11<来訪の兆し>
和食は癒しである。
異世界に生まれ変わって生きてきた年数は41年以上……もはや自分の歳をかぞえるのも嫌になってきたが、こんな私がこうして充実した生活を送って生きていられるのも、幼少の頃に食べることができたお米のお蔭だといっても過言ではない。
(もっといえば金持ちだったから、ともいえよう)
貿易商として財を成した祖父はそれはもう孫である私を可愛がってくれた。孫のためならば、どう考えても当時だと入手するのは厳しかったであろう米という食材も大枚はたいて輸入してくれたものである。涙を流しながら白いお米をもくもくと食べる幼児時代は、我ながらなんとも思い出深い。
さて、そんな孫思いの祖父だが未だに元気はつらつで貿易商を続けている。老骨に鞭打ち、なんと、隣国、金環国へと向かったものらしい。孫である私は驚いた。まだまだ足腰は達者のようだが心配な家族を置いて、祖父は大いに金環国で仕事に励んだようだ。
そこで海苔せんべいを手に入れ、年寄りの歯には辛いが色々と丈夫そうな若い孫には美味い美味いと気に入るだろうと、封蝋されていたであろう金環国からの手紙を添えたせんべいセットがひと箱、私の元へと届けられた。
さっそく開封すると、なんとも香しい醤油のかほり。
祖父の達筆すぎる文字をしげしげと眺め読めば、日持ちはするようだが近日中に食すように、とのことだ。
「失礼します、サトゥーン団長。
……います?」
騎士団長の部屋へとノックしてきちんと入室してくる部下がいた。
書類仕事をあらかた片付けた私は休憩しようと、せんべい箱を抱えて来客用のソファにちょうど座ったところであった。
「ラナン」
「はい。ラナンです」
顔を向けると、にかっと笑う、性格が妙に明るい部下が姿を現した。
なんらかの用事があって来たんだろうが、どうも手ぶらだ。腰に据えてある剣の柄ががちゃがちゃと動くたびに鳴っている。テーブルに私は抱えていた箱を乗せとくと、ラナンは興味深そうに手元を覗き込む。
「休憩ですか?」
「そう見えるか」
「はい。
そして自分も……ご相伴に!」
どうやら他国から輸入された海苔せんべいに釘付けのようだ。目敏い。
若者筆頭騎士のひとりでもある彼にここまでキラキラと輝く目を向けられて、NO、と言える元日本人がいるだろうか。否、いまい。
「良いぞ」
「っしゃ! 団長の分のお茶も用意しますね!」
「頼む」
こういう時のラナン・レイは如才なく立ち回る。
黄金世代の同僚らに不評だった甘味成分のない緑茶の手配もしてくれるし、若手騎士としての槍の腕も申し分ない。ラナンは同年代の騎士たちにも人気があるし、ちゃらちゃらとした喋り方は平民ゆえともいえるが本人の資質ともいえよう。顔も愛嬌があり、護衛騎士としても十分な姿勢をとることもできた。若手の中でも特に頭ひとつ飛びぬけている騎士のひとりだ。
鼻をひくひくとさせ、生まれて初めて食べるであろうおせんべいをばりばりと食べる現在のラナンは、うめー、を連呼して嬉しげにお茶を飲み干していく。乾き物で喉が渇くのは異世界でも同様である。どことなく子供っぽいこの無邪気さに私も日頃の疲れが少しばかり抜け落ち、そっと湯飲みに口をつけた。
「んで、団長。
ご相伴ついでにご報告なんですが」
「何だ」
「実は……」
ラナン・レイは護衛騎士としての職務を終え、とある酒場に夕飯を兼ねてすきっ腹を満たそうと向かっていた。静まり返った王都は犬の声がたまに遠くでウオーンと鳴いてるぐらいで、危険なんてものはなかった。女性がひとりで歩くのはやや危険かもしれないが、暗がりの多い路地さえ進まなければ基本滅多なことで危ぶまれるような事態にはならない。その程度には、騎士たちは治安維持をきっちりとこなし、仕事をし、王都の民にも信頼と尊敬を受けている。
閉じている商店の間に所々置かれている街灯の光が輝いている。
そんな道の端を歩いていると、騎士ラナンはふと、気になるものを発見した。いや、もの、というか。人影、というべきだろうか。街灯の光から逃れるように背丈の低いひとりの人間が俯き、とある商店の裏へと通じる路地に入り込んだ。顔は見えなかった。
ラナンは立ち止まらず、足を動かし続けた。
(孤児か?)
それが一般的な解釈だからだ。
ここ最近増えている頭痛の種である。王都にとっての。いや、王都の健全に生活している民にとっての、といって差し支えがないであろう。
(……手足の幅までは見えなかったな)
ラナンはそう考える。
実際、あまりにもここ最近孤児は多かった。孤児は孤児でも、王都発祥の孤児も一部いるだろうが、そういった孤児は概ね教会やら孤児院へと速やかに送り届けられるのがセオリーであった。一応、この国では孤児に対する保護政策はあり、他国の凄まじい制度に比べると温情あるものだった。なんせ、三食食べることができるし寝床まで用意されるのである。王都外になると、村長やら街の長が孤児に対する保護をしなければならないが、王都の場合は孤児らへの対応が昔に比べて格段に良くなっているため、これまた聖女様の御威光だと信心深い民に歓迎されているが……問題は、保護されない、保護されたくないとばかりに逃げ惑う孤児である。それも、他国の。
(うーん……)
ラナン・レイは迷った。
このまま通り過ぎようとも思ったが、なんらかの事件関係かもしれなかった。そもそも孤児ではないのかもしれない。人のモノを盗み、逃げて住処に飛び込む孤児はすばしっこくて捕まえるのは一苦労だし、せっかく孤児院へ連れて行ってもまた脱走する。今の所、他国の孤児は代替わりはしていないためそこまで重篤な問題ではないが、しかしいずれは何らかの対処をしなければならないのは明白であった。
(どうしようかなあ)
困ったなあ、と内心思いつつも靴先は路地の方向に転換していた。
苦笑しつつ懐にある短剣と腰にある剣をさりげなく指で確かめ、暗がりの中へと進んでいった。
「と、自分は暗い暗ーい路に飛び込んでいったワケですが……、
一体何が起きたかと思います?」
「さて……」
ばりばりと海苔せんべいを頬張りつつ、うーん、と唸る騎士団長である。
「何かが起きた、という訳だな」
「そうです」
「うーむ」
孤児関係、なのかもしれないとは思ったがそれはフェイクだろうか。
「孤児転売関係か?」
「それは撲滅したばかりですが、しかしまた発生していても
おかしくはない案件ですねー」
「む……」
違ったようだ。
ここ最近流入してくる他国の民に対する不届きな行いは、聞きしに余るものがある。その討伐を定期的に行っているが、それでもまた増えるのが辛い。
「では、密売」
「最近増えてきましたね。
やっぱり金環国への入国審査が途端に緩くなったのが
原因でしょうかねぇ。
でも違います」
「むぅ」
商人であれば、国からの許可を得ることができれば誰でも入国できるようになった、ここ最近国際条約を結んだ少年王の国である。かの国からの流民は基本無いに等しいが、しかし金環国独自の文化は他国からはとても魅了する逸材、すなわち立派な貿易商品となっていた。高付加価値の。
見たことも聞いたこともないデザインと素材で作られた品物たちは、世界中に大いに売り出された。珍らかな調味料やらも人気である。
「……で、結局なんだ」
「それがですね、驚かないでくださいよ?」
むむ、と唸りつつも、茶色の短髪を小気味よく切って整えている若手騎士の、その人好きのする顔面が私の鼻筋のほうへとにじり寄ってきて、ひっそりと囁く。
「……なんと、黒い髪の……金環国の勇者と名乗る女性だったんです」




