13<黒髪少女、疲弊中>
旧市街にはアンティーク調しかないぞといわんばかりの貴族邸が広々とした場所をとり、格調高き静寂さしかないが、新市街地には騒々しくも逞しい人間模様があちこちで展開されている。
貿易商である祖父は腰の居座りが落ち着かないほどに儲けを出している、とのことだがこの恐ろしいまでの人の流入と物流の多角さにおのずと察することができる。平均よりやや高めな身長かつ頭ひとつぶん抜けてきょろきょろと興味深げに街中を見回す私に、部下のレオンがにこやかに対応をする。
「あの宿に滞在しているそうです」
(里山さんがあそこに)
ここ最近、殿下の執務やら公務につき合わされ続けてきたため、王都の変容に驚きを隠しきれない騎士団長であったが、久しぶりに会える、となるとなんだか妙な昂揚感が出てきた。
(これは、嬉しい、という気持ちか。
……おっさんの年齢になると、どうも、な)
仕事に疲れて横になり、微動だにせずにしていたら朝がいつのまにかやって来てしまったので起きて食べて仕事して寝る、と。まるで日曜日のお父さん、みたいな。知らず知らずのうちに家族サービスをしなければならない曜日がやってくるという平均的父親の人生をなぞってしまっている私は、たまにあるこういったイレギュラーな事態、特に懐かしの同郷人との出会いはある種トキメキのようなものを感じてしまい、少々張り切りたくもなってきた。
(美味しいご飯だって食べさせてあげたいし、
異世界ならではの景色だって見させてあげたい。
古めかしいものは多い王都だ、
どんなものだって彼女ならば喜んでくれることだろう)
元気にしていただろうか?
金環国ではきちんと生活していけただろうか。念のため護衛としてつけていた副官殿はきちっとした女傑だから、大丈夫だとは思うし、定期的に送られてきた内容からは彼女がやたらと副官殿を振り回している描写ばかりが目立っていたので卑屈にもならず、むしろ金環国の少年王やら周りと仲良しエピソードが添えられていたので不安はないものの、やはり顔を見て、じかに喋ってみないことには一抹の心配は消えない。
人通りの激しい一角にそびえるその宿に騎士レオンに導かれて進んでいくが、くすりと思わず自嘲した笑みを浮かべてしまう。どれだけ浮かれているのだ、と。
(……もしかすると、私もかつては女であったから。
共感できる部分が大きい彼女に、
期待するものがあるのかもしれない)
――――しかし。
彼女はいなかった。
異邦人がまず抑えねばならない場所といえば、宿である。
「疲れたぁ」
「お疲れさまっ!」
「はいぃ~疲れましたぁ」
ぐてぇ、と萎びた野菜のようにベッドに横たわるのはとても淑女教育をみっちり鬼教官から教わったとは思えない黒髪少女である。長い一本縛りの髪が、ばらりと質素なベッドの上にばら撒かれているのを目にしたなよ竹、傭兵のひとりが、あらあら、と面白そうに笑い、またひとりは荷物の片づけをしていた。
「しっかし、すっごーい人の多さ!
足がぱんぱーん」
「あとでマッサージしてあげるわね! サトヤマ様っ」
「あはは、ありがとうございます~」
ぐでぐでになりながらも片手を上げて喜ぶ少女に、傭兵団は相好を崩す。
「うふふ。まぁ、人に酔ってしまうなんて。
可愛らしいところもあるものね」
「うう……、
だって、こんなに人が多いなんて。
東京並みですよぉ」
「トーキョー?」
片頬をシーツに沈めながらも、黒髪少女はうーん、と口ごもる。
「なんというか、まぁとっても人が多い都会?
みたいな」
「つまりアーディの王都のようなところ、ってことかしらん?」
「うーん、でもここまで人種が入り混じってはいないように思うけど……、
どうだろ、今は……昔とは違うかも」
ぐりぐりと、今度は枕に重っ苦しい額を押し付けつつ、里山遥は思考を飛ばす。
(そう……、
昔と今、わたしは切り離された……、
のかなあ。わかんないけど、でも)
金環国では様々なことを会話しあった。
話題に上がったもののひとつに、やはり技術革新や流行も含まれていた。驚かれたもののひとつに、スマートフォン、というものがある。
(リディさん、がらぱごすけーたい、
って言ってたけど……きっと、ガラケーのことだよね)
時代のズレ、というものがあると黒髪少女は眉を潜ませる。
(どれぐらいのズレがあるのか。
わたしは戻れない、戻った人がいないのだから、
どう悩んだって、どうしようもない、んだけど、ね)
けれど。
魔法がある異世界ではあるのだ。
「……うん」
「サトヤマ様?」
えへへ、といつもの笑みを浮かべつつ、少女はベッドの上で胡坐をかき。
「リディさんに会いたいなぁ、って」
真実思う言葉を述べ、手首をきゅっと握った。
アーディの華やかなる王都を守護する騎士の国、その王都の守備隊は該当する金環の人間を通した、と知らせてきたので。
「それで、団長にご報告したのですが」
へにょり、とたれ目がちなレオンのまなじりがさらに下がった気がする。
「間違った情報であったのかもしれません。
確認不足でした。申し訳ございません」
「……気にするな」
黒髪少女は該当の宿にいないという現実を突きつけられた私たちは、とって返した足で次に、王都の出入口を警邏している守備隊詰所へと出向いた。情報の真偽を質すためだ。王太子付きの騎士団長がわざわざやって来た、とのことで詰所は大いに驚き騒いだものの説明したら、なんだただの事情聴取か、とすぐに落ち着きを取り戻した。さすがは現場である。シビアだ。雑多な空気の取り巻くここは、最前線ともいえる王都の守りだ。
「金環国?
ああ、あの。
黒い髪の、黒い瞳の女性は通過しました。
間違いありません」
「それは真実か?」
「はい」
「その剣にかけても?」
「はい」
詰問をしてくるレオンの様子にただならぬものを感じている年配の守備隊隊長であったが、しっかりと受け応えをしているのをみるに、里山さんはしっかりとこの王都に存在しているようだ。安堵する。
「馬を連れていましたな。
あと、あの妙な連れ合いの傭兵らが目立っていましたなあ。
……長くこの仕事についておりましたが、
あんな奇妙な言葉遣いをする男女、
初めて目にした次第であります」
私は、レオンと目を合わせ頷いてみせる。
間違いなくあいつらである。目撃者にことごとく強い印象を押し付け……残していく手腕、見事といっていいだろう。
(彼らはそんなつもりはないだろうが……)
しかし、これで確定する。
わざわざ彼らを物まねするような好き者もいないであろう。そういった嗜好を持つ人々の集まりが何故か金環国からやって来た、ということになってしまうからだ。
(どんな変人だ)
ただ、万が一、ということもある。
念のため、もうひとつ質問をする。
「その傭兵ら、他に目立つ特徴はなかったか?」
「口説くならもう少し若い騎士にしろと、
言ってやりましたわい」
そうして、守備隊隊長は年配者らしく鷹揚な素振りで私に尋ねてきた。
「あれらはサトゥーン団長の客人ですかな?
まったく珍妙なお知り合いがおられるものですな」




