15<見つからず、不安と心配が去来する>
さて、ここで気になるのが私の副官であるダリア・マリアン殿だ。
影も形も無い。
「……言われてみれば……」
レオンも、私の言葉にはっとする。
彼女が里山さんとセットで王都に訪れたという話は、断じて耳にしていないのである。
「副官殿には里山さんの護衛を依頼している。
その彼女の気配を感じられない」
「ですが……お言葉ですが、
あのマリアン副官が命令違反なんてするはずがありません」
彼女はアーディ王国初の女性騎士であり、かつ女傑とも言われるほどの才女である。それでいて私の命令に忠実であり、理想的な騎士と言われる私の姿を模倣するような節がある。
(まあ私の従僕をしていたからな)
だからこそ、彼女が命令違反をするようなことは基本的にはしないはずである。
ゆえに、おかしい。
(彼女の性格からすると……)
理由があれば上司の命令を違反しても良い、と伝えてはいるが、そこまで模倣できるかどうかといわれれば、否、といえよう。基本的に真面目な女性なので、私のような、命令違反にならないグレーゾーンをつっつくようなやり方は好まない。というか、そこまで器用な人ではない。今のところ。
(思い余って私の頭を掴むようなことはしてしまうが)
金環国ではな、と心の中で蛇足を付け足しておくが、思い詰めると面白い行動に出ることがある。しかし、それはよっぽどのことだ。
うーむ。
……だが、悩ましい。
彼女からの報告書という名のお手紙が私の手元に届いていないのでなんとも言いようがないからだ。
なんせ、アリス曰く。
「中身のチェックが入ってる最中だからな」
「中身……?」
唐突な話題転換に、レオンは怪訝な感情をそのイケメンな顔に浮かべた。
そんな態度をとる部下に対し口元に孤を描く私だが、ますますレオンは理解できないと頭を傾げた。
「アリスが言っていただろう?
金環国からのお便りはすべて読まれていると」
「検閲のことですか」
「そうだ」
おかげで副官殿の最近の動きがさっぱり読めず、こうして騎士二人が新市街でうろうろと、意味もなく、という訳でもないが宿探しをしつつの目線だけは動かし、それらしい人物を探しつつの立ち話をしている訳だが。
(出歩いている可能性はあるものの……)
この調子では見付けるのはたやすいことではない。
宿宿という証言はあるものの、どこの宿か。まず目星さえつけていない。地域を限定できれば、あるいはと思えるが。
(旧市街にも宿はあるからな)
王都は広い。
騎士であるため体は鍛えているが……これ以上、闇雲に探るのは疲弊するだけである。
「団長。
王城へ戻りますか?」
一番星が光り始めていた。
夕暮れになりつつある、暗闇が忍びつつある王都である。
仕事帰りであるらしい人々の姿も目につくようになった。
「ああ……
と、言いたいところだが、」
今、城に帰還しても殿下に大した成果のない報告を上げることになってしまうのと、書類整理、ラナンからの騎士団の鍛錬の具合を聞くぐらいなのと、予算申請見直しと、また人手不足の食堂フォロー入れて欲しいという要望をどうにかしなければならないのと、壁破壊されたとの苦情の言い訳を考えねばならないのと……王宮での社交がまた一段と華々しくなる季節なので、新たなる殿下の護衛計画を策定せねばならないのと……。目途をつけた殿下の社交界用パートナーの周辺を探りを入れねばならないのと、以前拾った猫の飼い主を見付けねばならないのと、そういえば名前つけてなかった。王太子付き騎士団長自らが名前つけると、飼い主見つかりやすいからな。霊験あらかたというべきか、縁起が良いらしい…………よし、にゃんこでいいか。それと王城に寝泊まりする者の数が少ないのではないかという他団長からの苦言もあったので、その練り直し……でもやっぱりにゃんこはこの世界には馴染みが薄いか。というか猫は概ねにゃんこだ。にゃんこ、ってどんな意味だと聞かれるに違いない。でもやっぱりにゃんこになってきた。しっくりくる。うむ。にゃんこでいいかもしれん。にゃんこ。
「団長?」
「あぁ、すまん別件を考えていてな……」
このまま帰る訳にもいかない。小腹もすいてきたし、命名はにゃんこに決めた。腹周りをさすり、部下のきょとんとした顔をまじまじと見詰める。レオンの瞳が真っ直ぐに私を見返している。命令を待っている顔だ。
「すまんが、レオン。
もう少し、付き合ってくれんか」
そこは、旧市街のとある路地を抜けていくと、良い匂いを漂わせる店にたどり着く。
知る人ぞ知る居酒屋だ。個室もあり、それなりの話をし合うにはもってこいのところだ。
「ここは安くて美味しいものを大量に食べさせてくれる店だ」
教えると、レオンは興味深そうに四方に囲まれた壁を見詰める。
染みがあったり、傷があったりする。手入れをされていないがそれがどこか風情があり、趣きがある。下町特有の、といったらいいだろうか。客も地元の人間ばかりで恰好も働いてきましたといわんばかりの恰好の者も多く目立ち、悪目立ちしないよう、逆に私達のような騎士の服装はいそいそと個室へと案内されるに限る。個室に入ってしまえば人々の視線からは逃れることができた。
「……ずいぶんと年季が入ってますね」
「昔からある店だからな」
そして、幼馴染みから教えられた店でもある。
おしぼりを出され、しげしげと見詰めるレオンを私はまじまじと見詰める。
「こういった店は初めて入ります」
「レオンは、そうか。
こういった店は入ったことはないか」
「ありません」
根っからの貴族子息でもあるため、レオンはこういった庶民的な店には入ったことがないと思っていたがその通りだった。
(別に意外でもなんでもないが)
レオンの同僚の、愛嬌のある顔が浮かんだ。
「ラナンと、よくこういう店に出入りしていたと思っていたが」
「あいつとは……、ライバルのようなものですから」
古めかしいが、しかししっかりと拭き取りをされている厚みあるテーブルに乗せた両手をぐっと拳大にしておしぼりを握りしめたレオンは、私の言葉を否定した。
「……職場では仲良くやっていますが、
プライベートでは別です」
なるほど。
(今どきの若者、ってやつかな)
こういう時、年寄りになったとしみじみと感じ入る。
新たな世界を目の当たりにした瞬間だ。
(前の人生でも、こういった……
……なんかあったな)
先輩と後輩と、意見が合わないとか。価値観が微妙に違ったりとか。年齢差。世代。云々。
世界が変わっても同じことをうっかり体感してしまった私はおしぼりで手を拭いつつ、新たなる来訪者を待ち構える時間つぶしのため、若者レオンの、社交界の話に花を咲かせた。
どうやらここ最近の社交界の花は、リヒター殿下にずいぶんと御執心なものらしくあれこれと手ぐすね引いているらしいが、歌姫によって袖にされていると同じ貴族令嬢にあれこれと弱弱しい声で囀るものらしい。同情する貴族令嬢らからも反発の根が芽生えているものらしく、歌姫は社交界に出るたびに嫌味を言われ続けたり、俗にいうイタズラをされているものらしい。かといって、歌姫だってただ黙ってやられている訳じゃない。
「歌を紡ぎ、相手にしてやられたことを、
殿下の前で声高に朗々と歌っていました」
酒の肴にしては、なんとも微妙な味になってしまった。
(だから、歌姫は私にわざわざ丁寧な挨拶を施したのか)
納得したが、女という生き物は強かな生き物であることを改めて認めた次第だ。
かつては私も女の身であったというのに、まるで他人事のように感じてしまうのも、41年以上は男として長く生き過ぎてきた弊害かもしれん。にしては、男として生きているという確かなことは言えないが……。
柔らかな橙色の灯が室内を淡く照らしている。
手前には酒も肴も配膳され、良いところのお坊ちゃんであるレオンの口に合う味であったようで、ぐいぐいと食べて消費されていくが――――ふと振り向けば、私の幼馴染みであるところの野郎が音もなく立っていた。
「よう、待たせたな!」
「は?」
にっこり笑顔の珍入者に、レオンは大いに慌てて手酌の酒を震わせる。
若手とはいえ、実力者である部下を動揺せしめる幼馴染みに思わず苦笑してしまった。
以前拾った、撫で繰り回した犬の命名はわんこです。
(NEW飼い主へ無事譲渡されました)




