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19<金環国、観光親善大使ご一行様④>

 覚醒した里山遥は寝ぼけ眼なままに袖を通そうとして、ぶるりと肩を震わせる。


 「うう、ちょい寒……」


 アーディの王都は花の都と謳われるほどの都……のはずなのに、靄が窓に張り付いて水気を生み出している。ふー、と生暖かい息をかけてやるとたちまちに白くなる。面白かったのでぐいぐいと袖口で拭ってやると、王都のシックな眺めが滲む。遥は首を傾げる。


 (なんでだろ~)


 大陸のど真ん中に位置する王都であると聞いていたため、気候は温かいとばかり思っていたのだがとんだ勘違いである。まさかの金環国家並みの気温を、体感する羽目になるとは。

 




 しかし、この冷え冷えとした外気温も太陽が顔を出せば、あっという間に過ごしやすい気候となった。窓ガラスからの日差しが、よくよく使い込まれている木机を虹色に照らしつけている。

 金環国からの来訪者らは、海外様式の朝食をいつものように覇気のない様子でもそもそと食べ終え、雁首そろえて顔を見合わせた。遥も同席している。


 「……来ないわねえ」

 「そうね」


 待ち人が来ないのである。

遥もまた、むー、と同意するかのように唸る。


 「どうしましょ」

 「そうねえ」


 実際、このままでは手持ち無沙汰である。

なるたけこの宿から出ないようにはして控え、入れ違いをしないよう注意を払ったりもしていたのだが……。傭兵たちはあっちこちに良い男がいないか探索めいた目を投げながら、ムキムキな筋肉を持て余す。遥はぼーっとしている。


 「暇ね」

 「まあね」

 「……やることがないというのもね」

 「剣なんて磨ききってピカピカだし」

 「訓練するにしても、場所がないし」

 「お喋りもネタがなくなってきたわね」

 「伝説の傭兵百物語がまだ残っているわよ」

 「…………王城へ突撃する?」


 来ないというのならばこちらから仕掛ける、という手もあった。

 のんびりとした呆けた空気も自然、引き締まる。

――――しかし。


 「ああん、駄目よ駄目駄目ぇ~!」


 くねくねとした予備動作込みでひとりの傭兵が否定する。


 「あたしたちぃ、一応金輪国からの使者、

  という立場なのよぉ~?

  相手側から招待もされずにごり押しで入ってごらんなさい、

  金輪国家のメンツに関わるわっ!」

 「えー、そういうものかしらぁ?」

 「素敵な騎士様がたがいるわよ?」

 「それも沢山」

 「ぐっ!!」


 これにはさすがの傭兵団員、総員、浮き足だってしまった。

なに、考えでもないのだ。不純な動機とはいえ、確かに、アーディの道中、道行きの中で、鍬を使っての農作業をしていた男たちの見目はなかなかの……ごくり。必死の形相で逃げられたとはいえ、兵士の尻を追いかけ回したのは伊達ではない。


 「や、やっぱり行くべきかしら」

 「さすがにアーディ、美味し……、

  綺麗どころばかり歩いてるんだものねえ」

 「楽しみ…………ふふ……くふふふふ……」


 なにやらじゅるり、と奇怪な音が室内に響くようにして籠る。未だかつてここまで妖気を放つ宿があっただろうか。人類の直感ともいうべきか、寒気を催すアーディ王都の住民らが皆宿の入り口を足早に過ぎ去っていく。


 「……けれど、ねえ。

  下手な動きは、あの宰相が五月蠅いわよ?」

 「手順を踏んで入国したのに、

  出迎えひとつないのはおかしいけどっ!」


 それである。

金輪国からはるばるやってきたのである。

それも使者という立場において。

 ならば、立場上、王城に押しかけるのはマナー違反というものである。相手の心象も悪いだろうし、そもそもが国同士レベルではそんな気軽な友好関係を結んでいない、というか国交を結んだばかりというありさまである。

 できればお土産という国益だって欲しい。相手の臍を曲げたくはないのだ。


 「失敗して、牢屋にぶち込まれたくはないわ」

 「細かいわねぇ」

 「あんた、ネチネチと薄い頭使い過ぎるとハゲるわよ」

 「やかましい!」

 

 アーディ王国の牢屋にもだが、確かに観光だけして仕事もせず帰国したら、化け物宰相によって金環国王城のしみったれた牢屋へぶち込まれかねない。傭兵たちが。

遥自身は主君である少年王が直々に保護している要人であるため、生臭い部屋になんて入る予定は鼻っからあり得ないが、どこぞの王太子の護衛騎士をボコったまんま牢屋へと数日ぶち込んだ結果、金環国は外国の怒りを盛大に買って外交の取引材料にされてしまい大変不利な状況に陥ったとかなんとか。

 つまりは、傭兵たちはその大変不利な状況に陥った、という経緯を気にしているのである。


 「あの綺麗な王子様、怖いものねえ」


 アーディ王国には策謀に長ける美貌王子がいる。なんせ下手な動きがとれない。あの王太子は外見のみならず、頭がキレる。化け物宰相もなかなかのものだが、王家という出自と貴重なる血筋を引かれる勇者の末裔でもあられるこのアーディ王国の王太子に喧嘩は売りたくないし、出来れば穏便に未来へと続く道筋をつけたいとは思っているのだ。

 論争逞しい彼ら、護衛である傭兵たちの面を順繰りに眺めていた遥、結論を出した。


 「んー……、やっぱりアポって大事ですよね」





 ただ、遥だってやるべきことはやっていた。

事前に手紙だって出していた。王太子様の筆頭護衛である、リディさんに。返事は帰ってこないし、未だに姿さえ見えないが。


 (……忙しいのかな?)


 とは思う。

彼は金環国滞在中でも赤毛の王子様の側にいて護衛をしていたり、少年王と何やら対談していたり、気付けば書き物をしていて話しかけるのも躊躇われた。食べている時間だけが話しかけられる唯一のチャンスともいっていいが、かといって休憩ともいえる食事中に割り込みあれこれと寂しくて言い募るのもな、という奥ゆかしさを発揮した里山遥は、彼から話しかけられるまではと渋々構えていたり、あるいは一人でいるときなど隙を狙って突撃をしたりした。

 返信はきちんとしてくれる人だが、しかし、SNSの時代よりも格段に遅い通信手段に、遥はやきもきをした。


 (昔の人は、こういった手間とか。

  時間、大事にしていたのかも)


 なんて、センチなことを考えるぐらいには、遥はたびたび金環国では郵便ポストの前で楽しみに待ち続けるチビっこのような心持ちに散々なったものである。


 さて、待てど待てど来ない人を待ち続けて、次にどうすべきか。


 「せっかくだし、サトヤマ様!

  観光しましょ!」


 ということになった。

これまた至極、当然の帰結である。

 やることもなし、少年王向けへの報告書も書いて送ったばかりだ。しかも書くこともさほどなくスペースが余ったので、少年王と化け物宰相の似顔絵を紙の端に書いてやり、赤ペン少年王の返信を待つだけだった。


 「え、いいんですか?」

 「いいわよぉ! 

  せっかく花の都に来たんだし。

  ずっと宿に缶詰なんて、若い娘のすることじゃないわよ!」

 「せっかくだからお買いものしましょ!」

 

 (いいのかなあ?)


 と思ったが、愉快そうな声に引きずられ、宿の窓にずーっとかじりついていてもつまらない。

幾人かつなぎとして傭兵団員たち複数が屯うこととなり、ようやくといっていいのかもしれないが――――遥は、異世界にて、異世界旅行をし、異世界の王都を楽しむことになった。


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