16<金環国、観光親善大使ご一行様>
金環国での暮らしは賑やかの一言につきた。
時たま、賑やか過ぎて大いに騒がしくなってしまい、
「うるさイ!」
――――などと、少年王に怒鳴られるぐらいで。
金環国の国王。
サダチカ・バージル・カエシナは弱冠16歳でありながら、金環国家バージルの王位を継いだ少年王である。幼さが残るものの将来を期待させる整った容貌を持ち、薄茶色の双眸は時折鋭い。元は暗殺者まがいのことをしてきた経歴の持ち主である。いざとなると向ける威圧感は半端ないが、王としての仕事だけはいかんせん身に着けた腕前だけではどうしようもなく、ここ最近の彼はぱしぱしと瞬きながらも必死に王教育を受けている最中であった。
成長しつつある背中を丸めつつ、その両の瞳も真ん丸として意外な知識を得ると喜ぶ純粋さがあり、知識欲をほど良く刺激してくれる国王という職業が殊の外、彼の性分に合っていたようである。
育ちは後ろ暗いところなれども、生まれは前王の息子である。また、母は大家カエシナのご令嬢。断絶しかけたが古くからあるカエシナ家の唯一となってしまった少年王は、母親に似た面差しを持って昔ながらの血筋を発揮したものか、周囲の協力や後押しもあって金環国バージルに平和をもたらし続けている。
「サダチカ君、元気にしてるかなあ」
宿の窓を大きく開け放った黒髪少女――――里山遥は、放置してきた少年の悔しそうな顔を思い浮かべる。
少年王とは存分に喧嘩をし、罵り合いながら最終的にじゃんけん、というやり方に決定された。じゃんけんである。熾烈な争いである。
金環国の民の皆さまには到底お見せできない光景であったが、滝のような悔し涙を流しながら床に倒れ伏す少年王と天井につくかと言わんばかりにその場でジャンプをしながら、ぶい、と人差し指と中指で勝利宣言をする里山遥。
「て、テメー、
少しハ手加減、ってもノをナ……!」
「お土産楽しみにしててくださいね!」
「ちクショう!」
結果のほどは二人の様子でお分かりいただけただろうか。
おかげで里山遥は金環国に先陣きって訪れることができてホクホク嬉し顔だが、あのサダチカ少年王がどれほどの執務を片付けて時間を捻出し、化け物宰相と取引してアーディ王国行きの条件をもぎ取ったことか。なんとはなしにそういった事情のほどは、護衛してくれている傭兵団員さん立ちの懐深い耳より情報によって察することができ、罪悪感に胸をちくりと痛めたものの、それでも黒髪少女は良くはしてくれている少年王を押し退けてまでも、どうしても。
イの一番にこのアーディ王国に来たくて来たくて仕方なかった。
(だって、)
会いたかったんだもの。
すう、と外の空気を胸いっぱいに吸い込みつつ。
ぷかぷかと浮かぶ白い綿のごとき雲がそよぐ青空を、心地よい風をその頬に受け止めつつ仰ぎ眺めた。
(だって、本当に会いたかったんだもん。
リディさん……)
住まうことになった金環国における彼女の待遇は、決して悪くない。
むしろ、お姫様のごとき待遇だった。
(手紙だけじゃ……物足りない)
不安や心配ごとを相談できる相手とすぐに会話ができる手段がまったくないという状況に、手軽な通信手段やSNSの発達した文明社会を享受してきた里山遥にとって、唯一といっていい心を打ち明けるに値する人物が遠い場所にいるという事態はじわじわと彼女を心細くさせた。
異世界で一人きり。独りぼっち。
ふとこみ上げてくる、この孤独感はたまらない。
(やっぱり顔が見たいよ、声だって聴きたい)
時々、思うことがあるのだ。
リディさんは、どうやってこの違和感や孤独感をいなしたのだろう、と。
里山遥にとってこの世界は、どこもかしこも見覚えのない顔や形や色を持つ人々でいっぱいで、言葉が通じるのは僥倖だが、しかし、散見される価値観が異なる人々ばかりの間に突如ぽつんと座らされたようなものだった。否、外見もか。彼女の持つ黒髪、黒目は異相で目立つ。金環国では羨ましがられる色だが……正真正銘の黒髪はさほどにいない。彫の深い顔立ちばかりが多数であり、彼女のようなほっとする顔目鼻立ちを持つ人間は、遥以外には、やはり見当たらないというか見つけられない。
彼女は俯く。
ただ、ふと視線を感じ振り返ると少し離れた場所に、金髪碧眼の騎士がいた。
彼は、穏やかな表情を浮かべている。
「会いたいなあ……」
がやがやとした宿の声があちこちから、壁の向こう側からも籠って響く。
「サトヤマ様~、
起きてる~?」
「はぁーい!」
軽快に返事をし、よし、と気合を入れた遥は両頬を軽く叩き。
(あ~やめやめ!)
暗くなりがちな思考をたちまちに切り替え。
やや過保護的な彼ら護衛らの迎えを受け入れるため、振り返った。
きっと朝食のお誘いだ。
金環国での朝はもう少し早いのだが、この時間帯にまで放っておかれて遅めに呼ばれたのは、里山遥の身を案じてのことだった。
ゆっくりとした旅路ではあったにしろ、乗り慣れない馬移動であった。
彼女は頑張った。
乗馬を。
それもこれも、アーディ王国に来たいがためだった。
だから、どんなに馬という生き物に騎乗するのが怖いと思っても、目線が高くてひゅんと背筋が寒々として恐々としても、走った馬に合わせて体を使うのがなかなか慣れなくっても、頑張った。とにかく頑張ったのである。翌日、尻が痛くて痛くてたまらなくても。
それもこれも、自分のために金環国へ来てわざわざ探し当てて助けてくれた彼、リディに会いたくて仕方なかったからである。
戸を開けて出迎えてくれた彼らムキムキな肉体を誇る護衛たちの厳めしい顔に配列された、その二つの目は真っ先に護衛先である黒髪少女の顔色を伺うものだった。
こういう時、彼女はなんとも申し訳ない気持ちになってしまう。
「さ、ご飯食べましょ」
「はい!
わー白いパン!」
「そうねえ」
苦笑するおねえ口調だが声が野太い護衛の気持ちは分からんでもない。
ここアーディ王国では主食はパンである。金環国では和食が中心生活なので、肉生活中心のアーディ王国になかなかついていけないのであろう。護衛メンバーの年齢が年齢でもある。
食堂の窓から垂れこむ朝日に輝くパンが、机の上に用意されている。
案の定であった。この旅の間中、朝昼晩と出され続けた主食におっさん年齢の護衛たちは一斉にため息をついた。
「……たまには、うどんとか。おソバとか食べたいわねぇ」
すっかりお醤油が恋しい様子であるらしい金環国出身の護衛ら面々。
大人しくテーブルに座って、どことはなしに意気消沈しているムードのさ中、手慣れた様子で遥がナイフを手に取り、器用にリンゴジャムをパンに塗りたくって食べて始めたのを皮切りに、のろのろとした動きでおっさん連中でもある護衛たちも続いてもしゃもしゃとパンを頬張っていく。初めは珍しいものを食べたと何個もおかわりをしていたというのに、今じゃもそもそとおっさんたちの口が動いている。千切って食べる動きも緩慢だ。
「サトヤマ様ってば、パン飽きないの?」
「え?
あぁ、わたしは洋食好きなんです」
「ヨオショク?」
「あ。
ええーと……、こういった、パンを主食とする……、
アーディ王国みたいな食べ方ですね」
里山家では朝はパンだと決まっていた。
(金環国ではご飯とか。和食がメインだもんね……。
食べづらいのかも)
護衛たちの辛気臭い顔についている下がり眉を順繰りに見やりながら、里山遥はアーディ王国にも和食を食べさせるところはないだろうか、とコーンスープの入ったマグカップを手にしながら思案する。スープに苦手な素材が入っていないことは確認済みだ。ふぅ、と一息吹き付けるとさざ波立つ黄色い色に、ほっとしたものを感じ取った、その時。
「きゃー!」
「んむ?」
そんな静かすぎる朝食のさ中、誰かの叫び声が聞こえた。
声がするのは、どうやら外からの様子だ。食堂に集まる人々の視線が集中しているのは、窓である。 護衛たちは即座に反応し、警戒した。
聞き耳を立てて外の様子を窓越しに伺う。
といっても窓からは距離があるので、護衛対象である里山遥を守れる位置にあることはすでに目配せし、確認し合っている。
里山遥は呆然と、マグカップを片手に事態を見守っている。
「な、何何?」
「何かしらん?」
「さて一体全体何がどうなっているのやらねぇ」
囁き合っていると。
(あ)
走り抜ける小柄な誰かと、
「待てぇ! 今度という今度はぁああ、
待ちやがれぇ!」
などと、叫びながら走る大男がいた。
どうやら追いかけっこ、をしているようだが大男の怒り具合からしてあまり良い追いかけっこではなさそうだ。左から右へ。凄まじい勢いで彼ら二人は走り去って行った。
「あらま」
「これはこれは」
まるで嵐のような出来事だった。
寸の間の出来事でもあった。
「何かしら……」
「さあ」
たちまちに落ち着きを取り戻した食堂内部。
里山遥一行は互いに顔を見合わせる。周囲の人々がいつも通り朝食を食べ始めたことに違和感を覚えたが、しかしいつまでも戸惑っていてはパンが消えることはないため、またもそもそと食べるのを再会し始めた護衛たちと共にコーンスープを少しずつ飲み干していった。




