51<騎士様の噂話>
「じゃあねぇ~」
「あ、はい。
お達者で……」
なんだか雲を掴むような不安を滲ませる僕の顔色なんて、気にもせず。
アイリアという騎士団長の幼馴染は颯爽と帰って行った。
終始、すごく賑やかだった。
「なんか、嵐みたいな人だったねぇ」
「うん……」
ゆるく片手を振るおチビの呟きに、僕は同意した。
王都に、西日がかっているのを見下ろす孤児二人。丘の上に向かう道の途上ながら、教会を背景に佇んでいる。
(……大丈夫、だろうか?)
アイリア、という女性はなんというか。あちこちからちぐはぐさを感じるような人だった。
それでいて背も高く顔は派手。化粧が濃い。
「……まあ、なんとかするしかない、か」
あれこれ考えても仕方のないことだ。
それにリディ様の筆跡からして間違いはない。僕はリディ様を心底信頼している。その幼馴染が言うのだ、どういう結果が待ち受けているであれ、ドタバタ足掻いても致し方ない。
嘆息めいたものを吐き出しつつ僕たちはいつまでも、夕日に照らされて輝く王都の景色を眺めた。
風が吹き抜ける丘の上、ラベンダーの咲き誇る微笑の教会において――――
――――そんな経緯があって、僕は無事、王城勤務の下っ端文官、なんてものを現在進行形でやっている訳だ。少しは仕事に慣れ久方ぶりのお休みを得て、教会へと二日目最後を使うことにしたのである。顔を出す暇さえなかった王城勤務。本当に、覚えることが多すぎた……。
でも給金はやはり良いものだったし、今後の休暇は必要最低限の生活の質を少しは上げられるようにしたいと思う。なんせ服なんて文官用のものと眠る用、外出用ぐらいの数枚しか持ち合わせがないからね……賄える最低限の生活を送るばかりで、とにかく暇がない。
(ははは……)
王城勤務ならではの事情もあってか、おチビにあれこれと質問されても個人的に答えられない部分はある。けれども、これは国に仕える者だからこそ仕方のない部分だ。
チビもそういった機微を察しているのか、ずいぶんと大人になったもので。
僕が口ごもった事柄については、さほど追及してこなかった。
ただし、騎士様、に関しては違ったらしく。
「ねえねえ、アリスー」
「ん?」
「お城で初めて会った騎士様、どうだったのー?」
「ああーうん」
嬉しい出来事だった、と顔に書いてあっただろうか。思わず頬を撫でる。
(うーん、にやけてたかも)
僕の顔色が喜色めいていたことを把握されたため、おチビもまたにやーっとした緩みまくった表情をとっていた。
「で、どうだったの? どうだったの?」
「え、と。
そうだね……、出会いがしら、おおーアリス! って。
僕の頭、がしがし撫でてくれたよ」
「おおー」
「似合ってるぞ、なんて。
僕の真新しい文官の服、褒めてくれて」
そして、リディ様はちょうど王城の奥深いところへ向かう途中だった。
お忙しいところだったらしく、ではな! と。僕のこと褒めるだけ褒めて僕の頭を撫で繰り回したあと、いそいそと足早に廊下を抜けていくリディ様の後姿をぼんやりと見送っていた僕は、明らかに正装とおぼしきリディ様の、そのあまりのカッコ良い騎士姿、質の良い服に覆われても分かる引き締まった身体つき、勲章をいくつもつけた胸の位置にあるキラキラとした光るそれらを纏う、それこそ軍人らしき逞しくも武骨な姿形にぼうっとしてしまった。
(だっていつもと違う恰好だったんだもの)
両手で持っていた書類を思いっきり抱きしめてその場で悶えた。
然るに、リディ様の普段着。あれは予想通り、軽装であったものらしい。
この孤児院へ来る際のもだ。しかし、記憶を蘇らせて反芻してみたが、かの見栄えする軍服はすごく良かった。翻る緋色の、刺繍入りマントもそうだったけれども、普段とはまた違う髪型もなさっていて。金色の前髪がまず額にかかっていて下ろしていたし、よくよく見ると耳回りには編み込みがあって普段なさらないからこそ妙に映え、腰にある剣も普段とは異なり装飾を付随させていたようでジャラジャラと金属音が鳴っていて。澄んだ騎士様の、彼の碧眼に僕の、文官としての真新しい服を着た僕が映っているという。なんというか、一瞬の邂逅とはいえ、全体的にとにかくリディ様がとんでもなく輝いて見えたものだ。
(ご立派だった……)
惚れた欲目、とはよくいったもの。
(いや、僕は……)
そういった目線では、と思う。
ただ僕の後ろ盾の、あまりにもな凛々しさに僕の心は蕩けそうだった。
「これで終わり!」
三角頭巾で後頭部を覆い、洗いざらしのエプロンを腰に巻いてあちこちを歩き回る元おチビ。気合を入れて幼い孤児たちの洗濯ものを干しきった彼女、腰に手を当て満足げに宣言した。
「あ、終わった?」
「うん。騎士様のお話してる間に終わったよ」
孤児院の一角である。
ぱちぱちぱち、と拍手をするのは僕。いつの間にか僕の手は御留守になっていたようだ。
「チビはこんな大量の洗濯もの、毎日してるの?」
「そうだよ!」
「へ~……凄いね」
むっと匂いたつ洗い立ての香り。
草の上に棒を立ててあり、僕の周りは洗濯紐で囲われている。程よい風が吹いていて、こならば夕方前に乾くだろう。
(……昔と比べ、やっぱり変わったな)
山脈の景色はさすがに変わり映えはしないが、この色とりどりの洗濯物の数々。様々な形を成していて、子供の成長に伴って代えているようだ。あちこちで揺れている長さ違いの靴下だって、昔はなかったのに今じゃきちんと孤児たちに配布されている模様で。つまりは、それなりに財政が良いということ――――文官下っ端らしく、僕はこういった物にも思いを馳せる。まさしくえり好みできるほどの大量の洗濯物だ。まるで王都で翻る国旗のようであり、昔と比較すると鮮やかな色が咲き乱れているようで少しばかり僕の心を撫でた。
地味な色のない世界は綺麗にも見えるが、羨ましくも思える。
(チビは頑張ってるんだなあ……)
ちらりと王都のほうへと視線を変える。
丘の上から見下ろせる王城はとても遠い。けれども、少しは伸びた僕から見ると案外と近いものだった。歩いていけば半日もかからないぐらいの距離。感慨深い。僕は、両親がかつて住んでいた都の、さらに奥深い王城で働いているのだから。これがもし、こんな運命でなければどうなっていたことか。
(さて、どうだろうな)
勿論、あの野盗たちが僕の村を蹂躙しなければ、王都襲撃の兵らが食料確保の為に村を蹂躙しなければ、の但し書きがつくけれども。
(下手したら結婚していたかもしれない)
たら、ればをしたらキリがないのは分かっているが、それでもと思わずにはいられない可能性だ。
村では人と人との付き合いが密だからか、それなりの年齢に達すると夫婦になるようにと娶わせられる。僕の兄もそろそろ、といった頃だった。あいつは嫌だ、こいつは否、だなんて。あの兄は狭い村だというのに駄々をこねてこねまくっていた気がする。なるようにしかならない、って母さんは諦め顔でさ。
(……懐かしいな)
姪っ子、いや甥っ子か。
いずれは僕もそれに続き、なんて。
まあ、そんな未来はもう。
「あり得ない」
僕の呟きは、優しげな風に紛れて消えていく。
「アリスー、疲れたでしょ?
休憩しない? 子供たちにお菓子配りたいし。
食堂行きましょ!」
後ろからおチビが大声で提案を示してきた。
僕は思考を切り替え、振り返り見る。
そこには、新たな孤児たちに纏わりつかれて困った顔をしているおチビがいた。きっと、お菓子を食べたいと請われているんだろう。かつての僕たち孤児の当時を思い起こせばご馳走に違いない。ねだるのは間違いなくやっている。この孤児院もおチビが相当頑張っているのは目に見えて分かってはいるものの、全員に贅沢なお菓子なんてものは与えるほどではないだろう。それぐらいはパッと見るだけで分かる、なんせ孤児の数が年々増えているという。生活用品だけで手いっぱいのはずだ。
なんとも覚えのある蘇る気持ちに口の端が緩みつつも、
「あー、うん!
今、行くよ!」
林檎味の、あのお菓子の味わいを舌の上に思い出してしまい、なんだか無性にリディ様に会いたくなってしまった。




