17<金環国、観光親善大使ご一行様②>
「どうやらアーディ王国では移民問題がひっ迫してるみたいね」
うららかな午後のほんの一時。あらゆる敵をいなせるが中身は乙女ちっくな傭兵が、あちこち聞き回って里山遥の前で寛ぐ。ごくごく普通な椅子だというのに、筋肉の塊が座ると小さく見える。
「移民?」
「と、いうよりも勝手に入り込んでくる流民、
といったほうが正しいのかしら」
あらまぁ、といった声が両隣や後方から囁かれて遥は身じろぎをしつつも、お茶を飲む。
用意されたホカホカなお茶は金環国から持参された緑茶である。宿のお茶もそれなりに美味だが、味が好ましく感じられなかったものらしい傭兵団たちは、馴染みの持参品で喉を潤して癒しを得ているようだ。遥も当然ながらご相伴に預かっている。
「そんなに他国の人たちが、
アーディ王国にいるってことですか?」
遥の、茶を飲みながらの質問に調べを果たした傭兵は頷く。
「ええ。
四方国家、のうち、
金環国家バージルを除く、だけれど」
「金環国は食べていける国だからねえ」
「仕事もあるし」
「わざわざ他の国に入り込んで苦労するなんて真似、
バージルの人間はしないわ」
「うんうん」
それには遥も大いに縦に首を振って同意する。
遥は知っている。彼らが言う通り、金環国は食のみならず職に関しても生活していける国柄ではあった。
ギャンブルなどで身を持ち崩したりさえしなければ、と注釈はつくものの、大概の人々は真っ当な暮らしができた。
「盗みが横行していたり、
下手すると殺人なんて噂もあるみたいよぉ」
「まっ! こわ~い!
…………治安が悪くなっているとみていいのかしら」
「そうだわね。
そう考えて良いかもしれないわ」
――――くねくねと体をくねらせる傭兵団員たちの逞しい見目はともかく、朝方発生したあの騒ぎの真偽はやはり、そういった流れてきた人たちによってなされた騒ぎであったものらしい。
特に多いのが、南のほうからの人々であるという。
「……南」
里山遥の、学ぶが如しな復唱に傭兵団員が解答する。
「そうよ、サトヤマ様。
特に南の大国、南海大帝国のあるほうから、
圧政を免れようとする人たちが……、」
少し、表情を暗くさせながらも傭兵は話を続ける。
「……我が子を率先して、他国へと。
逃亡させてるのよ」
「え?」
「……うーん、そういうことね」
「なるほどねえ」
遥は首を傾げた。
先ほどとは逆に傭兵たちがうんうんと全員が頷いているのを目にし、ますます不思議そうに今度は逆の方向へ頭を傾ける。
「我が子?
ええと……その。
どういうことでしょうか?」
「そういえば、サトヤマ様は南の国々について、
ご存じだったかしら」
「え? ええと……」
ぬるくなったお茶を片手に、もう片方の人差し指で顎を撫でつつ。
うーん、と唸る。
この世界の常識に関しては、勤勉かつ臨時とはいえ騎士学校の教師でもあるダリア・マリアン女史によってそれなりに教わっている。また、帝王学を学んでいる最中の少年王と机を共にしてちょうどいいとばかりに金環国流勉強を施された経験もあった。その中における知識を砕いて記憶を拾い上げようとして、遥は視線をあちこちに飛ばし、そうしてようやく思い起こすことに成功した。ダリア・マリアン殿の教育も無駄ではなかったのだ。
「南海大帝、アリュ、アリュ―シャンシャン」
「アリューシャンね」
どこぞの可愛い動物みたいな名前が出てしまったが、そうだ。
(南海大帝国っていう、
アーディ王国にとって強烈に意識する国があるって。
あの宰相さん、笑ってたっけ)
豆知識もついでとばかりに思い出してしまった。
腹を震わせ、大いに爆笑していた彼の姿は記憶に深く刻まれている。
「その南海大帝アリューシャンっていう国が問題なのよ」
いつもは陽気な傭兵団員らのいつになく真剣な眼差しと物言いに、ぐっと遥は気を引き締めた。
さらさらとした午後の、柔らかな光が宿の室内を優しく包み込むのとは正反対に、遥は体が緊張しているのを感じ取る。
「とても女の子にお話しできることではないけれど。
サトヤマ様は勇ましき方。
分かってくれるとは、思うのだけれども……」
嫌な話になるわ。ごめんなさいね。
断ってから彼ら金環国の住民でもある傭兵たちは、異世界からの来訪者である里山遥に対しつまびらかにした。
世の中、不思議なことに世界が変わったとしても文明文化が一気に退行したとしても、人間社会というものはどうしても、人間が人間を支配するようなシステムを作り上げる。里山遥が生きていた現代という時代においても、それは変わらない人類の浅ましき事実(黒歴史)である。
長らく続く平和という時代を享受してきた彼女の生活環境とは真逆に、国が荒廃し、新たな武器を持った強者によって支配された土地ではおぞましき行為が行われていた。それが正義なのか、悪なのか。当人たちは正義だと叫びながら、支配した人たちを蹂躙し値札をつけて命を散らした。
(リディさんは嫌悪するだろうなぁ)
そんなことを思いながら、遥は南海大帝国の難解さをその素直さで把握することに務めた。
金環国出身かつ、金環国で生まれ育った彼ら傭兵団たちは里山遥を意識しながら、しかしきちんと説明を果たした。罪悪感を持っているのであろう。
遥は、彼らの下がりまくる八の字眉毛を順繰りに眺めながら、微笑んだ。
「分かりました。
大丈夫です。わたし、きちんと分かっていますから」
「サトヤマ様……」
「そう深刻に捉えないでください!
もう、そんな時代ではないんですから」
「ううっ」
「そう、言われると……」
「なんだか、ありがたいわ」
ほっとする傭兵団員たちの表情を各々、きちんと見やりながら遥はことさらに元気よく声を張り上げた。
「大丈夫です!
だって、わたしは大事にしてもらっていますから。
こちらこそ、感謝しているんですよ?
いつも迷惑をかけてしまって」
「そんなこと!」
「もっとかけていいのよ!」
「えへへ。
だから、いいんですってば」
「サトヤマ様ぁ」
なんだか涙ぐみ始めた彼らを慰めながら、里山遥は、この世界の奥深いところで厄介な問題が根付いていることを痛感した。遥は実のところ、真実、奴隷制度なんて気にしていなかったし、彼女自身、まあ危うい場面はあったが当の金環国の住民によって助けられたし、恩人だし、深く後悔している彼らの面々からしてこれ以上何かを言うつもりもなかったし実際の所、傷ついてもいなかった。
だから、冷静でいられた。
冷静に、第三者の目線でその国について判じる。
南海大帝アリューシャンについて。
(それほどまでに悪い国があるなんて)
日本語があちこちに散見される世界でもあった。
だから遥は金環国でよくよく馴染んだし、親しみを感じていた。と同時に、この世界に関しても、まあ不思議な文化や文明があるにしろ、どうにか折り合いをつけ好意さえ持ち始めていた。好んで生きていける部分は少なからずともあると思っていたのだが。
異世界とはいえ、厄介な面はあったようだ。
「……奴隷制度は撤廃されたはずなのに、ね」
失われたはずであった。
勇者様信仰が根強過ぎて、勇者を縛り付けるために奴隷制度を利用し続けていた金環国では、奴隷という制度を少年王自らが動いて撤廃させた経緯がある。
そのため、四方国家を含め、世界的にも最後まで意固地に奴隷制度に固執していた金環国が奴隷制度を覚悟して捨て去った以上、もはやこの異世界のどこにも奴隷制度というけったいなものは存在しえなくなったと理解していた。していたつもりであったが。
「南海大帝アリューシャンは厄介な国よ、サトヤマ様」
「うん」
「あの美貌王子でさえ、手を焼いているとの噂よ」
南海の厄介さは、その大国ならではの強権と。
ゴリ押しによる奴隷制度の悪用である。
いや、奴隷制度という名目はない。
ないが、実質奴隷制を運用している国である。
ただただ、誰も指摘できないだけだ。
どの国も。どの国の人間も。
前作にちょろっと書いてますが(多分)、南海大帝は明らかに奴隷制度なのに、奴隷制ではないと言い張って悪用していたりと結構アレな国です。




