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12<元気娘、襲来>

 「うわあ、すごーい!」


 ――――小高い丘の上にて。

両腕を大きく広げ、まるで開放されたかのような動きをしてみせる黒髪少女がいた。訓練で馬の扱いを教わったとはいえ、長らくの馬上移動はなかなかに酷である。かつては豊かで便利な生活を送っていた彼女にとってまるで江戸、中世時代といった逆行にしかほかならず、さしもの元気印の娘っこも鬱々するかと……思いきや、溌剌とした笑顔を振りまきながら、興奮した様子で背後の護衛たちへ振り返った。


 「ね、ね、ね!

  あれがアーディ王国の王都ですよね!」

 「そうよぉ、サトヤマ様っ」


 なんとも妙な合いの手が黒髪少女に反応した。


 「世界の中心にあると謳われる、花の都。

  世界でもっとも美しい王子様がお住まいのっ」

 「精強な騎士団がいくつもひしめいているという」

 「騎士の国よぉっ!」


 それも複数である。

 黒髪少女の意見に追従する珍妙な言い回しの野太い声が、だだっ広い丘陵地帯に響く。


 「騎士の国……!」


 今まさに輝かんばかりの黒き双眸は、見下ろした花の都から先にそびえる、かの頑強そうな城を見据えている。どことなくむずむずとした気持ちが抑えきれず、両手を強く握りしめ。少女はその場で飛び上がりたい心を必死に耐えた。馬の嘶きが背景に木霊する。

 わざわざ馬の乗り方を覚えてまでやって来たのも、かの人にお会いするためだった。

今頃あの金環の少年王はどんな顔しているだろう、と若干後ろ髪を引かれる思いもあるが、しかし彼女たちは間違いなく金環国代表の一団ではあるのだ。堂々と再会できるチャンスをふいにするなんてもったいないことはできない。


 「サトヤマ様、ここいらで一服しましょ!」

 「王都に入ったらおちおち休んでられなさそうだからねぇ」

 「国境沿いの街で仕入れたミタラシ団子あるわよ。

  このままじゃ腐り落ちてしまうわ……ハアッ、お食べ!」

 「わぁ!」


 国境警備の騎士たちとのちょっとした諍いも甘味のネタにしつつ、茶葉を注がれてゆっくりと胃袋を温める黒髪少女、いや、勇者の卵とも呼ばれる彼女はニコニコとした笑みを旅の間中ずーっと浮かべ続け……まるで彼女の心の内を映したかのような爽やかな風が、一陣、彼らの疲れを取り除くかのようにして吹き抜けていく。ポニーテールにした少女の黒髪も、馬のしっぽのように揺れている。


 「おーいしー!」


 お行儀よく正座をし、きっちりと敷かれた敷物の上に広げられたやや乙女ちっくな空間にそぐわない筋肉質な集団ごく一部を除きに対し少女が一人囲まれている。たまさかに下道を通り過ぎる旅人が楽しげな会話に誘われるかのようにそろりと頭を上げ、目にした光景にぎょっとしてやや足早に王都へと走り去っていく。

 まるでこれから嵐が来るのではないかと思わしき、いや彼らの存在そのものが騒がし……否、華やかな一団であった。





 「黒い目に黒い瞳の女性、推定年齢十代前半と思われますが、

  現在アーディ王都内にて滞在中とのことです」

 「むう」


 ラナンからの情報にたまげた私は、部下に命じて更なる情報をかき集めた。

上がってきた情報をつぶさにみていくと、いずれもアーディ王国の王都内部に黒髪の女の子が実在していることを示唆している。

 執務机でしかめっつらのまま座している騎士団長を前にイケメン騎士は訝しげに、団長? などと会話が通じているかどうか気にして私の職務名を呼んだ。気を引き締める。


 「……分かった。

  それで、周りにはなよ竹……傭兵たちがいるのだな」

 「はい。

  いずれも腕に覚えのある猛者どもです。

  国境沿いではちょっとしたイザコザがあったようですが……」

 「イザコザ?」


 副官殿からのお便りからも判明しているが、彼ら傭兵らを使っているということはバージルの少年王がきちんと仕事をしている、誠実さを示していることにほかならならず私としては大いに満足したものの、しっかし、そのしっかりと護衛の職務についているはずの彼らがらみであるらしいイザコザとはなんぞや。

 なんだか言いづらそうな色男な部下は、私の視線に促されてもなおちょっとばかし言葉を濁し続けていたものの、観念して事情を明かした。


 「国境沿いを守護している我がアーディ王国の騎士たちを、

  彼ら傭兵たちが追いかけ回した、と……」

 「追いかけ……?」


 いまどき良い大人が鬼ごっこでもしてたのか? 最近の流行か? 

などとチンカンプンなことを想像したが、


 「執拗に接触してこようとしてくるらしく……」


 彼らの持つ見事な上腕二頭筋の数々をもやもやと脳内で蘇らせつつ、ああ! と。

やっと理解した。金環国側が、どうやって彼らなよ竹集団を募ったのかを。

 納得の笑みを浮かべてしまった私は、部下から妙な視線を賜る。


 「なぁに。

  安心しろ。嫌がる者にそう襲うような猛者どもではなかろう。

  一応、あのムキムキ……

  集団らは正当なギルドの流れをくむ者たちでもあるし、

  金環王によって雇われているからこそ、

  プライドがあるはずだ。

  無体なことはしないだろうし、

  それに、足が速くなる訓練にはなるだろう」

 「……そ、そうですか……」


 (私なんて腹回りやら上半身触られたしな、集団で)


 それで良いのだろうかと訝しげな部下を尻目にニッコリと口の端を上げておいた私は、まずは彼らとセクハラめいた方面ではないほうの接触をせねばなるまいと定める。


 「黒髪の少女を出迎えに行く」


 里山さんの、最後に別れた際に流した涙と笑顔が蘇ってきた。

彼女は一体、何故、どういった訳でこのアーディ王国へやって来たのか。

 (確かめねばなるまい)

 椅子から立ち上がり、私の前で命を待つ部下に言いつける。


 「レオン。

  私はこれから王都へ出かけるとする。

  君もついてきてくれないか」

 「は。了解しました」




 部下を引き連れ、団長部屋を出てしばし進んでいくと二人組の官吏服と遭遇する。

うち、一人が私を目にした途端駆け寄ってくる。

 

 「リディ様!」

 

 ぱあっ、とまるで花が咲くかのような笑みをしてみせた。


 「アリス」

 

 美少女といって差し支えのない、昔から可愛らしさを持つ子であったのだが青年になって背丈が伸びてもなおその愛らしさは健在のようである。肩口よりも伸びた一本縛りの長い桃色の髪は艶やかで、きちんと手入れをしているのは分かるが赤目がちな大きな瞳との相乗効果でより際立っている。細身だし、出会うたびに栄養をきちんととってはいるか、元気かとついつい親戚みたいなことを口にしてしまうほどに私にとっては気になる、私自身が後見人になってしまうほど気がかりな子だ。


 「これからどこかへお出かけですか?」

 「そうだ。

  アリスは?」

 「あ、僕は……、その。

  新人に仕事を教えています」


 ふと視線をやれば、ぺこり、と頭を下げる少年がいる。

ふむ、なるほど。アリスよりも手足は長く背丈はあるようだが顔立ちからして、あちらの少年はアリスよりも年下のようだ。


 「これからまた体制が変わるそうです。

  僕から上の人たち、何故か戦々恐々としています。

  びくびくしてる、というか」

 「そうか……」

 

 (そういえば殿下何かやらかしてたな)


 文官らの管理職があまりにも多いため、減らしたい、なんてことをボヤいていた気がする。

 ぱちぱちとけぶるまつ毛を瞬かせるアリス。

 

 「ところで、アリス。

  ひとつ、聞いていいか?」

 「なんでしょう」

 「金環国からの手紙はすべて検閲が入る。

  それは承知しているのだが、

  最近、その金環国から公式な書簡が来たことはないか?」

 「え?」

 「いや、質問を変えよう。

  私宛ての手紙が、金環国から来ていなかったか?」


 アリスの部署は、書類や手紙などの振り分けを担当している配達部門だ。


 「ええと……、

  そうですね」


 アリスは思案顔になるが、しかしきちんと私に答える。


 「金環国からは最近だと……、

  先週はリディ様の副官であられる、

  ダリア・マリアン様からの定期的なお手紙と、

  あと、そうですね、もう一枚。ありましたが……」

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