50<アリスの選択>
「それで、アリスはどうしたいのかしら?」
岐路に立たされている、と直感した。
僕にとって大事な選択。遊ばせたくなる指を抑え、ぎゅっと口元を引き締める。
姿勢を真正面に正した。
「僕は――――」
僕の為に苦労をし、夕焼けを背景に馬に跨る恩人の笑みが脳裏に焼き付いている。
(遠くでは駄目だ)
こみ上げてきた決意を胸に、真っ直ぐにアイリアを見返す。
「お城で働きたい」
それしかなかった、僕の希望職種は。
「……お城?」
「はい」
振り返り考えてはみたんだ。
酒場で立ち働くことも歓迎すると店主は言っていたし、文字の読み書きができると知るや商家の主は大いに喜んでいた。僕の顔立ちはそれなりに見栄えが良いようで、どこへ行ってももろ手を上げて是非にと言われた。有難いことにどの職場もそれなりに一人で暮らしていくために必要な金額を提示してくれたので、一考の余地はあった。
己の働く姿を想像してみる。悪くはない。悪くはなかったが、駄目だと感じた。
「リディ様のお傍で働きたいんです」
そう、それしかなかった。
だから僕は、丘の上でいつも王城の方向ばかり眺めていた。
「……それはどういう意味において?」
アイリアはどこか面映ゆそうに、真っ赤な紅を引いた口唇を弓なりに曲げる。
どこか咎めるような響きがあって一瞬、濁そうとしたが、止めた。
(……リディ様の幼馴染に対し偽りはやめた方がいい)
ゆっくりと瞬くアイリア。彼女の双眸は凪いだものだった。
喉まで出かかった言葉を飲みこみ、真実思っていることを心から話す。
「僕はずっと、リディ様に助けられてきました。
だからこれからはリディ様に恩返ししたいんです。
……ご恩をお返しするからには、身近にいなければなりません。
ですが一緒、の職場は難しいとは分かっています。
僕は、騎士ではありませんし」
「……そうね」
「お城には色んな人が働いています。
リディ様のお仕事姿を見ることができたら僕は嬉しいんです。
お声掛けいただけたら嬉しいし、もし呼ばれたら、
どんなところからでも僕はリディ様の元へ飛んで行きたいと思っています。
ですからお城のどんな仕事でも、例えば掃除でも洗濯でも、
荷物運びでも何でも頑張りますから、
アイリアさん、
僕にお城の仕事をいただけないでしょうか?」
「まあ」
アイリアは僕の気持ちの入り用に大いに驚いたものらしい、片手で口を覆っているがやはり違和感が。
「いじらしいわねぇ……。
あなたは確かリディに命を助けられた子供だったものね」
「はい。
肝心なときに、いつも」
「……でもねぇ、リディの役に立ちたいというのなら、
わざわざ王城という不自由な籠の中に飛び込まなくったって、
王都でも別に構わないのではなくて?
リディはきっと、喜ぶわよ?」
(言われると思った)
だが、断る。
僕は頭を横に振り、王城ばかり見上げる日々を否定した。
「それはそうなんですが。
ですけど、それだとやはりリディ様のお姿を拝見できません。
…………リディ様は目を離すとすぐにいなくなってしまう気がして」
「ああ……それはそうかもしれないわね。
リディってば常に所在地不明になるから」
仕事魔人だから追いかけるの大変なのよねえ、なんて宣うアイリア。
小首を傾げ、頬を片手に当てている。
そうして、にやり、と面白がるような光を目に宿した。
「王の門まで仕事を貰いに行ったこと、門番から聞いているわ」
僕はアイリアの言葉を耳に入れて理解した途端、なんだかじわじわと恥ずかしくなってきて頬が熱くなってきた。
ふふふ、とアイリアは笑う。ますます僕は身を縮めるしかない。
「何故……それを」
門前払いされた、小恥ずかしい話だ。
俯きたくなるも必死に取り繕う。
「王城勤務の文官、を目指しているということで良いかしらん」
「え」
アイリアの視線からは逃れられない。
予想外の提案に、僕の口と手があわあわと右往左往に開閉する。
「そ、そんな大層なお仕事を求めている訳では。
僕は、僕の身の丈にあったお城の仕事でいいんです……」
(リディ様から遠くないだろうか)
王城勤務であれば、いずれは金髪碧眼の騎士様とお会いする機会に巡りあえる。
どこでもいい、王城勤務であれば良いと思っていたのだ。野菜剥きとか、洗濯係で十分だと。まさしく下っ端働き。正当なる下っ端である。とはいえ城外の下っ端ではなく王城の下っ端なのだ、席が空いているかは分からない。きっとそれなりに給金もいいだろうし身元確かな人ばかりだろう。それでもと一縷の望みを託し、リディ様に直接伺いお願いしようと緊張していた。王の門でも駄目だと言われたのだ、無理だと断られるのも覚悟の上だった。
(それなのに、突然の文官……!)
意識が遠くなりそうだ。なんせ貴族階級が多いといわれている所なのだから。
「なら、なおさら文官がいいわね。
文官の下っ端。
うん、下っ端業からになるけれど王城勤務になるわ」
「え、そ、そうなんですか。
でも……すごいご立派なお仕事では……下っ端でも……」
「そうでもないわよ。
少々鬱陶しいのもいるけどねぇ、
あなたなら大丈夫よきっと。サトゥーン伯爵家がのるわよ」
「う」
「伯爵家の当主であるリディが承認するに決まってるじゃない」
後見人であるサトゥーン伯爵家にご迷惑をかけるのでは、という不安が急に頭をもたげる。
変な汗が出てきた。先ほどは熱かったのに、急に背冷えがしてきた。もじもじと指遊びだってしたくなる。
「ぼ、僕は、文字を書いて読むことができるだけの孤児です。
僕に後ろ盾は、あ、リディ様、その、貴族であられる
サトゥーン伯爵家のリディ様が後見人としてついていただいてますが、
国の政事には僕はからっきしで。
ええと、文官なんて、そんな。僕では不適切ではないかと」
「そうねぇ、確かにあまりいないわね。孤児の文官って」
「あの……?」
ふふふふふ、とアイリアは含み笑いをした。
「あ、アイリアさん……?」
「あーおっかしい。
大いに頼れってリディも言ってたでしょ?」
「は、はい」
「なら、大いに頼りなさい、このあたしを!」
アイリアは急に立ち上がり。
びしっ、と僕のまん前で人差し指を突きつけてくるアイリアに、僕とチビはびくりと大いに肩を震わせた。チビはいつの間にか寝ていたようだ……ヨダレという小声が隣から聴こえる……。
「大丈夫よ!
偽造も偽名を使った公文書類も余裕で用意できる、このあたしだもの!」
「え、えぇ……?」
それは果たして大丈夫といえるのだろうか? というか本当にリディ様の幼馴染なんだろうか。
アリスは顔面全体に、大いに暗雲が伸し掛かったような気がした。




