38<王都襲来⑧>
縛り上げられた敵兵を連行しつつ、森の夜更け、その只中をゆるやかに前進する。
「前々から、四方国家のあちこちから不審な情報が上がるようになってな」
ごわごわとした割に暖かな布ごと抱え込まれ、歩かれるとどうしても眠気を催してしまう。
うつら、うつらと。いかにも男らしく低い、穏やかな声に耳を傾け、騎士様の肩口に頭を乗せたままに話を聞く。
以前の、孤児院での再会――――風邪っぴきだった僕の世話をしたあれ以降も、とって返した足でリディ様は不眠不休で集積の情報を片付けていったそうである。真偽を確かめ、その結果を騎士団長に報告したり、近衛騎士としての領分を日々全うしたり。騎士様が大変お忙しい方なのは傍目からしても分かっていたことなので、なんでまたリディ様ばかりに負担いくのかと、ちょっとばかり僕としては立腹する。
(でも、仕方のないことなのかも)
間近にある騎士様の顎まわりにはうっすらとした無精ひげが生えているし、目下にも良く見れば酷い隈がある。
「きな臭い動きをしていた四方国家に注意を払っていたが、
……我がアーディ王国で作物が採れなくなり……」
季節の狂い。
「他国からの貿易を増やし食糧を融通してもらうことにより、
生きる綱を得たがそれでも満足いくものではなかった。
初期の対応では賄いきれないほどの有史以来の災害は、
家畜も、作物も領土いっぱいに枯らし尽くした。
想像していた以上のものだった、王都では餓死者が出るほどの……、」
言い淀む騎士様。
次の言葉を待ち続けると、しばらくして自嘲の入り混じったなんとも複雑そうな表情に変化し、小さな息を吐く。
「すぐに食糧不足への対策が練られたが、
緊急に対処するにはやはり四方国家に頼るしかほかならず、
かといってかの国々へのさらなる要求は我がアーディにとって、
自らの首を絞めるようなものでな」
不審な動きをする敵国に助力を乞うようなものである。
「だが、それでもやらねばならなかった。
……どんな無理難題が待ち構えていたとしても、
王都に暴動が起きた以上、もはや時間はなかった」
騎士様は歩きながらも飛び出た枝の葉を払うように屈み、また前を向きながら僕に語りかけてくる。
「民をこれ以上飢えさせるわけにはいかなかったのだ」
「騎士様……」
国境沿いでは当たり前の食材であったイモが王都の民に受け入れられた途端、一気に買い込んで民に幅広く安く売り払い、なんて。とにかく食料高騰と食料不足の解消を国ぐるみで頑張っていたようだ。
(そういえばあの女子たちが気味悪がってたにょろにょろ……)
恐る恐るだが。月光に照らさた獣道の先を見据える騎士様に尋ねてみる。
「リディ様、あの、孤児院にその、イモとか……、
あと蛇のお肉とか運ばれてきたのって」
「食べられるものであれば何でもこのアーディに
運ばれてきたからな……どんなものでも買い付けた。
食糧不足対策への一環だな。
まぁ、不評ではあったな……蛇は」
なんだろう、騎士様の苦悩が手に取るように分かる。
(やっぱ不人気だったんだね……)
イモならまだ、馴染むであろう食材だ。
しかし、蛇だけはどうも、見た目からして毒があってもおかしくない色の生き物だっているし。実際に運ばれたのは加工されたものではあったが、とぐろ巻いて鎮座してたら誰だって嫌なものだろう。ただでさえ見慣れない食材だった。味も淡泊だったし、栄養はありそうだったが子供の舌には合わない。
それに、
「にょろにょろとした形が良くなかったのかもしれんな」
(多分それだけじゃない気がするけど)
でもリディ様がにょろにょろ、って言うとなんか可愛らしい感じだ。
(それに僕と同じ感想……)
感覚が一緒なんだろうか。
なんだか急に気恥ずかしくなってしまい、騎士様手ずから巻かれたごわごわ布に顔面から埋没していると騎士様の体臭がする。嫌じゃなかった。
騎士様たち、近衛騎士団のすべてではないけれどもこうして外にいるのは任務の一環ではあるらしい。
「詳しいことは、教えることはできんが」
なんてリディ様はおっしゃる。
(別に気にしなくていいのに)
むしろ当然だ。
騎士様にはこれからさらなる難題が待ち構えている。
王都は未だ出入口を占拠されたままだ、この後、騎士様がた近衛騎士団がなんらかの行動をとるのは素人の僕でも想像できる。作戦もあるのだろうから、下手なことは言えないのは正しい。
……でも、そんな心遣いが嬉しい。
騎士様は僕みたいな孤児にもこんなにも優しくしてくださる。
子供である僕にこんな調子だから、他の孤児たちに見抜かれて囲まれてしまったんだろうな。僕は盛大にむくれたけど。
順調に、孤児院への道が開かれていく。
木立を抜け、もうすぐ歩きやすい路程となる。
金髪碧眼の騎士様――――とうとう、恩人以上になってしまった、僕の後見人、僕の騎士様。
(どうやったら僕は、このご恩を返せるんだろ)
一度目は、故郷の村から。
二度目は、敵兵の暴漢から。
ああ、僕は騎士様にどんなご奉仕ができるんだろうか。
一生をかけてでも、返せるものなんだろうか。
貴族は嫌いだ。大っ嫌いだ。意地悪だし、僕たち庶民を下に見ている。
でも、騎士様になんらかのことができて手助けし、喜ばれるというのなら。僕はなんだって出来ると確信している。貴族位を持っていても正しいことが出来る人がいるってこと。僕は知っている。
ただ、おこがましくも。
(……騎士様の側にいたい)
だって、こんなにも温かくて。
一人ぼっちの僕に心を砕いてくださる。
寂しい。
寂しいよ。
離れたくない。
ぎゅっと、騎士様の襟首あたりの布地を掴み、目を閉じる。
抱え込まれた振動が、心地よい。
僕のために、この方は。
ゆるゆると揺られ、浪間に漂う月のようなものが眼の裏に見えた気がする。
「リディ、その子すっかりお前に懐いてるな」
「……そうだな。
…………この子のためにも、明日は奮闘せねばな」
「その通りだ」
「生きて王都に帰還、だなぁ」
「堂々と行くか?
あいつら、目ん玉ひん剥いて驚くだろうさ」
「ふふ」
「リディもこれ以上怪我するなよ」
「分かっている。
グラウスも気をつけるんだぞ。
お前はうっかりしてるからなぁ、
上着忘れて観兵式出たのはグラウスぐらいだ、肝が冷える」
「んな昔のこといい加減忘れてくれ! お前は俺のお袋かよ」
「ははは」
嗚呼、リディ様……。
「アリス」
嗅ぎ慣れた紫の花の香しいものを吸い取る。
「あ……」
見開けば、見渡す限りのラベンダー畑である。
とうとう到達していた。どうやら、騎士様がたの話を耳にしながら眠りこけてしまったものらしい。月の位置からして、ずいぶんと短い時間で戻ってきた。森の奥深いところから、なので大いに大回りになってしまったけれど。
(僕の足じゃこんなにも早くたどり着くことはできなかった)
さすがは日頃、体を鍛えておられる近衛騎士団の皆さま。僕は素直に感嘆する。
けれど、がっかりもした。この温かな騎士様の懐から抜け出ねばならなくなるのだから。
ラベンダー畑を突っ切ると、教会の先が見える。
あのとんがった屋根は目印にしては最適であり、それは近衛騎士団の皆さまも同じらしく、各々ほっとしたような、安堵した顔でいなさる。
他の騎士がたも、あの教会で待機しているそうで。
僕もまた見慣れた景色になったため、安心の息をついていると、
「……リディ様?」
立ち止まることさえしなかったが、そう、なんというか。雰囲気が。
しょげ返っている、というか。
傾げていると騎士様ははっと目を丸くし、気付かれた、とばかりにその碧眼を少しだけ右、左と動かしたあと困惑したように、
「すまない」
と僕に対し何故か断ったあと、また何事も無かったかのような顔に戻ってしまった。




