14<新市街>
守備隊の面々にじろじろと見られながら退出する。
「……困った客人ですね」
私の気持ちを察してか、優しい声をかけてくれる部下の心遣いが厚い胸板に染み渡る――――私の知り合いであるところの珍妙なる隣国の男女らは守備隊らに粉をかけまくり、年かさの守備隊隊長に至っては意味深なウインクを胡散臭く放ちつつも黄色い声を上げたそうである。騒がしさが目裏に浮かぶ。おかげで確証を得たが、なんとも言いようのない沈黙が部下との間に広がる。
(自由過ぎる……)
まるで思い出づくりにでもきたかのようなはしゃぎっぷりである。守備隊から寄せられた入国情報を直接真偽したため、本当に来ているのは違いないと太鼓判を押せるが、しかし肝心の黒髪少女に出会えていないのには残念だ。それでいて情報が少ないときている。ムキムキ傭兵団らの珍なる行動は目立つのに。
往来の只中を付き合ってくれているレオンから、提案がなされた。
「守備隊からの情報によれば、
彼らは宿宿と宿を連呼していたそうですから、
団長、ここらあたりの宿に聞き込みでもしていきませんか?」
お日様は中天を過ぎている。
(さて。
……どうだろう、な)
頭上の陽は高い。
私と部下の視界にはとんでもない数の宿泊施設が並んでいる。
(まるでタケノコのようだ)
詰所前からずらっと宿が立ち並び、路地裏の個人宅まで宿泊場所が設けられるほどの儲けっぷりを露呈している王都事情。果たして彼女を見付けることができるだろうか。
(否、できまい)
民族衣装を纏う小集団が目前を過ぎる。
宿泊施設の群れが集う一角の物陰に私たちはいた。呼び込みの声すら騒々しい。
安い宿から団体客向けの宿まで幅広く営業中のここら新市街は、アーディ王都の経済活発化のあおりを受けて黒字産業と化している。個人が部屋を提供しても稼ぐことができるほどの、マニュアルが無くてもお釣りがくるほどの急成長っぷりな分野であった。そりゃあ誰だって小銭を手にしたいので、部屋を一時的にでも他人に明け渡すというものである。違法だけど。
(しかし、取締りできないほどに人の流入が多すぎてなぁ……)
かつてないほどの事態であるため、目こぼしがなされていた。
疲弊した顔を覗かせるのは、何も部下ばかりではない。
「……予想以上に多いですね」
あちこちの宿に声をかけたがやはり難しい様相であった。
レオンはどちらかというと宮廷にばかり顔を出すから、市井に詳しくはない。
(まぁ、私も似たようなものだが)
王都の、特にここ新市街は。
活気ありあまり過ぎて人まで溢れている。
(これではさすがに……。
砂漠で小さな探し物をしているようなものだな)
人の波を泳ぐようにレオンとやってはみたが、僅かばかりの可能性さえなかった。
該当者の噂さえ耳に入らない。
提案してくれた部下の手前ちょっとはあってもいいものなのにと、知らず知らずのうちにため息をつく。
屋根のある壁に二人して寄しかかり、目的ある人々の流れを眺める。
花の王都らしい色彩はカラフル過ぎて、行きかう人の髪の色も合わさって光の洪水さながらである。
「……もし見かけたら、警邏中の騎士にでも
一声かけるよう伝えておいたが、
しかし…………難しいやもしれんな」
「はい……。
どこもかしこも、多国籍で」
「うむ」
ちら、と隣で屹立するレオンの、騎士らしい直立不動の姿を見やる。
容姿の良さは他の騎士よりも抜群であり、貴族の地位もあるので恐らく淑女の中ではもっとも結婚したい相手ナンバーワンであることに違いない。殿下は別枠なので省く。
それでいてきちんと騎士としての腕前もある若手筆頭のひとりなのだから、世の中、何か間違っているのではないかと思わんでもない。そんなレオンも疲弊はしているようだ。人の数が多すぎて辟易もしてはいるようだが、体力は残っているようで顔色は悪くない。思案気味だ。また宿に飛び込み営業の如しで飛び込むか、あるいは別のやりようがあるかもしれないと悩んでいる模様。先ほどからたれ目がちな瞳があちこちに動いたり、留まったりしている。躊躇しているようだ。困った顔である。眉間に皺を寄せたり。
そんな悩ましい表情も女性には大変好まれるらしく、イケメンはこんな新市街でも余裕で女性陣の視線を惹きつけており、隣にいる私がむしろ困った顔である。
「なら、」
小さく呟く私は、顎を撫でる。
最近無精ひげが生えてきたかも、といじっていた。指で。髭剃りは苦手だ。
次に、襟首にあたる部位に移動し、国宝があることを確かめる。
ぴかりと光りに反射して青光りするそれは間違いなく魔法具だ。
ひんやりとしている。魔法を使うために必要な媒体。
そして王太子から、国から下賜されたもの。
「……レオンハルト」
「はい」
彼の本名を告げるや、飛び跳ねるバネのように顔を上げる。
「金環国には化け物宰相がいる。
もし私が奴なら、どう考えるだろうか」
「どう、とは……?」
「里山さんは勇者の可能性を秘める子だ。
もし、私が化け物宰相の立場であるとするならば、
果たして野放しにするだろうか」
伏せた私の目をじいっと探るようにして見てくる部下からの、返答を待つ。
「……そうですね。
女性に対し失礼な言葉になってしまいますが、
彼女は金環国バージルにとって大事な駒です。
そして、祖国誕生に関わる勇者と同郷の者。
居れば国の威信にもつながりますし、
勇者の可能性をみすみす捨てるような真似はしないでしょう」
「そうだ。
だからこそ、彼女を守るために護衛としてなよなよ……、なよ、
な彼らがついている。無論、見張りも兼ねているだろう。
あの化け物宰相が、ひとりにする訳がない。
……そこから少しでも自由という権力を与えるために、
金環の王と交わした約定はあるが」
金環国の成り立ちからいって里山さんは非常に使い勝手の良い存在であり、また、敵にしたくない存在でもある。
「しかし、そこまで……団長が肩入れするほどの、
重要な存在を我がアーディ王国に入国させる理由が、その」
横目で見やれば、レオンは困惑気味だ。
「団長。
彼女は確かに金環国に関し重要なカギになるかもしれない人物かも、
しれませんが。……女の子、といっていい年齢です。
異世界からの来訪者かもしれませんが、
我がアーディ王国にとってさほどの影響を与える者とは思えません。
……そんな彼女をどうしてアーディによこすのでしょう。
未だ彼女は勇者ではない。
外交にしては、稚拙です」
レオンからしてみると、つまりは内政。
金環国バージルでは影響ある勇者の可能性であるところの彼女を、どうして影響のないアーディ王国へ。そう言いたいのであろう。
ゆるく頷きつつ、レオンのごく一般的な意見に賛同する。
「……そうだな。
しかし、それこそ我がアーディ王国にとっても重要な女性なのだ」
「何故……?」
瞬き怪訝なる部下に、私は口の端を緩める。
(そうか、レオンは知らないのだったな)
機密事項ではあるが――――
誰でも扱えるといわれる国宝の深い部分、その魔法の真髄を扱えるのは日本人の血である。
すなわち、国宝の真価を発揮できる人物はリヒター殿下と、里山遥。
現在、この二人きりである。
そんな彼女と仲良くするのは悪いことではないのだ。国にとっては。
(私にとっては、同郷の懐かしい気配を纏う子だが)
ただ願わくば平和で居て欲しいのだ。
乾いた唇を舐め、貴族社会にも出入りするレオンに誤魔化し……言い含める。
「彼女は金環王と親しい。
それでいて、我が君、殿下のようにあらゆる魔法を扱える可能性さえある。
世界一の魔術師、に匹敵するやもしれん」
「……尊き血筋を引かれるお方と比べるのは……、
団長、いくらサトゥーン団長でも不敬ではありませんか」
「確かにな。
しかし、彼女は世界を救った勇者の可能性を持つ。
……我が主、リヒター殿下もまた勇者の末裔であられる。
何もおかしいことではない。
神話のごとき昔を覆す希望、になるかもしれない」
そう。
彼女は若い。おっさんになってしまった私よりも、あるいは多角的にモノをみるかもしれなかった。
(もしそうであるとするならば……)
ますます楽しみだ。
彼女の成長は、老い先短いおっさんには非常に楽しみではあるのだ。
(彼女自身のためにも……)
「――――油断をするな、と。
そうおっしゃる訳ですね、団長」
「ん?」
(いや、そんな深刻な話でもないが……)
しかし段々と何故かシリアスな会話になってきてしまっている。
国宝の奥深い部分まで扱える、という機密事項はさすがに部下に伝えられないことだったから、勇者、を全面に出してしまった結果、なんでかレオンはますます強張った表情をとるようになってしまった。何故だ。




