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39<教会回帰>

 馬の嘶きが、風に紛れて聞こえる。

物陰から飛び出た馬の耳が時折ぴくぴくと動いてみえた。

 訓練された軍馬らしく大人しく隠れている。


 丘の下、大人の足でもそれなりに距離がある王都からは見えないであろう配慮された位置。

教会の影に寄り添うようにして、びっしりと騎士団の持ち物らしき道具が置かれていた。槍が多い。が、弓も見えた。鋭い切っ先、その隙間を縫うようにして孤児たちが使っている手狭な物置小屋も活用され、あちこちに人が雑魚寝していた。

 (わ……)

 大の大人が、だ。野外で眠るその光景、圧巻である。

 騎士団の王都への帰還についていったことはあるものの、これほどまでに、戦争というものを意識する集団を目にしたのは初めてだった。

 ごくり、と唾を飲みこむ。

 僕は相変わらず騎士様に横抱きされていたが、高揚する、というか。

僕が戦いに行くと言う訳ではないが、大人たちのこの本気、が夜の空気に滲んでいて。肌に伝わり、ぞくぞくとしてしまう。

 若い、それこそ見習いっぽい軽装の兵もいたがまさしく叙勲された騎士としかいいようのない、体格が立派な人もいた。リディ様と似たような恰好で立場もありそうなのに、その人は気にもせずマントを下にして地面に敷き、寝心地は悪いだろうに毛布に覆われてそのまま眠っているようだ。明日に備える、ということなんだろう。僕たちに気付き半目になった厳つい人もいたが、大剣を抱えてまた眠りこける。

 概ね、静かな夜としかいいようのない、物静かな集団であった。

 見張りらしき兵がひとり、すっくと立ち上がり敬礼をする。


 「サトゥーン副団長、特に異変はございません」

 「分かった。引き続き頼む」

 「はっ」

 

 小さな声と声の応酬だった。

 ここからは王都への大道を見下ろすことができる。

高台にある教会から逐一眺めることはできるため、ちょうど具合も良いのかもしれない。教会の丘の下にある道は今のところ人の出入りはなさそうだ。すなわち、他国からの応援はいまのところないということ。

 リディ様も自然と顔を向け、気にしていた。


 「……む」

 

 少しばかり目を細め、今度は顎を上げて真っ暗に包まれた山の形を見据えている。あの方角は、僕の故郷の村があったところだ。聖なる国、聖女様がおわす国の。


 

 


 教会の裏、近衛騎士団の皆さんを縫うようにして歩み、(驚くことにイモの皮まみれの堆肥場にまで、近衛騎士団の人たちが休んでいた、)ひっそりと静まり返った孤児院へと、僕はリディ様によって運ばれた。他の追随していた騎士の皆さんは各々、すでに、というべきか勝手に散らばっている。

 お礼を述べるべきだろうか? 

と思うも、騎士様はさっさと僕を布に巻き込んだまま両腕に抱えて彼らから背を向けて遠ざかる。リディ様の肩越しに振り返り見たものの、これから一時的な休息をとるのだろう。敵兵も連行している。ならば、余計なことは言わないほうがいいのかもしれない。明日は、王都を奪還すると言っていた。

 時間帯も時間帯でもあり、これで正解だと僕は自分自身を諌める。

 それに、と胸の内側を締め付ける寂しさからも目を逸らすことができない。

 (リディ様にこうして運ばれるのも、

  人生における最期かもしれない。僕の……)

 騎士様の懐から飛び出し歩いてもいいのではないか、と思わなくもなかったが、もうしばらくこのままでいたかった。おいそれと騎士様の手を煩わせることになるとは判ってはいても、縋りつきたかった。

 甘えている、と我ながら思う。我儘だ。正味、リディ様が一番疲れてるだろう。

 でも、それも終わりだ。

 布地で覆われた、騎士様の厚い胸板に頬を摺り寄せる。

 

 「アリス」


 ぬくぬくとしたそれを味わっていたが、名前を呼ばれ。

調理場の裏側、その扉の前にまでたどり着いてしまった。


 「さあ、着いたぞ」

 「……はい」


 (仕方ない)

 がっかりとした心持ちだが、致し方あるまい。これからはこの足で立ち歩かねば。

 騎士様に支えられつつたくましい二の腕を掴んでいたら、僕の様子を見ながらゆっくりと降ろされる、と、木靴の先から地面に吸い付いていくように現実が馴染んでいく。

 布に包まれたその姿のままに、おずおずとだが、上目使いで金髪碧眼の騎士様を見上げる。


 「あの子たちが待ちかねている。

  ふふ、アリス。

  君はずいぶんと仲間に信頼されているんだな」

 「え?」

 

 (そう、かな)

 仰ぎ見る騎士様の服は、僕のせいで少々汚れていた。


 「心配もしていた。

  皆、アリスの帰りを待ちかねている」

 「騎士様……」


 そう言って、リディ様は僕の桃色の頭を掻き混ぜた。


 「わ」

 「王の門の前にいた時も。そうやって、アリスは……、

  ふ、大きくなったというのに変わらんな」

 「そ、そうですか?」

 「ああ」

  

 なんでかわからないが、変わらない部分があるらしい。

リディ様は、たまに突拍子もないことをするときがある。


 「それと、な。

  大事なことだが」


 騎士様は、その高い背を丸め。

わざわざ僕の耳元へとそのお顔を忍ばせた。

 ――――耳朶への低い囁きが、僕を嬲る。 


 「アリスは賢い。

  だから、分かってはいるだろうが、

  ……あの手紙は肝が冷えた」


 知らず知らずのうちに、背筋がぴんしゃんと真っ直ぐになる。

 

 「あんな遺書を書いてはならん。

  あれは……子供が書いて良いものではない」


 看過されていた。冷や汗が出る。

 

 「リディ様、ぼ、僕……」


 震えた文字でも綴ってしまっただろうか? 

頭の中が真っ白になり、慌てていると。

 こつん、と額に何かが当たる。

 

 「わ」


 軽い衝撃に思わず両目を閉じてしまったが、間近に当たる温かな吐息が気になる。

額を押される感覚がどうにも心の中を掻きまわしてきたため、まさか、という思いでゆるゆると両目を開ければ。

 騎士様の、美しい碧眼が至近距離で僕を捉えていた。


 「駄目だぞ? 私みたいな年上が死ぬなら、

  諦めがつく。

  だが、まだ酸いも甘いも知らない、

  まだまだあらゆる可能性を秘める子が、子供が、

  あんな……、字を」

 「き、騎士様……」


騎士様が区切って喋ると、息苦しく喘ぐ僕に伝わる。


 「私が生きている限り、アリス、君の助けになろう。

  存分に後見人に頼っていいんだからな?

  私程度では、さほどの力にならないかもしれないが、

  これでも一応、伯爵の地位はあるし、

  明日の戦如何によっては報奨も出るだろう。

  ……アリス。私のためにも、我慢ばかりしてはいけない」


感情の籠った視線を向けられた僕は、瞳を伏せることしかできない。

 反省、するしかなかった。


 「騎士様……。

  ごめんなさい……、騎士様」

 「分かったな?」

 「はい」


 リディ様はその両腕で再度、僕の背中ごと強く抱きしめてくれた。


 「……だが、少しでも生き延びれる可能性を模索する。

  その勇気は凄いことだ」



  



 「アリス!」

 

 調理場に入り、まず飛び込んできたのはおチビだった。


 「馬鹿っ、間抜けっ、オタンコナス、アンポンタン、チンドンヤ!」


 アーディ王国ではよくある言葉で囃され、僕としては苦笑する。


 「だって、仕方ないじゃないか。

  僕はどうにかしたかった」

 「ううー、分かってるわよぅ!」

 

 僕の腰に縋りつき、ビービ―泣き喚くおチビ。

いつもの能天気さが消えてしまっているこの子の次に、僕を叱咤したのは年長の三つ編み女子だ。

 彼女もまた、鼻を啜っている。


 「馬鹿ね、本当。

  わたしたち、そんなに頼りないのかしら?」

 「う、そ、そんなことはないけど」

 「嘘ばっかり! まったく。

  ……少しは相談してほしいわ。

  今度からは突っ走らないでちゃんとするのよ、いいわね?」


 胸を張り、もう! といつもの調子で怒られるが、どちらかというと顔色からして心配、の二文字のほうに重きをおいているようだ。


 「本当だよ、巻き添えでしこたま怒られたし」

 「ごめん」


 僕と同じ外から来た子も、渋い表情だった。


 「こういう時は、ありがとうって言うべきだよ君」

 「あ、ありがとう……」

 「ん、どういたしまして」


無理やり僕がお願いしたせいで、面倒なことになっていないか危惧したけれどもさほどではなかったようだ。ほっとする。


 「それよりもアリス。

  あいつさー、あいつのほうがヤバいよ」

 「あいつ?」

 「ラビト」

おまけ


 教会の周囲には、近衛騎士団の一部が拠点として占めている。

それ以外の入りきれなかった者たちはまぁ、雨露しのげる小屋があればいいほうで旅人に扮したり、行商人に化けたり。

 下手したら樹の上で素泊まりである。

野営に次ぐ野営で、久方ぶりの温かな食事にありつけそうな、教会に(やっぱり野宿でも)寝泊まりする連中が羨ましいとぶーぶーと盛大に文句たれていたが、こればかりは仕方ないと同僚たちには諦めてもらうより他ない。


 「我が君、お疲れでは?」

 「大丈夫だ」


 ただ、少々不機嫌であった。

麗しいご尊顔、その眉間に皺が寄っている。

 教会がただの拠点なだけではない、ということを知ってからはずっとコレである。謎の威圧感である。

さらには無言の圧力だとばかりに、少年主君の細い指が私の手首を強く握りしめる。

 (う)

事あるごとに、これをするのだからたまったものではない。おかげで痛めつけられて炎症を起こしているであろう二の腕あたり、すなわち筋肉が悲鳴を上げる。

 負傷した部位が利き手でないのは幸いだが、ちょっとでも不機嫌になるとこれをする。


 「……早く終わらせろ」


 ぷい、と麗しの少年はちっとも麗しくなくご機機嫌斜めな状態のままに教会の奥へと行ってしまう。心なしかどすどすと足音もうるさいし、翻る赤毛の動きもどことはなしに怒りが混じっているように感じられる。

 護衛の騎士が幾人か、任せろ、といった視線を送ってきたので、私は彼らに任せてアリス探索に向かうことになった。




 アリスの危機一髪を救えて、ほっとする。無事だった。

それでいて、前よりも成長した少年になっていて、いや、性別上は明らかに少年なんだが。


 「リディ様」


 などと、ことあるごとに嬉しげに名を呼んでは、そのうるうるな瞳を私に向けてくる。

 正直、美少女にしか見えない。

 出会い頭からして女の子にしか見えない面立ちであったが、おかしなことにアリスの場合は少女のような見目に拍車がかかっているような節がある。あまりにも美に特化し過ぎる主君は別として、この子もこの子で成長の仕方がおかしい。

 痩せた首は変わらず細いが、しっかりと喉仏はあるのにどういうことだ。

 どうにも不思議なこともあるものだとこの世の理について思いを馳せていると、アリスはすりすりとその頬を私の堅い胸襟に摺り寄せている。

 かゆいのかとシラミについての懸念、孤児院の衛生状態を思わず考慮してしまったが、そうか、とはっとする。

 (ポジショニングか!)

 女の頃にはなかった引き締まった胸板である、あまり良い枕にはなりそうにはないと思うが横抱きしているとちょうど頭がその位置になるため、頭の置き場、すなわちポジションを決めかねているのかもしれん。すまん、柔らかくなくて。生まれ変わる前であれば、もう少しマシではあったのかもしれない。

 (……主君もそうだが、まるで猫か犬のようだ)

 ただ、すごく可愛い仕草であるには違いない。

 動物は結構、こうして頭の位置を気にした眠り方をする。

猫も犬も、人間の足の上や股座、あるいは腹の上で香箱のような座り方をしうつらうつらとする姿は凄く愛くるしい。猫はだいたいにおいて仕事の邪魔しにきて主君みたいだし、気ままに爪を突き立てる。アリスは真面目なのか基本的に一歩引いて私の様子を伺い、だいたいにおいて私の傍らでうろうろとする構ってもらいたがりの犬のよう。

 いや、アリスにもまた猫のようなところがある、こうして軽く後頭部で擦り付けてくる頭突きっぽい感じ。

 (うむ……)

 この、愛猫愛犬のごとき仕草は実に、疲れ切った私の心を癒す。

 動物が大好きな私だ、元女子である私には、やっぱり可愛いものは可愛いと思ってしまうのは当然。自然である。真顔でいるのも限界がある、頬がにやけているのは周りにも伝わっているのであろう、おかげで同僚たちの視線の意味を理解するのが怖い。

 というか、後が怖い。

 アリスもアリスで、健気にも私の懐で大人しくしてくれているが、正直、教会で待ち構えているであろう主君が気がかりであった。我儘で気難しい、けれど誰よりも私を待っていた主。涙をこぼしながら、私に縋りついていたのは、何もアリスだけじゃなかった。

 (また大暴れしていなければいいが……)

それである。

 あの後始末のことを思うと、自然と鼻の抜けたため息をついてしまう。

 ……あの国についても、な……。

 嫌な予感がして仕方ない。


 「……リディ様?」

 「すまない」


 にこり、とも笑えず、すまない。

私は心の中で謝りつつ、不安げな顔でいるアリスの頭を撫で繰り回したくなる衝動を抑え、教会への道を辿り、孤児院の裏口へと足を向けた。

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