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23<王太子殿下の執政、上>

 王の門を抜け、靴音鳴らして王城内を急ぐ。

門兵は敬礼しつつも驚いていたが、後方をただひたすらについてくるレオンには誰と会う腹積もりなのか察しているのであろう、先ほどから沈黙を保ったままでいる。賢明な判断だと私は評した。

 

 (実際、これから喧嘩するかもしれんからな)


 殿下と。





 筆頭王太子付きの護衛騎士でもある私は、リヒター殿下の公務内容を把握している。

朝イチで殿下のご機嫌伺い……もとい、公務チェックをするのは護衛騎士だからな。当然ではある。金環国家では殿下を任せられるしこたま強い騎士がいたし他に優先事項があったため、ややサボっていたが基本王族の公務内容に変更はないので私は靴の先を、気持ちの赴くまま執務室へと向かわせる。


 (さて、現在の殿下は……、

  書類に目を通されてる最中か)


 目移りしていなければ、だが。

 眉間に皺が寄るのを自覚しつつ、私は肩を風を切るように歩く。

すると武骨な造りであった王城がするりと豪奢な歩廊へと様変わりする。

中央には白皙の人型石膏が小瓶を肩に持ち上げて清純な水を垂れ流し、噴水代わりとなっている。その噴水回りには大振りの花弁が咲き乱れ、王太子の住処に彩りを添え常に良い香りを漂わせていた。憩いの場としても王太子宮は有名で、だからこそ出入りが制限されるがため呼ばれることに意義を持つ者も多い。美しい庭園造りに定評ある代々の庭師は良い仕事をしているが、姿を見たことがない。姿を見せぬ庭師については王城の七不思議のひとつになっているが、武骨な王城内部で、整然とした緑豊かな此処はもっとも気品ある室であると言われている。


 「さて、レオン」

 「はい」


 王太子の執務室に近づく前に、私は部下であるレオンハルトに胸の内を明かす。


 「私はこれから、殿下に対し不敬紛いなことをしでかす……

  かもしれない。

  すべての責任は私にある。

 「……はい」


 振り返り見る部下の面差しはどこか暗いものだが、しかし反発するような言葉は述べない。

私は息を吸い込み、問題はない、ということを告げた。


 「今回の殿下のなさりように対し、

  私は不満を抱いている。

  だから……、

  いつものことだ。

  間違っても前に出るな。

  いいな、レオン」


 レオンハルトは一瞬隙を突かれたかのように動揺したが、潔く敬礼した。


 (よし)


 貴族の血を引きながらも、真面目一辺倒なレオンハルトらしい振る舞いに私は口元を緩める。 


 



 予想通り、リヒター・アーディ・アーリィ王太子殿下は洒脱な恰好で書類に目を通していた。纏う数多の宝石もなかなかに輝いているが、煌めく本体であるところの美貌は筆舌に付きがたい。世の人々が食い入るようにして見詰めたくなるほどの美を燦然と放っている。

 

 (さて、殿下のご機嫌はというと)


 さらさらと長い文章を書き綴ってる手にあるペンは殿下愛用の品で、私がプレゼントして差し上げたものだ。長年酷使されてきたため殿下のほっそりとした人差し指のあたりが黒々として凹んでいるものの、使いやすいとそのままになさっておられる。


 (不機嫌かな?)


 と思ったが、別段そうでもなさそうだ。

 俯く白皙の美貌は変わらずだし、長い睫は右左、右、斜め左、さらには上にいったりと執務机には大臣らのお便りでもあるところの分厚い書類を四方八方にのせ、一枚、一枚をその聡明な頭脳でもって視界に入れて要約しきっているのだろう。読み込んでいる最中、長いまつ毛がばしばしと瞬いている。そう、瞬きが多い。私たちのこと気にしているのだろうな。そりゃそうか。執務机のど真ん前に佇んでいるし。

 さて、我々、レオンと私は立ちっぱなしである。

 殿下からのお声がない限り、私は殿下の邪魔をしないので部下もそれに習っている。

そのため、三者三様、互いに無言状態のままであるが――――まぁ、殿下は私が来るのを分かっていたはずである。なんせ私とレオンの会話は筒抜けだからだ。

 国宝、サファイアのみぎり

騎士団長である私の襟元に今もなお装着しており、微動に応じて光るのは単に蝋燭の灯に反射しているだけではあるが、このラペルピン、騎士団長のお洒落アイテムながら地味ながらも盗聴器の役割をも果たしている。

 ……何故に下賜された国宝にそんな能力があるのか……しかも己の護衛騎士に身に着けさせるとは。初めのころの下賜された喜びを返してほしい。甚だ疑問のある王太子殿下の行為だが、誰でも扱えるといわれる国宝、あるいはアーティファクトとも言われるこの秘された魔法は、無論ながら当時知らなかった私の隠したがる真実……たとえば、喋った日本語さえも殿下のその鼓膜に触れたはずである。というのにも関わらず、サファイアの旁旁かたがたと呼ばれる私の国宝と同色の宝石は変わらずに殿下の赤毛に編み込まれている。日本語について詰問してこない殿下はどういうつもりで私に与えたのか不明だが、まあ聞かれたら聞かれたでふてぶてしく話を逸らすつもりなので、だからこそリヒター殿下は尋ねることはなさらないのかもしれない。敵からの投擲を無効化という能力もある国宝なので、まあ悪いものでもないのだ。プライベートはガタガタになるが。

 ふう、と長嘆息が、殿下の艶のある唇から吐き出された。

青眼の視線が私たちの視線とぶつかる。


 「……で、なんだリディ。

  俺は忙しいぞ、見ての通り」

 「そのようですな」


 ようやく、といったところか。

キリが良いところであったようでペンをペン置きに差した王太子殿下、その輝石のような青い瞳が私を見据える。

 

 「リヒター殿下」

 

 ごほん、とひとつ咳をして。

場を自分へと手繰り寄せてから、殿下の心中を図る。


 「殿下、どうして金環国を拒むのですか」

 「拒むとは?」

 「すでに我らが王都に彼ら、サダチカ王を初めとして、

  里山遥、他護衛の金環国の者たちが入国しておりますれば。

  情報部の長からも話はいっているのでしょう?

  何故、彼らとの饗応もせず、

  こうして書類仕事をなさるのか」

 

 普段であれば、このような言い回しは私はしない。

好みではないから、というのもあるが。

 リヒター殿下の麗しい面立ちがじっと、私の真意を探ろうとする。

互いに化かし合いしてる気分だ。


 「わざとですか?

  不肖、私めにはそのようにしか思えませんが」


 じろり、と睨めつけるようにして私はリヒター殿下にお尋ねする。

と、王太子殿下はゆるり、と緩慢な動作で小首を傾げて何やら勘案しつつ、


 「リディ」


 私の名前を呼ぶ。

静けさの中に落ちる水音のように、殿下の声は耳朶に響く。


 「は」


 じ、と穴が開くかといわんばかりに私たちは互いに見つめ合う。


 「……正直申せば、俺にはあの国にるべきものはない。

  何もない」


 え、と驚愕して私はまじまじと殿下を見据える視線の強さを弱めてしまう。

とここでため息混じりにリヒター殿下はようやく視線を私から逸らし、赤毛の毛先を、その整えた爪先でいじくり始めた。まるで面倒だと言わんばかりに。


 「大体、あんな国に踊らされるとは。

  …………リディらしくない」


 正直、殿下の言い回しも良くわからない。


 「あの、殿下……?」

 「嗚呼、お前はあの金環国に感情的になりやすいようだからな。

  ゆえに、少々、お灸をすえてやろうという気はないでもないが、

  だが、だからといって外交を疎かにしているというつもりはない」

 「……は?」


 良くわからんが、殿下的に外交を疎かにしているつもりはないらしい。


 「……であるならば、少々矛盾しておりますな」

 「で、あろうな」

 

 ふん、と鼻息つきで言われた。


 「ならば、何故に彼らを放置なさっておられる……」

 「どうでも良いからだ」


 しーん、とする執務室内は変わらず豪奢な調度品に囲まれたままである。

机上にある国宝探しの国宝もぐるぐると蠢くばかりだし、反応はない。

 後ろで待機しているレオンが身じろぎをしたものか、騎士服の衣ずれの音だけがよくよく王太子の執務室で目立った。

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