20<金環国、観光親善大使ご一行様⑤>
王都の情報収集に重きを置いた宿に缶詰から、数日ぶりの外出である。
読書も運動も出来ず、ただただ窓という枠から王都の一部をずーっと拝見という日々からの開放である。そのため体力も気力も十二分、遥の体調はすこぶる良好である。
王都の治安は昔と比べて悪化している。
という懸念材料はあるものの、傭兵たちは本来の職務を遂行できて護衛業務を満喫中である。
石畳、久方ぶりの足の運びは快い――――旅先、という気分もあるが。
「サトヤマ様っ!
あの人素敵じゃない!?」
「うーん」
ムキムキ護衛がきゃっ、と顔を赤らめて指差ししてる先には発達した二頭筋を惜しげもなく晒している男性がいた。アーディ王都民である彼は怪訝そうにこちらに視線を一瞥し、立ち去っていくがどう見ても男のガタイはくねりくねくねしている傭兵のほうが大変よろしい。
「あらぁ、こっちの人のほうが肉付きは良いわよ」
堂々と往来のさ中、デカい声で言い放つ台詞ではないがしかし、確かに指示された男性はなかなかの肉付きであった。いわゆるぽっちゃり系、といったところか。愛嬌のある顔面がことのほかこの傭兵にとって好みではあるらしい。化け物宰相はかの男性よりも太めではあるため、もしかするとぽっちゃり好きにはぽっちゃり好きならではの好みの体型というものがあるのかもしれない。遥は興味深げに、彼ら傭兵たちの、彫の深い男性が良いだの、細身も良い味がするだの、乙女視点からの男性品評会を聞き流した。
何かを焦がした匂い――――もとい、遥の鼻腔をくすぐったためである。
視線を移すと、そこには屋台があった。作り立てを販売しているらしく店主の手元から煙が立ち昇っている。
「わあ!
美味しそう!!」
「ちょ、サトヤマ様ぁ!」
「あとちょっとで粉……お誘いをかけることができたのにぃ~」
ひとりがその逞しい足を使い、護衛対象である遥の後ろをついていくが。
残った傭兵たちは、やれやれ、とばかりに示し合せたかのように目配せし合い、
「……やっぱりサトヤマ様ってば色気より食い気のようね」
ふ、と口元を緩めた。
乳製品のオヤツまでも完備しているアーディ王都の出店を満喫した遥たちご一行。
名物であるアイスをねちょねちょと使い捨てのスプーンで回してパクつくと、甘味が舌の上を軽やかに通り過ぎて喉を潤す。
「ふぁ~、アイスクリームまであるなんて思いもしませんでしたぁ」
「あたしたちも初めて食べたわあ」
「アーディの名物ってことだけは知ってたけどねぇん」
羊やヤギ、などなど。
アーディ王国では放牧は積極的に行われている。昔ながらのものである。
ザア、と噴水が金環国一行の前で豊かな水の技巧を披露している。金環国からはるばるやって来た遥たちは、レンガの花壇に腰を下ろして水と太陽のプリズム、もとい七色の虹の出来具合に大いに喜んだ。
「季節の狂いのせいで、絶滅の危機ではあったようだけれどねえ」
「あ、それ知ってます!
マリアン先生から教わりました!」
「あら、あの人そこまでサトヤマ様に教えたのね」
口の端を甘味で汚しながらも、遥は頷いた。
「はい!」
季節の狂い、とは大いに雨が降り続いた困った季節のことである。
アーディ王国だけ集中的に狙われた大災害のことであり、一説には国宝が関わっているのではないかと言われている。
「アーディ王国そのものも危うかったそうだからねえ」
のんびりと傭兵たちもまた、青々とした髭そり跡にも甘味をべたりと張り付けながら我知ってるとばかりにうんうんと肯首している。
「もし、攻め入っていたらどんなことになってたことか」
「国、とれたかもよ?」
「あり得ないわね。
無理よ。こんな大きな国……周囲を他国に囲まれてる立地よ?
平定するのも無謀よぉ、あー、サダチカ様万歳!」
何故か他国でわっしょいとばかりに両手を上げて万歳三唱している彼ら金環国メンバーは、相当目立っていた。遥もまた、サダチカ君を大いに応援しているため同意して諸手を上げる。
「万歳!」
「金環国家万歳!」
「ついでにサトヤマ様万歳!」
「や~お恥ずかしい~サダチカ君万歳!」
「報酬もうちょっと上げて万歳!」
「良い男はみ~んなあたしのものよぉ万歳!」
「じゃあむっちりとした、
肉置きの良い男はみんなあたしのよ万歳!」
「ちょっと! 少しはあたしのために残してよ万歳!」
「残飯だって平らげる主義だわ万歳!」
「ひどいわ! でもちょっと楽しくなってきた万歳!」
「リディさーん、どこにいますかぁ、万歳!」
もはや願掛けに近いものになっていたこの万歳三唱、王都の民には不気味に見えたようで注意喚起が広まり、当分の間噴水のあるこの地区に純粋な子供たちは近寄らなくなったという。
さて、腹も膨れてこのように騒がしく散策する彼らを注視するのは何も、日頃治安を警戒する警邏隊ばかりではない。地元民も異邦人たる彼らを胡散臭くみてはいたが、しかしかといって、彼らの手元にある手持ちばかりを見ている訳ではないのだ。その服装や旅慣れしていない遥の様子を、つぶさに見ている影もまた、然り。いるにはいるのである。
傭兵のひとりが、ぴくり、と頭を巡らす。
「あれ、どうしたんですか?」
遥が声をかけると、傭兵はいつもの笑顔で、
「いやぁ~ん、誰かがあたしを熱心に見てる気がしてぇ~」
などと、腰にある柄から手を離してきゃぴ、と片足を上げてモテたアピールをし始める。
それにやんややんやと、あり得ないわーと無碍な扱いをするのがいつもの流れ。彼らなりの空気である。まんま歩みを止めず、進み始めた金環国一行の背後をまたひとりの影が、先ほどよりも少々、距離を置いてついていく。
「あっ」
それは、誰の声か。
分からないが、王都のレンガ造りな街並みを不謹慎にも石畳の上を這う黒い影が忍び、
「きゃあああああ!」
誰かの叫び声が、金環国一行をたちまちに緊張せしめたのは事実である。
「なに?」
遥は見目を楽しませていたアーディ王都の、どこか懐かしい小さな黄色の花々から目を離して振り返る。
「サトヤマ様……。
あたしたちの背中に張り付いて!
遠くで誰かが悲鳴を…………えっ」
「わ!」
どうやら、その黒い影は。
とてつもなく、素早くて。
「きゃあ!」
「サトヤマ様っ!」
護衛である、傭兵たちの鍛え上げられた太い腕を掻い潜り。
「あいたっ!」
遥は、舌を噛んでしまったようである。
そして、彼女はぱちぱちと瞬いた。
「うひゃあ」
気付けば、彼女は。
浮いていたのである。宙に。
(ええええ!)
驚きすぎて声も出ない。口の中が痛い、ってのもあるが。
こんな経験、金環国でばかり体験しもうこれ以上妙なことに巡り合うなんてこと、あり得ないとばかり思っていたのに。
両足が、浮いているのを自覚する。
この妙な浮遊感。体全体がふわふわとしている。前髪が空気の抵抗を受け、ふわりともしている。
アーディ王都の街並みが、下、にあるような。
いや、ここは二階にあたるぐらいの高さ、だろうか。なんか変だ。いや変なのは遥自身、分かっている。ただ、景色が垂直になっているというか。横、になっているというか。混乱するというか。
(なになに、何がどうなったの!?)
それでいて、腹回りに何かが当たる。
いや、担がれているのだ。肩に。誰の? 誰かの。
「え」
ぱちぱちぱちと、今度は。
(ひゃああああ)
石畳の、かったい舗装された地べたが視界全体に広がる。
重力を全力で、この全身でもって感じ取ってしまった。
(ぶつかる!)
慌てて目を瞑るが、想像していた衝撃は来なかった。
というか、
「ぐふっ」
腹部が圧迫され、せっかく膨らんだ胃の内容物が飛び出そうになるのに苦心して涙目になる。
「ううっ」
俯くが、誰かの息も感じて気味が悪い。
ただ、聴力はきちんと発揮しているようで、貴金属の擦れる音と、複数の足音と野太い待ちやがれ! という普段のくねりとした声ではない野太い怒声が、狭い路までも響き渡るのをキャッチする。
顔を上げれば、そこはアーディ王都の路地。とても入り組んだところだった。道理で反響するわけだが、遥の頬に小さな花弁が張り付く。どうも地べたが近く感じて怖い思いをしてしまい、また目を閉じて視界を暗くしてしまうが、それも仕方のない事だった。いくら勇者の卵とはいえ、壁を横に走り抜ける人間離れした技というものに恐怖を覚えるのは当然といえるからだ。遥は完全に固まっている。
「て、てんめぇー待ちやがれ!」
「サトヤマ様ぁああああああ!」
「おんどれぁ、こらああああ!」
殺意さえ飛ばしながら、護衛たちは大いに慌てて狭い路地を縦列して駆け抜ける。
その速さは、尋常ではない。だが、遥を肩に荷物のごとく抱える黒い影たる犯人のほうが、小さいながらに韋駄天のごとき素早さであった。
次第にその距離、離されていく…………。




