40<教会回帰②>
教会の外でさえ騎士たちが野宿していたのだ、僕たち孤児が使っている就寝部屋のベッド、は寝心地は悪いだろうけれども接収されているものだと当たり前のように受け止めていた。
「安心してくれ。
使わないように通達してある」
「えっ」
リディ様が裏口の戸を潜り抜けながら僕に告げる。
なんでもベッドは大きさ的にも孤児専用だから大柄な男が使えるほどのものではない、とのこと。
(そりゃそうか)
騎士様、そういえば孤児院に来てた時にわざわざ調べていたもんね、僕の枕でさえも。
孤児院の寝具は古さも相まって体重もある大人には扱いづらいんだろう。
「調理場は事前に使わせてもらった。
温かな食事を久方ぶりに食すことができ、
皆、喜んでいた」
道理で余熱が残っているわけだ。
きょろきょろと見回せば、調理場はいつもとは異なる雰囲気である。
使われた形跡があるせいか普段よりも明るさが違った。
「ありがとう。
皆を代表し、感謝する」
「そ、そそそそんな!」
僕たち孤児を前に、まるでなんでもないかのように頭を下げるリディ様に僕たちは大慌てだ。
「気にしないでください!」
「そうですよぅ、もううちのアリス助けてくれたりして、
こっちこそ、ええと、ええと、あーもう!
アリスのせいだからね!」
「ええっ」
わたわたとしたチビにまで背中を叩かれた僕だって含む動揺に、後頭部の金色の色をみせていた騎士様はようやく空気を読んで顔を上げてくれた。
「ふふ、ああ、すまん。
そこまで委縮させるつもりはなかった」
「リディ様ぁ」
立派なお立場でそれでいて気さく、目鼻立ちもそれなりに良いリディ様。その美しい、つるりとした碧眼に見詰められるとやはり意識してしまう。彼の、その視界の中に僕がいるということを。
(なんか、緊張する……)
居心地が悪いというか。
指と指をもじもじと合わせた。
「それで、な。
すまんが、食事が残っているのなら、
食べ損ねた者たちがいるのだ。
彼らに分けてやってくれないか」
「分かりました!」
僕を助けてくれた騎士たちのための食事、なんだろう。
三つ編み女子の元気の良い返事に、リディ様は鷹揚に頷く。
未だに僕はごわごわとしたリディ様の持ち物をお借りしている。だからか、漂うリディ様の匂いも合わさってか妙に心が跳ねやすい。
「騎士様のぶんもありますよ!」
「そうか」
それは良い、と嬉しげにしている金髪碧眼の騎士様。
僕も嬉しい。
「さて、それでアリスの分もあるだろうか?」
「はい、あります!」
「どうぞ、焼き立てのパンです、
召し上がってください!」
「ありがとう」
「さ、アリス。
まだ温かみが残ってるスープあるから、飲んでいいよ」
「騎士様もどうですか?」
「いただこう」
リディ様と並んで椅子に座ると、わいわいと賑やかに世話をしてくれる彼らに僕の頬は緩みっぱなしだ。
「アリス無事で良かった~」
なんて元気なチビは、喜色を隠さずに僕へと手際良くスプーンを手渡してくる。ありがとう、なんて受け取っている隙に、あれよあれよと瞬く間にお碗を並べ立てる孤児たち。ずいぶんと手慣れた様子の給仕であった。
「わあ」
テーブルの上には、驚くほど野菜が盛りだくさんのスープに、付け合せのパンの色は白く、視線が嫌が応にも吸い寄せられる。
(まるで貴族の食事だ)
小気味よく千切れるパンに感動しながら、美味しそうな匂いが漂うスープに当たりをつけ。
それこそ、ひたひたになるまで浸した。少し重みが増したそれを、期待に胸を膨らませ、ぱくり。頬張る。すると、じわ、と滲む肉の味。スープに使われていたのであろう、その味わいは懐かしいもので。また幾度か咀嚼するとその印象が強まった。縦横無尽な味わいはとてもじゃないが、今まで食べたものより遥かに上等で。
「美味しひ」
鼻の抜けるような甲高い声を思わず零してしまうと、隣で騎士様が微笑していた。
じわりとこみ上げてきた気恥ずかしさをごまかすために、一口、二口、と。
スプーンを動かし、ごく、ごくと透明なスープを飲みこむ。徐々に口の中に人参やイモ、それに瑞々しい緑の野菜の葉を咀嚼していくと、段々と食事を楽しむ余裕も出てきた。
――――けれども、そんな気分も所詮はまやかし。
現実は非業である。
「……騎士様?」
綺麗な所作で、それこそ貴族らしい食べ方をしていたリディ様の指先の動きに魅入っていると、彼は伏せた碧眼を少しばかり瞬かせ。
その光をらしくなく、暗くした。
「アリス」
ため息交じりに、僕の頭をくしゃりと軽く撫でた後……。
「すまない。
やはり、私はこれ以上食べてはいられない」
「え?」
あ、と他の誰が上げた声だったか。
温もりを僕に残しつつ、がたりと椅子から立ち上がった騎士様。
騎士の象徴ともいえるマントをふわりと翻し、焦った様子でどこかへ。
「リディ、様?」
僕は彼の背を目線で追う。立派な背中、けれど。
食べ終えるには、あともう少し白いパンがあった。食べることに執着していた僕たち孤児だもの、どうしてもこの食べ物を放置して追いかけるなんてもったいないこと、できるようで、できなかった。
この食料ひとつ、やりくりするのに苦労した思い出が蘇る。
慌てて小動物のように頬張り、立ち上がる。
無作法は母さんからもしてはいけないことだと言い含められていた。思えば、僕は本当にさまざまなことを教わった子供だった。
「ごめん、あとはお願い」
呼び止める言葉に耳を貸さず、僕は教会へと続く廊下へと足を進めた。
教会と孤児院を繋ぐ道。
駆け足、でも良かった。
けれどもう夜であったし。
廊下の時点で、僕はこの教会内部についての意図的な立場を理解することができた。
「……悪いが、これ以上は進ませるわけにはいかない」
貴金属の音が鳴るのを耳にした。
(あ……)
誰かが立っていたのは分かっていた。
その人影は、明らかに武器を持って僕の前に立ちはだかっている。
教会へと続く廊下の途中、細長くも鋭い切っ先が、灯に照らされてキラリと輝いている。
ちゃり、ちゃりと鎖のような音も常時鳴っていて、どうやらそれは武器の装飾品であるらしかった。ぶたれたら痛そうな、鞭のようにしなる細かな鎖。
明らかに僕を警戒しているのが分かる、若手騎士の警戒に、
(槍だ)
ごくり、と僕は唾を飲みこむ。
「引き返せ。
……これ以上は」
びくりと身を震わせつつも立ち止まり、僕は。
「騎士の、お兄さん」
声をかけた。
すると、ふ、と、緊張の走った空気がわずかに。
たわんだ。
「お前……、」
槍の切っ先は、僕に向かわずに床へと落ちた。
「アリス、か?」
一歩、僕のほうへと踏みしめた騎士。
茶色の髪のざっくばらんさが、彼の苦労を滲ませている。リディ様のように髭無精ではないようだったが、揺らめく炎によって明かされた彼の目元は副団長同様に黒くなっていて。
「久しぶりだな!
そうか、お前、
無事だったか!」
この孤児院へ連れてきてくれた、若手騎士だったことに気付いた僕もまたにっこりとほほ笑みを向けるのだった。




