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32<王都襲来②>

 王都へと侵入させまいと踏ん張るアーディ騎士団と、余裕綽々の他国の軍勢。

遠目からは蟻のように黒々とした粒である彼らの戦いは、行ったり来たり。埃のような、砂煙を大地から巻き上げながらの必死な攻防は空が明るくなっても続く。

 ……どうやら王都の出入口あたりが酷いようだ。

火災が発生しているらしく、教会にも漂ってきた。黒い煙が目に染みる。


 「くっさ!」


 おえっと吐き出すような素振りをしてみせるのは、僕と同じで何もかも失った少年。外から来た子だ。

始め聖女様の像の傍で縮こまっていた孤児の一人であったが、怖いもの見たさもあってか、窓辺の枠に齧りつく僕を習って隣に居つき、ひょっこりと顔を覗く。

 そして現状を目の当たりにし、ごくり、と生唾を飲みこみ。

しばし警戒しながらも遠方の丘の下、滑らかな緑と土の線から見え隠れする黒々とした兵の、死にもの狂いの現実を、まるで夢でも見ているかのように息をつめて見詰めていたが、しばらくして子供らしく順応したものか、率直にモノを言う。


 「おーおー、あんなに燃えちゃって……どうするのあれ」

 「レンガとか石の建築物が多かったから、

  そう延焼はしないとは思うけどね。

  王都の中を流れる川もあるし」

 「そっか。なるほどね」

  

 恐らくだが、王都の住民も戦々恐々としつつも火事を抑えるための行動をとるとは思う。

まだ王都出入り口で行ったり来たりの右往左往の争いをしているし。王都中に火が回るのを止めようとするはずだ。想像するだに怖いことだ、あんな武器を持っている他国の人間がいる近くで消火活動なんて、すごく命がけ。あの煌びやかな王都の人々が必死な形相で、黒い煙を全身に浴びススだらけになっても頑張っている姿が脳裏に浮かび、ぶるりと僕は身を震わせた。石畳の上を必死に行き交う誰かの靴の先にダンッ、と矢じりが派手に突き刺さった感触がした気がして酷くおっかない。

  

 「早く終わらないかなぁ」


 隣の子の呟きを耳にしつつも、

 (嫌なこと思い出した……)

 きゅ、と心臓が縮こまった。

 そう、ただの民草である僕たちは、やっぱりこういった国と国の間柄に挟まれる運命だってこと。その事実を、しみじみと察したのだ。

 (そうして、痛い思いをしたり、苦しい思いをして)

 報われないこともある。僕はこの身を通じ、しみじみと理解している。

 (運命、って惨い)

 別に、好きでこの人生を選んだわけじゃない。生まれ育った環境もそう。

 緊張感に総身を滾らせつつも、ふぅ、と疲労の伴う息をついた。


 「……アリス」


 そんな消沈気味の僕に、聖職者見習いの声がかかった。

それは、ひっそりとしたものだった。静けさの印象さえある声。窓はガタガタとたまに五月蠅いし、紛争地は遥かに遠い。だから、別にそこまで気にすることでもないとは思うが一応の配慮をしてみせる少年を振り返り見る、と、ラビトの顔色は悪かった。非常に。


 「どうだ?

  すぐ、終わりそうか?」

 「うーん……どうだろなぁ。

  戦い始めて、数時間は経過したと思うけど……」


 こればかりは、専門の人間でなければ分からない。

 (うーん)

僕は騎士という職業でもないただの孤児なので、そこのあたりは分からない。

 そもそも、戦いがずーっと続くかどうかは不明瞭だし。停戦とかの引き際というか、そういったものはどうなのかさえ謎だ。だらだらと戦いながら、ずずーっと昼夜を問わず殺し合うのかもしれない。

 僕は唇を尖らせ、爪先を当てて視線を巡らせ思考する。

 (あ、染み発見)

 教会の天井、蜘蛛が住みやすい隅っこに水漏れの跡があった。


 「……アーディ王国は直近で戦いがあった、のは知ってるよ。

  でも、それは十年以上前の話だって聞いた」

 「へえ。でも、それが今回のと何も関係が」

 「あるって。

  アーディ騎士団の戦い方が判明する。

  けど、あの時は……、そう、すぐに終わったって。

  アーディは手早く撤退したって」

 「じゃあ、今回もすぐに終わる?」

 

 (だといいけど)

 ラビトの、ほっと眉尻が下がった表情に水を差すのは可哀想だが、僕は唇を湿らせた。


 「ううん。

  あの時とは状況が違う。

  前の戦いは、アーディがちょっかいかけたいくさだったから。

  今回のは他国が仕掛けてきた。

  それも、国境を越えてやって来た敵」

 

 説明すると、ラビトもそうだけど、隣の子もなんだか具合悪そうに深刻そうな雰囲気を醸し出してくる。


 「じゃ、じゃあ……どうなる?」

 「さあ」

 「さあ、って!」


 ラビトは思わず、といった態で声を荒げてしまい、慌てて片手で口を覆った。

隣の子が顔を顰めて注意する。


 「ラビト。君、うるさいんですけど」

 「ご、ごめん」


 しばらく沈黙していると、小刻みに震えているガラス窓が気になる。

 (まるで僕たちみたいだ)

 そっと曇りガラスに映る向こう側を見やれば、僕たちの後方、微笑の聖女様の像周りには幼い子たちも含めた孤児が集まっているのが薄らぼんやりとしてはいるが映り込んでいた。彼らは三者三様に居座り、布団を被ったままでいたり、寝転がったりと、であっても、とにかく引っ付いている。

 生まれたばかりの動物親子のように、彼らの間にはある種の静けさが横たわっている。外の、生き死にがかかっている大人たちの争いとは違って。 





 「静かになった?」

 

 ふと顔を上げれば、緩慢な動作で動く他国の兵らがいた。

丘陵地帯でうろちょろとちょろついている。

 こうしてみると、本当に彼らの動きは妙だった。変、ともいうか。

 あっちこっち動いている。

王都の黒い煙は相変わらずもくもくと天を汚しているが。


 「……戦い終わった?」

 「……」


 昼過ぎである。

 緊張の面持ちで見詰めていた僕たちであったが、互いに見合い、喜ぼうとして両手を上げているラビトを制止して僕は思ったことを口にする。


 「駄目だよ、ラビト」

 「な、なんだよ」

 「チビたちにぬか喜びさせちゃダメ」

 

 僕はずっと、窓枠にかじりついて眺めていた。

だから分かったことがある。隣の子はいない。疲れたといって長椅子に寝そべっている。ある種、外から来たからこその豪胆さともいえよう。


 「……あれ?」


 ラビトも気付いたようだ。


 「うん。やっぱり」

 「え、じゃあやっぱり、あれって」

 「うん」


 僕は肯いてみせた。

するとラビトは酷く疲れたように、へなへなと腰を落として床に座り込んだ。


 「なんだよ、じゃあ、また戦うのかよ」

 「だと思う。

  なんか、ご飯作り始めてるし」

 「嘘だろ……」


 嘘だと言って欲しい、とばかりに少年は頭を抱えてうーん、と唸り始めた。

僕もその気持ちに同意する。いつまでも見張るにしては僕だって足が痛い。

 再び視点を王都近辺に向けてやれば、彼らは王都近辺、出入口付近で固まっていて、見守っていると今度は黒い煙ではない、白い煙。それも嗅いだ覚えのある匂いが教会の隙間に再び入り込んできた。

 ……空かしてばかりの貧弱すぎる僕らのお腹には、胃に毒だ。


 「うげ、美味しそうな匂い」

 「やっぱりお昼ご飯だね」

 「……はあああ」


 ラビトの大いなるため息が教会に響く。

残念ながら変更のなさそうな戦況を彼もまた把握し、そして疲れの籠った息を吐き出したものである。


 「ね、ねぇ、どうなったの」


 三つ編みお下げの子が辛そうに目をしばたたかせながら、いそいそと近づいてきた。

朝も朝、陽が昇る前からずっと幼児を抱えて宥めていたが、外からの喧騒が急になくなったのでどうにかなったのかと状況を聞きに来たんだろう。

 なので、僕は答えてやった。

なるべく不安を抱かせないよう、ささやかな笑みで。


 「僕たちもお腹すいたから、ご飯食べよっか」

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