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34<王都襲来④>

 (王都襲撃犯の奴ら、敵国は一体どうやって食べ物を確保しているんだろう?)

 定期的に食糧が運ばれる孤児院。イモに切り替わる前からそうだったものらしく、王都から運搬され、食糧庫にみっちり保管。昔から変わらずの手順だそうである。

 商人のおじさん曰くイモは生産地から王都に集約されて各地に振り分けられている、とのことから……現在、王都出入り口が封鎖されている以上、孤児院の食糧庫がいずれすっからかんになるのは誰でも分かりやす過ぎるほどの末来だ。いずれ現実になるだろう、このまま戦争が続けば。王都は塞がれている。

 そうなると僕たち、大人の庇護のない僕たち孤児はどうなる?

 (本当は僕だってこんな役目したくない)

 けれども、外の世界を知っている孤児の数は少ない。

誰かがやらねばならない。

 

 年長組は成長したおチビをいれてもなお、両手でかぞえるほどだ。

大人である司祭様がいない以上、この数人で孤児院を切り盛りしている。年長たちは率先して幼子に仕事を割り振ったり、各々できそうなことをお互いのためにこなしてきた。

 ただ今回の件については危険過ぎて、女の子にさせる訳にはいかず。

 僕は考える。

 (……外で暮らした経験のある者が適任だろう)と。

 となると、必然的に僕が当てはまる。

 憎しみに果てはない、なんて嘯く子には無理なお話だろう。本人も納得していたし苦言を呈してきたが、無理をするなと言われた。彼自身もまた同じことは考えていたようだったが踏ん切りがつかなかったようだ。

 ラビトなんてもってのほかだ。

赤子の頃に教会に捨てられていて、王都を知らない。行ったことも無い。

 戸惑う彼らを連れて外出なんて、僕の手に余りそうだ。

僕だって自分自身に手いっぱいなのに。

 物の運搬程度ならまだしも、そもそもどこから食料を調達すべきか。その算段をつけねば。

 (まずは僕が率先して動いて、それから……)

 何せ、孤児院には幼い孤児は多い。構わねばならないし、年長組がひとりぐらいなら欠けても、

 (あとは何とか)

 どうってことはない。

 (……はず)

 うん。

 実際、王都近辺を探るのは集団だと目立ってしまう。

失敗したら終わりだ。

 ぼんやりと輝く白い手紙が所在無げに風に揺れ、孤児院の、皆の顔が順繰りに浮かぶ。

 

 「怒られるかなあ……」


 それはそれで心配の裏返しで楽しい想像だと、僕はふふ、と勝手に口の端が上がるのを止められずにいた。




  

 地面に伏せていた顔を上げる。土が付着してしまい、思わず鼻筋を撫でる。

 街道を外れ、丘陵地帯の斜面を影のように張り付いて進行する僕は、こうして定期的に伏せて体を丸めている。

 僕の目にはぶらぶらと歩く敵兵がいる。後姿からして王都へと向かっているのは間違いなく。

視線だけ追っていき、こめかみを袖口で拭う。

 

 「…………」


 (確かにふわっとしてるなぁ……)

 なんでか分からないが、彼らはアーディ騎士団のような整然とした動きではなく、ただのゴロつきのような足並みで進んでいた。勿論頭もふわっとしている。鎧兜を装備していないのであった基本的に真っ黒な服装で、槍を片手に大股歩き。顔付きは、軽装の割に揃いの黒マント付着の帽子をひっかけているため、彼らがどういった人たちなのかはさっぱり見当もつかなかった。

 一陣の風が吹き、王都の喧騒が僕の耳にも届くようになったが。

 (もう少し、近づかないと……) 

 丘と丘の間にある滑らかな道沿いは穏やかだ。しかし、数えきれないほどの足跡の痕跡がおぞましい。

ごくり、と唾を飲みこみつつ、僕は足を動かす。怖いけど、仕方ない。

 さっと視線を走らせれば、季節の狂いで枯れてしまった大地ばかりだ。

辛うじて生えている木も、その表皮はボロボロだった。もっといえば剥き出しの地面の傍ら、あるいは枯れた草葉の隙間のあちこちに骨が転がっている。死の鳥が喰らったのか、それともだいぶ前からの遺棄されたものなのか。辛うじて生えてきている緑を踏みつけるようにして落ちてる骨は真っ白で、人骨ではない、と風化しすぎてはいるが辛うじて判別はしているものの、正直なところあまり触りたくないというのが本音だ。季節の狂いの象徴ともいうべき羊の骨。燃えることもしないので燃料にもなりはしない。

 ……でも念のため、僕は抱えている。羊の骨を。

 (まぁ武器ぐらいにはなるかな……)

 覚悟を決めて斜面を下り、そろそろともう片方の丘を選んで坂道を登った。

丘のてっぺんに登らず、その脇をひっそりと進めば誰にも気づかれない。ましてや相手は王都に夢中だ、もっといえば僕は子供だから相手にもならないだろうが、念のため息を潜める。

 それでいて、骨を懐に進む僕。一体何をしているんだろう、って思う。

 




 喧騒が大きくなるにつれ、まるで揺れる地面に、僕は戦場が近いことを知り、知らず喉を鳴らした。

王都は……あの美しい王都はどうなっているんだろうか。

 花々に彩られた街並みを、あの人工的な匂いを鼻腔に蘇らせながら、僕はドキドキと脈打つ心臓を持て余しつつも、どうにか、王都の出入口がはっきりと目視できる範囲までやって来てしまった。

 (無事、これた)

 さあ、この丘を登れば。

 

 「はぁ」


 ため息のような、どこか疲れ果てた、それでいてどこか残念なものを含ませながら、僕は見詰める。

汗をかいたので、額を拭う。しばしそうして立ち尽くしていたが、酷い混戦模様に巻き込まれないよう、目立たないようにと腰を落ち着かせた先、王都の景色は。

 それはそれはもう、酷い有様だった。





 鼻を擦れば、真っ黒なものが指にくっつく。

どうやら燃えかすの残りがこんな王都の外にまで飛んできたようだ。

 (炎の色、凄かったもん)

 真っ赤に燃えていた。

そして、それをどうにかしようと奮戦する……騎士か、あるいは一般庶民か。

 王都の内側での出来事だった。屋根に上る彼らは少々遠方すぎて判別できなかったが、矢を射られたらしく、すんなりと落ちていった。

 (……酷かったなぁ)

 稀にアーディの騎士らしき者が飛び出てきて、剣を振り回していたが、黒づくめの敵兵に次々と槍を打たれ、高く掲げられてもいた。

 僕は涙目だ。

 

 「……騎士様……」


 怖い光景だった。

間違いなく、あんなもの、孤児院の皆には到底見せられないものだった。一人で来て良かったと、僕は安堵する。それだけでもめっけもんだった。

 僕は逃げ出した。

到底、あんな王都の状態では食べ物をありつけるなんてことはできないだろうし。

 そんな算段さえつけられるものではなかったからだ。

それが分かっただけでも、今回は大きな収穫だったと自認する。

 持っていた骨が落とし回ったことさえ気づかないほどに、僕は必死に逃走していたが……次第に駆け足が弱弱しい足並みとなり……、とぼとぼとした歩みではあったが、夜の闇は子供ひとり隠すにはちょうどいい時間帯だった。

衝撃的なものを目の当たりにしてしまった経緯があって、お腹もすかないし、具合も悪い。村を焼かれた過去とはまた違う、凄惨さが溢れていた王都。

 

 一体、僕は何を見てしまったのか。

本当、忘れてしまいたい、と考える。

 ゆっくりとした歩みは、月の光によって浮かび上がった人影さえ浮かびあがらせる。


 気付けば僕は、教会近くの畑の。

その傍にある、木立のほうにまでたどり着いていた。薬草が生えているかもしれないと、なんとはなしに考えていたところだった。


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