22<レオンハルト・バル・バニュルス>
レオンハルト・バル・バニュルスにとってその人物との初遭遇は、驚きの一言に尽きた。
「団長がまさか、あの情報部の人間とお知り合いとは……」
レオンにとってサトゥーン伯爵とは王太子に忠誠を誓う、理想的な騎士であった。
王太子付きの騎士団長となってもその多忙な仕事ぶりは変わらずで、団長の執務室にはそびえる書類が天井につくかといわんばかりに山積している。それなのに王太子が面倒だと放り投げた厄介ごとを代わりに引き受けて後始末をしたりするのだから頼りにされているともいえるが、幼かったリヒター王子の身の回りの世話や教育さえも担当してきた長らくの信頼のたまものだと言われている。
逆にいえばただの苦労人である。サビ残有りの。
正直な話、レオンは未だ信じられないでいる。
サトゥーン団長にアーディ王国の裏としか言いようのない人間と伝手があるなんて、と。
団長が黄金世代の1人であるのは、副官補佐を拝して間近にいるからこそ分かりきっている。実力を持っていることは疑う余地はない。レオンもまた、王子奪還の任に関わった一人である。くたびれた様子のおっさんとしか思えないしおしおな様子のサトゥーン団長も目撃したことはあるが、それでもなお理知の目を曇らせず、王子の我儘を諾としたのをきちんと理解している。
であるからこそ、余計に。
「幼馴染みなんだ」
「腐れ縁だなっ!」
こんなに明るい情報部の長がいてたまるか、とレオンは手近にある酒を煽った。
アーディ王国建国当初から裏で暗躍してきた由緒ある当代情報部の長は、カラカラと笑いながらレオンの皿から燻製卵を頂戴する。
「んで、探してるのは金環国のお嬢ちゃん……、
あー、あの!」
「そう、里山さんだ」
「うわっ、懐かしいな!」
「く、ふふっ」
(団長ってこんな……楽しげに笑う人だったか)
いや、確かに笑う方だった。
ただ幼馴染み……いや長年の友の前では飾ることなく頬を緩ませることができるのだろうと、なんだかもやもやとした心持ちのまま、レオンは不躾に情報部の長をじろりと見続ける。
男の恰好は、どこにでもいるといっていい一般的なアーディ王国民の服装だった。
ただしその他一般の人々と混じりあう生活を送り、日々情報収集に勤しむためか、職務柄なのかやや黒い色合いのものを纏い、その目鼻立ちもよくよく見れば悪くはないが埋没しやすい個性ではあった。良くも悪くもただの気の良さげな兄ちゃん、といった風情である。
「まー、知ってるよ。
このオレっちが知らんわけがあるまい!」
「だと思って、照会した次第だ」
「なるほどなあ」
幼馴染みはもぐもぐと卵を頬張りながら、ふむふむと笑窪をその唇の両端に生み出しながら、今度は大根の煮付けに箸の先を突いた。
「たださぁ、リディよ」
「なんだ」
「知ってるか?
金環国はさぁ、外交を二つに分けてきた。
彼女たちは……、片割れだ」
「は?」
(どういうことだ?)
団長と同じ不思議な顔をしたレオンは、己の手元にある小皿にあったはずのチクワも情報部の長にひょいっとパクられていることに気付いていない。
「どうやら化け物宰相は、
アーディ王国の影ともいうべきオレっち、
情報部を嫌がってるみたいでさぁ、
ま、そこらへんはこっちはこっちでなんとかするとして」
「む」
右から左へ箱を置く、といったジェスチャーをしてみせた情報部長官。
「金環国は初めから一つの団体、
外交使節を送ってきた予定であったらしいが、
途中で仲違いでもしたのか、
二つに分けてアーディ王国へ来訪してきたんよ」
「……まさか金環国の王が来訪するとは」
まさかのまさかである。
情報部の長、情報部長官と王太子付きの騎士団長が幼馴染みかつあれほど仲良くてたまに酒を飲む間柄である、ということにも衝撃を受けたが、さらには外交上の問題も浮上し混迷を深めた。世情的に。
「どう、しましょう団長」
「うむ……」
サトゥーン団長は、その碧眼を伏せ、ううむとまた唸りながら両腕を胸の前に組んで沈思黙考し始める。
(オレでも困るなあ、って思う案件ですよ、コレ)
しかも金環国、ここ最近条約を結んだ国である。
長期鎖国をしていた引きこもり国家が開放されたのである、その第一歩として外交が始まったのは当然のことだが、しかしそのお相手がお相手である。
(宰相補佐とか、外交担当者が来るかと思ったら)
どこか手詰まり感のある空気を感じ取りながら城へと帰投途中、レオンは紡ぐ。
「金環国の最高権力者とか、手に余りますよ本当」
「……そうだな」
星がちかちかと頭上を色とりどりの色で輝いている夜半過ぎ、騎士団長とその副官補佐はぐったりとした面もちで歩いている。無論、宿という宿を新市街地で歩き探したせいというのもある。かつての敵国からの国王陛下来訪という精神的なダメージも蓄積されて疲弊していた。
「仕方あるまい。
まぁ、あの殿下のことだ、
把握していなさるだろうが……」
なんだかいつもらしからぬ喋り方をしながらも、サトゥーン団長はちょっとだけ危惧はしていた。
(馬が合わない、といった態度でおられたからなあ。
……金環国の、それも一応の王位を継がせた
……当人だから……無責任なことは……)
いやまさか、と嫌なほうに思考がシフトし始めている。
「いや、まさかな……ははは……」
「団長?」
心の言葉を口にも出し、唐突に笑い始める騎士団長に部下であるレオンは首を傾げる。
「いや何、あの殿下のことだ。
わざと外交を放っぽり投げて素知らぬ顔をしている、
なんてことはないと思ってな」
だといいのになあ、なんて。
カラ笑いをしながらも、嫌な予感にまみれていた。
(いくらなんでも、
隣国の王の来訪を歓待せずに放置プレイなんて、
そんな)
それでいて里山遥に関してもスルー、という徹底ぶりはありえない。
彼女は金環国において重要な立場にいる女性である。それでいて騎士団長手ずから書次期少年王に判を押させて契約させた。書面もばっちり残して複写済み。勇者、の新たなる来訪は隣国にとって重要な意味を持つし、国そのものを危うくもするだろうが新しい時代の夜明けさえも纏う、希望といっていい未来だ。何故、そんな彼女が少年王と分裂してアーディ王国へ訪問しているのかは謎極まりないが、しかしかの少年王が約束を違えるようなことはしないと、サトゥーン団長は考えているしリヒター王太子殿下もサトゥーン騎士団長の証拠がっちり周到なやり方に苦笑をしつつも頷いてみせた。以来、里山遥は金環国家の庇護を受けている。
恐らく安全な旅程は組んではいるだろうが……。
(……手紙、そういえば私の元へ届いていないから、
中身読めてないなそういや)
「……団長、怖い顔してますよ」
「……そうだな」
知らず知らずのうちに、王城へと向かう足が速くなっていくことに騎士団長はともかく、レオンもまた連れられて競歩から駆け足になっていくのに時間はさほどかからなかった。




