33<王都襲来③>
一日二食を数日分、保存食も含めて作る。孤児院全員のぶんを作るのは精神的にも体力的にも大変疲弊する作業だが、しかしやらねばいざというときに困る。そのいざ、という時がこなければいいなと願いつつ、僕たちは忙しなく動く。
えっちらほっちら掬い放題飲み放題の井戸から綺麗な水を運び、傾けて大鍋に入れては井戸へと向かおうとする幼い孤児もいれば、相変わらずのイモむき業をこなす僕と複数の子らが刃物を握って小山をたっぷりこさえ、年長女子の一人は新たに生み出された洗濯物を室内のどこで干すべきかと四方八方に視線を巡らせている。手先も器用なその子は僕たちの手がなんとも小汚くなっているのを気付き、眉を顰めたが慌ただしく調理場から離れていった。幼児の泣き声がしたから、迎えにいったんだろう。
「いやーなんか凄い慌ただしいねえ。
蒸してるし、熱いし……。
年末みたい」
うんうんと相槌を打ちながら僕は新たなるイモを手づかみで挑戦、見事討ち果たす。
(……こんな風に、こざっぱりしたらいいのになあ)
くるくると手中で回すイモは凸凹としている。白くて綺麗な色味。美味しくて。
――――けども、そうならないのが現実というやつで。
翌日、また同じようにけたたましい喧騒が。
「またぁ!?」
派手な物音に飛び上がったおチビがうわあ、と驚きの声。
他の子たちも隣同士ざわめきつつも、しかし、昨日みたいに聖女様の足元に蹲ったりはしなかった。
「うーん、まぁ、またってことかな」
僕はなんとはなしに、そんな予感はしていたので落ち着いたものである。
窓辺からは薄い光さ差し込む。
今日は日の出と共に戦っているものらしい。
ちょこんと背伸びして該当箇所を見詰めるおチビ、その瞳はきらきらと輝いていた。
「朝っぱらから、まーた元気だねぇ。
ねぇ、アリス。
あんなにいっぱい動けるって、凄いね兵隊さんって!」
「……兵隊さんも好き好んで野営して元気に働いてないと思うよ」
「そう?」
おチビはうーん、と傾げた素振りをして、
「あ、そっか!
お外で寝るってことは、寒いもんね!」
「え、うーん。それもあるかもしれないけど、
そうだね、眠りづらいんだよ地面って。
昼寝したことなかったっけ、おチビは」
「ないよー」
「そうなの?」
「怒られるもん」
それもそうかと僕は三つ編み女子に目を向けて半笑いになる。
(うん、確かに怒られるね)
ただでさえ天気が悪かった日頃なのに、洗濯物を増やせばどれだけお目めが三角になることか。言われなくても想像しやすい。現在の彼女は畳んだものをどう子供たちに仕事振り分けしようかと悩んでいる最中であるため、視線を合わせないようにしよう。
「それよりアリス~」
「ん?」
「ほら、あの人」
「あの人?」
窓の木枠にかじりつきながらもおチビは真ん丸目玉をきゅっと丸くし、集中するかのように、一点に意識を集中し見据えているようだった。
僕も真似して彼らを見入る。
「なんか、頭がふわっとしてるっていうか。
ふわふわぁって、膨らんでいるっていうか」
「え?」
ほらーアレアレ、と小さな人差し指を曇りガラスに向けられるけれども。
(うーん)
全然わからない。
教会の丘からさらに奥、王都の出入口には黒山の人だかり。白煙を生じながらもアーディ騎士団とぶつかり、なんだかまた同じことの繰り返しが起きるのではないかという想像だによろしくない予想図だけだ、僕に見えるのは。
「ほらーほらほらぁ!」
「わ、分かんないよ!」
「お尻もすごいよ!」
「もっと分からないよ!」
(凄いお尻ってナニ!)
さて、そんな孤児院での物言いは置いとくとして。
王都襲来というものは、何度も、とある日は夜、それも孤児たちが熟睡している時刻にも行われた。たまったもんじゃないのは年長組たちである。眠たい目を擦りながらも、しかしやっぱり不安なことは不安なのでどうしようかとまた顔を突き合わせて相談しつつ、誰かが当番で寝ずの番をすることになったりした。
(なんたって、大人がいないもんなあ)
なので、この教会では孤児たちがとにかく話し合い、ときに相談の具合がよろしくなくて喧嘩しながらもそれなりに過ごしてきた。保存食は逃げるためのものだったから、日持ちがしなければ食べながら時間を過ごし。
「どうせ人間、いつ死んでも同じ。
……けど、痛い思いはしたくないから、
でも……、うん、それなりに頑張って生きていこう」
なんてやや消極的な意見が出つつも、
「あんたね、そんな暗い顔して。まったく馬鹿じゃないの。
いつ死んでも同じ? そんなの、どうなるか分からないじゃない。
あんた、外で。
そりゃあ苦しい思いをいっぱいしたから
そういう感想もったんだろうけど、
あたしたちはそんな世界でも生きたいんだから、
こうして頑張ってるのよ。
ちょっとでも楽しい思いをしたいのよ、
いつまでも辛気臭い顔してんじゃないわ。
年上なんだから少しは気張りなさいよ!」
この年長女子はきっと姉御になるに違いないって、僕たちの意見は一致した。
「ちょおっと、何目配せしあってんの」
「ふふ」
「くく、ぷふふ」
これにはさすがのラビトも、笑いを堪えられないみたいだった。
(……しっかし、本当にいつ終わるんだろうな。
…………戦争)
涙さえこみ上げてくる団らんのひとときに、僕は思考の片隅で答える。
(終わらない)
それもまた、思考的帰結のひとつ。
再び僕は、ちょうだいした手紙を眺める。
見詰める先にはインク瓶。少々インクに含め、さて、どうしようかと悩ませる。
(そう、騎士様にどうお伝えすべきか)
それである。
僕はそっと目を伏せ、いや、とゆるく頭を横に振った。
(いいんだ)
別に、今日明日伝わらなくても。
ただ、僕という存在がいたってことを、知って欲しかったのかもしれない。
夜に開いた便箋の白さは僕の目には猛毒だ。
あまりにも眩しすぎる。また、本日は満月一歩手前の月日。星もきっと煌めいている。でも僕の中は決して輝いてなくて、どんよりとした季節の狂いよりもさらに薄暗いものが立ち込めている。
重苦しい息を吐き出しながらも、それでも僕はベッドの上で身じろぎしつつつ、なんて意気地のないことをしつつも、それでも震える指が前よりも落ち着いたのにほっとしつつ苦笑いをして。
……書き綴った。
さら、さら、と。黒々とした僕の心が続いていく。
眠れたかといえば、そうは睡眠をとることはできなかった。
でもやらなきゃならないと僕は常々考えていた。あいつらが王都の前に陣取ってから、ずっと。
外から来た子だけに伝えている、僕の覚悟のほどは。
(一応、僕だけが孤児院に何故かいない理由をね)
上段ベッドのラビトは眠っていた。いびきをかいていたから、ぐっすりだろう。連日の王都のこともあって、彼もまた年長組のひとりとして気を張っている。聖職者見習いとはいえ、彼もまた人のために生きようと試みているようだった。どこか、村で朴訥とした生き方を喜んで受け入れていた聖職者を思いだす。そう、彼のような。
(……司祭様みたいな人もいる。
ほんと、世の中、色んな人いるよね)
朝もやの中。
僕はひっそりと、教会から足を延ばす。とんとん、と踵を叩きながら履きつづけると、与えられた靴はようやくといった風情で僕の足に馴染んだ。悪くない。上着も羽織ってるので、ある程度寒さは凌げる。
荷物は最低限。
(……)
振り返ると、ずいぶんと小さな教会で僕は生活を送っていたんだと思う。
(ほほ笑みの聖女様は僕に微笑んではくれないけれど、でも、騎士様は微笑をくれた)
起き抜けに指定箇所に挟みこんだままだった手紙。
食糧庫の食べ物も、残り少ない。
塩だって、あとちょっと。衛生的にも、今後について鑑みてもやっぱり色々と足りないものは多い。できれば王都で補給しときたいことなれども、でも難しいとみた。
(どうにかしなきゃ)
ぐっと息を呑み、まるで敵を睨みつけるかのようにして教会を後にした。




