。
私のこの訝しげな視線に含むものを正確に読み取ったものか、ふー、と。
私のため息を気にして、ため息返しをしてきた王太子殿下は私に対し向き直る。
見やれば、彼はその美々しい御尊顔に表していた不機嫌さを幾分か和らげており、手ずから、まさしく私にその手の甲を差し出してきた。示した、といって良い。
(挨拶か……)
ここ最近多い気がするが、まあいい。
アーディ王国では貴人の手に口づけをするのがマナーであり、仲の良い相手同士であれば気軽にする風習、文化といっていいものである。こういった珍妙な喧嘩のような、なんか空気が悪いなってときに柏手みたいに仕切り直す際にもされる挨拶だが、私は高レベルのこういった触れ合いが苦手というか得意ではないため、やり直しをいつ宣言されるか冷や冷やものであった。先輩騎士は基本的に厳しかったからな。
躊躇うも、やるしかない。
(はあ)
いや、それにしても。
ほっそりとした、しかし剣ダコもある御手だ。
節々は間違いなく男らしいんだが、どこか悩ましい肌色と透明感がある。この美貌王子というあだ名に相応しい外見を持つ王太子殿下へのこの挨拶を平然とこなせる人間は数が少ない。私もその一人といえるだろうが、にしてもなかなか難しいものがある。元来、この世界に生まれる世界からして私の誕生国は欧米諸国ではないので、こういった触れ合い方が妙にしっくりこないのだ。
そっと私は王太子殿下の御手を拝借する。
いずれにせよ、殿下のご機嫌を向上させて確約ぐらいしてやらねば、な。
でないと、さすがに。外交とは足の蹴り合いとはいえ、せっかく来訪した王が何も成果もなしに帰国させるのは不憫なのだ。
(里山さんの最大の庇護者にチカラがついてないと困るからな)
彼ら金環国家が無事、アーディ王国のリヒター・アーディ・アーリィ王太子殿下の滞在のお墨付きを得られたら良いと期待し、整い過ぎて光を反射する爪先に唇を寄せた。
そもそも、何故ここまで殿下が臍を曲げたのか。否、金環国家からの来訪者との接触を拒絶し、無視し続けたのか。そこからまず、私は確かめた。
異世界の新人類になる前は日本人であったので、懐かしい和文化に意識が向くのは至極当然なこと……なんだが、魅るべき場所がない殿下にとってはお気に入りの側近とられて面白くない、って印象だったそうである。アレだ、愛猫がせっかく用意した道具に遊んでくれず、道具が入ってた段ボールにみっちり入ってしまってもやもやな気分、みたいな……愛犬がボールをくわえて戻ってこないぞ、あっ、汗だくで探しまくって見付けたと思ったら三軒隣のミーちゃん(犬)に尻尾振りまくってた、みたいな……。
(……私ペットだったか)
となるとずいぶんと図体のデカい騎士団長である。
しかも言うこと聞かない。
(……おまけに年齢も年齢だしな)
騎士の早期退職率は高い。
肉体を使う職業だからな。体が資本なので、無理がかかりやすく寿命も短いゆえに殉職率も他に比べるとややも高い。日頃から老後を気にするのもそのためだ。仕事柄脳筋もいるが、酒を飲む機会があるとそういった話が折々出るので、皆世知辛く騎士をしている。
(正直、私は出来る限り生きてきたし。
そろそろ引退でもいいんだが)
だからこそ、こんな不敬なことを仕出かしてしまえるのだが。
老後は金環国名物の温泉巡りに……なんて洒落込みたいし行動してしまいたいところなれども、この王太子殿下のご様子からするとあまりそういった発言は差し控えた良さそうである。
(アーディ王立学校を設立した時も、
妙に金環国を気にしてたしな)
殿下に尋ねるべき事柄は他にもある。
「殿下、私宛の手紙についてですが」




