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45<孤児たちのその後①>

 大概の人生とは、誰かと番って子を成し、老成していく。

家族に囲まれ笑顔で死ぬことが、満足のいく生き方であろう。

 ……大体において。


 しかし、僕のような孤児にとっては、生き残った時点で、その進むべき当たり前の道はとん挫していた。


 まず、安全な路程を示してくれるはずの両親はいなくなってしまった。

兄や弟妹も。

身内や友だって言わずもがな。

参考となる指針が分からず、霞がかっている。頭もぼうっとする。

 痛みや辛いことは否なので、とりあえず生きている。

でも、ただそれだけ。

 ただただ、負の人生を背負うことになった孤児にとって、この人生は――――正直いって、つまらないものになっていたであろうことは想像に難くない。

 (もし、リディ様にお会いできていなかったのであれば)

 たちまちに崖の上に立っている心地になってしまい、心臓が凍りつく。

 きっと、僕は早死にしていたであろう。

だって、楽しくないんだもの。生きていたって。

 もしかしたら誰か愛するべき人ができたのかもしれない、が、しかし、そんなもの。

果たしてこんな身に振り注がれるものだろうか。そんな幸運が。巡り合わせが。

 あまりにも与えられた、屈辱の痛みが忘れられるはずもなく。

転がった死体の、顔を知る彼らの顔の苦痛を浮かべる有様や、村の、あの平和な様子の様変わりっぷりは忘却しようにもできそうもなく、幸せのようなものを噛み締めるほどに、こみ上げた思いが蓋を開けて胸が締め付けられる。

 涙なんて、流し尽くした。

  

 この展望のなさ、もし後見人がいなければと思うと……怯えるたび、僕の後ろにはまだ温かな手を持つ騎士様がおられると安堵する。

 時間に猶予があるうちに探せるところがあるならば見つけるべきだ。僕は自立したい。そう考えた。考えたには考えたけれど……後見人であるリディ様のお力は、最後まで使いたくはなかったけれども。

 

 やはり、無理だった。

 僕は見目が良いからと、そういった夜の道を勧められることもあったけれどものんびり女子は宣う。


 「正解よぉ~」


 と。

 間延びする彼女の喋り方は、孤児院と変わらず。

 ただし、そのたわわに実った胸の豊かさに常連客が手放さないのよとコロコロと笑うあたりが、彼女が良くも悪くも成長した証のように感じられて僕としては身じろぎをする。

 孤児院では考えられないほどの良い家具に囲まれ、足元の絨毯はふかふかの毛が生えていて歩けば沈む。そんな豪華な部屋を与えられた高級娼婦は手慣れた様子で煙管からぷかりと煙草を吹かし、姉の遺品を満足に操っては目を細める。夕闇忍び寄る時刻、お客さんがまばらだ。


 「それで、お城の仕事は大変なのぉ?」

 「そこそこ大変だけど、大丈夫」


 客を楽しませる木造りの椅子に座り、香しいお茶を飲むと腹を温められ、ほっと息をつく。


 「文官様のお仕事って大変そうだもんねぇ」

 「色々とね」


 といっても僕は雑用係だ。

 騎士団長となられた騎士のお仕事は基本的に書類仕事が多いようで、よく夜なべをしていた。

大概はあの王太子の後ろに控えている姿が多く散見されることから、だから仕事が溜まるのだろうと、僕は持っていく書類の量のあまりの多さにそっとリディ様のことを思って嘆息する。

 (けど今日はお声をかけてもらったし)

 仕事姿を拝見することもできたしお菓子も貰った。

知らず知らずのうちに僕は微笑を浮かべていた。


 「良かったわねぇ~」

 「うん」


 ふふ、と紅を引く彼女の無邪気さが孤児の頃を彷彿とさせる。

 のんびり女子は唯一の家族の側へと行き、姉と同じ道を進んだ。





 「おぉ、アリスじゃないか」

 「アリスじゃん」 


 三つ編み女子と、外から来た少年。

どういう訳かは分からないけれども、逆に性格が反対だったからか夫婦になっていた。


 「お久しぶりだね、二人とも」

 「だな」

 「そうだわね」


 三つ編み女子は本人が自己申告した通り、商家の縫い物働きをしている。

 やれやれといった風に首に巻いていた布地を払っている彼は、地元の荷物運びをする荷運び屋となっていて、王城にも届け物をすることがあるため僕とはちょくちょく顔を合わせることがある。

 こうして度々、夕食を招かれては僕はご馳走になる。

僕があまりにも細身だから心配されているようだ。まあ確かに、文官として下働きをしてこき使われているからあれこれと走り回らずを得ず、体力の面では少し落ちている気はしないでもないが、ちゃんと食べてはいる。でも筋肉はなかなか付かず、この元少年から立派な荷運び屋の筋肉を得た青年のようにはならないので体質的なものと僕は考えている。


 「さっき花街に行ったのか?」

 「うん」

 「あら! それならあたしが作ったジャム、

  持って行って欲しかったわね」

 「じゃあ今度持って行くよ」

 「そうして。

  で、あの子元気だった?

  のんびり屋さんだったからねえ」

 「なんとかなってるみたいだよ」

 

 花街は夜の街であるため、なかなか女性の身で赴くには勇気のいる場所である。

三つ編み女子から三つ編み主婦となった彼女、友のところへ朝に行くには娼婦は朝から昼ごろが眠る時間であるため、なかなか会いに行く機会に巡り合うことができず、こうして僕に伝言を頼むことが多い。


 「あの子もわざわざ姉のほうへ行かなくても良かったのに」


 これは三つ編み女子が常に言う台詞だ。

しかし、外から来た元少年は別意見だ。


 「仕方ないだろう。

  たった一人の家族がいるんならな」

 

 久しぶりついでに、夕飯に出されたイモを食べると互いに大笑いをした。

懐かしい味に甘いバターが添えられていて、頬張ると昔のことが蘇ってきて仕方ない。思い出に花を咲かせた。

 (本当、色んなことがあったなぁ)

 昔についてはもはや色褪せたも同然な過去もあったけれども、こうして喋りに喋り倒すと再び色がついてまるで今、体感しているような心地になる。水も、景色も、あの時吸い込んだ空気さえも、ままにあるように見えた。しかし、こうしたこともすべて、もはや後戻りのできないものである。手に入れられないものであり、成長してしまった自分にはもう、振り返り見ることぐらいしかできない産物と成り果てた。 それがどうして、こうして悩ましいほどに懐かしくて、そして心を騒がせるのか。

 成長していく過程では別段特に思いもしなかったことだけれども、もしかすると年齢を経ていく人間としては当たり前の流れであるのかもしれなかった。

 (今、どう生きるべきか)

 なるようにしかならない、生き急いでもどうにでもなるわけでもない。

結果は変わらない。

 大人になり、それなりにアルコールの味が分かるようになった僕は、そんな年寄りじみた考えを持ちながら、こうして二人の若夫婦と食卓を共にし酒を酌み交わした。

 

 「明日はどうするんだ?」

 「そうだね……」


 少しばかり伸びた桃色の髪を一本に縛り、肩に垂れ流している。

その毛先を目線で見ながら、僕はなんとはなしに、孤児院へ行ってみようかなという気にもなってきた。

 

 「丘の上に行くよ」

 「それはいいわね」


 三つ編み女子は大いに頷いた。


 「あなた、アリスはなかなか仕事ばかりで

  孤児院に顔を見せにいかないんだもの」

 「そ、そうかな?」

 「ふふ、まぁ色々あったものね。

  イモばかりじゃあれだから、明日の朝早くにこの家に寄って行ってよ?

  お菓子たんまり作っておくから」

 「それはありがたいな」

 「美味しく作るからね!」


 満足げに三つ編み女子は一笑する。


 ようやくのお休み二日間の一日目は、こうして終わった。

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