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21<出会いは唐突に>

 とんでもないハプニング、というものは人の頭の中を真っ白に塗りつくしてしまう。


 訓練された者であれば、たとえつまずいたしても瞬時に危機意識高く動けるのであろうが、残念ながら里山遥にとって出来ることといえば所詮やったほうがいいという程度の避難訓練だし、ほうれんそうだし、教師が陣頭指揮をとってくれるのでその通りに行動すれば良いといういうなれば模範的な生徒でしかなかった。

 また、金環国では身を守る術なんて習っていない。

座学や乗馬の訓練、文字の読み書きなどの頭に詰め込む教育や移動手段ばかりで、こういった衝撃的な遭遇は経験則的に……あるけれども、あの時はあの時であったし、実のところどうすべきか分からず。ただの学生のしがない身分でしかなかった遥にはいささか、危機的状況に参っているといえた。


 (な、なんか、壁とか走ってる人に捕まってるんですけど)

 (す、すごく怖いんですけど)

 (み、味方が遠くなっていくんですけどぉ!?)

 

 逞しいおっさ……なよ竹たちの疾駆な姿が辻角を曲がるたびに距離が離れていき、とうとう見え隠れするほどになってしまった。慣れない土地と、路地から路地へと突き進むスタイルについていくのがやっと、という装いである。さもありなん。

 

 さて、どこへ向かっているのか。

建物の色が、いつの間にやら先ほどとは打って変わって別の。変色したものとなっている。

 まるで、過去に燃えたことがあるかのような……所々、石壁の荒み具合と染み具合が妙な具合である。


 そんな石畳の路地裏を、ヘロヘロな護衛たちはそれでも踏ん張って勇者の卵浚いを追走していく。

彼らは金環国の少年王に直々に任されたというプライドがある。それでいて仕事に関して抜かりなくやるつもりだ。ギルドの末裔でもあるし、こんな異国で下手うつような真似、母国に対し申し訳が立たない。


 「くっそ、サトヤマ、様、はぁ、はあ、あは、はあ……ああああ!」

 「は、はええな、あのチビ助ぇ……ぜぇぜぇ」

 「あんた、た、ち、ホント、訓練なまって……るわよぉおおお」

 「てめぇに言われたくねえ、げほっ」

 

 頑張っている。

 が、その頑張りも、あと少しで途切れそうだ。


 「あ、足がつるっ!」

 「駄目、だっ、こんなところで倒れ、な」

 「うぐっ、くそ、最近お米食べてないからぁあ!」

 「力が抜けるっ」


 パン食では力が出なかったようだ。

遠方では跳ねるように走り去る輩と、奴に囚われてぐったりとしている遥の傾く背中があった。垂れ下がる彼女のポニーテール。しなやかな黒い髪は彼女が異邦人である証拠だ。いつも明るく、元気でいるのは彼女がそういう性格であるということもあるが、金環国の住民に悲しい顔をさせないためであることを、金環国の者である傭兵団員たちは察していた。


 「くそ、勇者、様……」


 額に汗を幾つも産みだし、ぜえ、ぜえと息切れを起こす彼らをあざ笑うかのように。

遥は、攫われ……どこぞへと、連れて行かれようとしていた。


 不貞な輩は、にやりと笑う。

爛々と輝く瞳のままに、ざっと背後の様子を確認して軽く肩を竦める。

 これで目的が達成できる、と確信しているのだろう。

風を切るほどの速度ながらも、少しだけ速さを落とした。

途中、奪った貴金属の跳ねる音も落ち着いた。先ほどから耳触りだったのだ。

 泥棒は屋根を駆け昇るためか、軽く走りながらも石畳の足音けたたましい路地裏から視点を変える。追いかけてくる人間たちは、どうせ地面を這い蹲るばかりの体質的に低能な輩ばかりであった。跳躍力はなさそうだったので、もしかすると屋根伝いに逃げた方がいいかもと目算をつけている様子である。疾走しながらも器用にも、体重を乗せる場所を上方を見ながら模索して様相をみせていると、


 「ナにヲしてイル?」


 はっとし、声の主の方向を見やれば。

前方には、ひとりの少年が影を背負って突っ立っていた。

まるで通せんぼでもしているかのごとく、誘拐犯にちっとも恐怖を覚えず、むしろ逃げ出そうともしない。堂々とした立ち振る舞いである。

 ―――――直進してしまえばいい。

体力あるはずの護衛でさえ撒いてしまうほどの素早さを持つ逃走犯である。この圧した速さでも常人であればついてこれないはず。横を過ぎてしまえばどうってことはない――――なのに、何故か遥を担ぐ犯人はそんな行動は選ばなかった。

たかが少年、だというのに大いに急ブレーキをかけ、意識的に両足を踏みと留める。まるで回避するかのように急遽、太ももに力を籠めて得意とする跳躍を使い、えいやとばかりに派手に飛んだ。それはもう、見事に。

 虚を突かれたのは通せんぼ人間……もとい、茶色の髪を半分後ろに流してめかしこんでいるらしい様子の少年である。奴の壁走りの見事さに思わずといった感嘆の声を上げた。


 「ほォ」


 面白げに、だが決して油断せずに目玉を蠢かし奴の壁移動する位置をしっかりと把握する。

懐から光る得物を取り出した。彼がもっとも得意とする投擲術である。

 にやり、とした笑み。

それは、彼が金環国で大いに暴れまわっていた頃の嘲笑と質は同じ。

耳たぶには沢山のピアスが飾られており、国元にいたときよりも万全に調子は整っている。


 「そらヨっ!」


 石畳上の少年は愉しげに壁伝いに逃げ回る奴の足元や、がらんどうな腹回り、目先目掛けて投擲を開始、びしびしとけたたましく恐怖の破壊音を石壁に打ち付け、犯人の忙しない足の動きを止めた。壁走りをする奴の、その靴先にさえも投擲して。

 全力で犯人の周囲を無数の暗器で打ち付けたものである。

 出来上がりは……石壁に細かなヒビがびしりと入っていることもさながら……さも虫の標本のような……見事な腕前であった。


 「うわあ」

 「凄いですね」


 それに声を上げたのは、屋根上にいる二人の部下である。


 「相変わらず容赦しないですな」

 「まったくです」


 ひょろりとした男と、筋肉だるまな男が現場を見下ろしている。


 「女性に対し、もう少し配慮すればいいのですがね」 

 「まったくですな」

 

 互いに似たようなことを発言し合いながら、少年の部下たちはため息つきながら呆れたように目配せし合う。


 「オイ!」

 「うわ、呼ばれましたよ……」

 「仕方ないですな」


 少年に上から目線で呼ばれた部下二人組は、やれやれといった風で次々と飛び降りた。

屋根から。

 どすん、どすん、と二人の体重の乗せた音がする。

少年はそんな物音さえも気にも留めず、くい、と顎をしゃくって高々と命じた。


 「アレをどうにかしろ」

 「やっぱり」

 「面倒ですな」

 「隊長がしでかしたのに」

 「不始末はこっちに押し付ける気満々なのは昔からですな」

 「……オイ」

 

 と、漫才のような会話が白熱している間に。

誘拐犯によって抱えられたはずの里山遥が、ふらり、と。

 石壁から、剥がれ落ちようとしていた。

 どうやら少年の投擲は、犯人だけを縫い止めていたようだ。


 「ア」


意識していたのかどうなのかは不明だが、まるで傷つけないようにという配慮が裏目に出てしまったようである。

 遥の一本縛りの毛先がまばらになり、重みある後頭部からゆっくりと傾いでいった。

異界の少女は両目を閉じたまま。

 石畳の上へと、真っ逆さまに落ちていく……。

 

※謎の出現、と思われるかもしれませんが、

 里山さんたちはイの一番にアーディ王国にやってきました。

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