31<王都襲来①>
人海戦術で王都を囲んでいる他国の軍勢。
一時はあわやと慌てたものの、王都に攻め入る気はないらしくその場で足踏み状態。あちこちから煙が立ち昇るようになり、野宿のご様子である。夜にも目立つ狼煙のような煙には良い匂いが含まれているようで、風向き如何によっては、教会にまでその美味そうな匂いが漂うときがあった。そう、連日。連日連夜。
すっかり見慣れた光景ではあったが、とうとう三つ編みお下げ女子が物申す。何故か僕に。
「邪魔くさいわねぇ」
はじめびくびくとしていた僕たち孤児だけれども、次第に慣れてふてぶてしくなった。といっても出歩ける範囲は教会とその周辺。孤児院と近場の畑だけだ。残念ながら僕たちはただの孤児の集まりである。吹けば飛んでいく風の子。慎重にならざるを得ず、生き延びるためにも少々のことでビクついてはいられないが、かといって彼らがいつ王都の騎士団と乱戦模様になってもおかしくはないこの状況、飛び火は勘弁してほしいし、危険極まりない現在が現状維持なのは変わらない。ならば目立たないようにするより他はなく。
(食料であるイモはまだまだ、たんとあるし)
伸びる芽をぐるりと切り取って置けば腐る心配もない。
年長組以下、幼い孤児たちは構って欲しいと手足にぶら下がってくることもしばしば、だ。
「アリスー、暇~」
「我慢して」
責任者たる司祭様は王都で足止めを喰らっているようだし、敏感に空気を察する子供たちが普段は祈りの時間で近づかないラビトにさえたかっている。気軽に外出できないことを腐しているようだ。
ラビトだってラビトなりに奮戦する。
暇そうな孤児たちに布教を始めた。
「ほら、こう祈るんだよ。正式なやり方だ」
「えー」
「つまんない」
「こら! 聖女様はちゃんと見ていなさる」
信仰の真似事をし、大人しくさせていた。子供たちも珍しく素直に従っている。おかげで静かになって万々歳だが、いざとなったら面倒をみてくれる兄貴分だと改めて認められたラビト、この状況下において僕たち年長孤児たちとの間柄も修正されていった。
(自然、微笑みの聖女様の前に集まるのはご愛嬌、か)
聖女様の御尊顔は相変わらずピカピカで美しい。
(……なんだかんだで、信仰の主だもん)
そういう意味においては、ズルいものだと思う。
肝心なときに役に立たないが、しかし、人の心を耕す。
普段はくるくると忙しく回っている年長女子三人組でさえ、しょっちゅう聖女様のご機嫌伺いにやってくるのだ、やっぱり不安なんだろう。ありありとその顔には浮かんでいる。
本当、……聖女様が生きておられたら、世の人々はそのたおやかな腕に縋ったのは違いない。
実在の人物ではあった訳だし。
(かといって、)僕はもう祈るような願いもないので、腰を下ろすこともせずに次の仕事をしようと手足を動かすばかりだが、信仰したがる気持ちは分からないでもないのだ。
救いを求める者もいるのだろう。この世の中には。
否定はしない。
(しないけど、)わちゃわちゃと楽しげにしている子供たちに振り回される、年長組のひとりとなったラビトは目を回しながらも笑っていた。
ラビトも加えた年長組の話し合いは度々行われ、今日決めたことは一日の食事を三食から二食に変更することだった。粗食に慣れている僕らではあったが、ジャガイモ、というわりかし食べやすい食材を主食にしてしまったがゆえに、二食という減食は育ち盛りにはやはり具合は悪かった。
体調の悪化が懸念されるが、現状を鑑みても我慢するしかない。
「早くあいつら、いなくなればいいのにねぇ」
「ねえ」
のんびり女子とおチビが仲良く見合って頷き合っている。
なだらかな丘陵地帯である教会の窓辺から、こっそりと見渡せる限りでは彼らはあの王都の出入口に住み込みで立ち往生しているようだ。近づくにしては危険極まりないので、こうして安全な建物から、あるいは畑の隅っこから、もしくは調理場の影からこっそりと動向を見守ることしかできないでいるが。
(このままだと、食べるものが……)
問題はそれである。
僕がわざわざ危惧しなくっても、ラビトも同じことを考えていたようでしかめっ面をしている。
(司祭様は帰ってこないし……)
夜半過ぎ、便箋の皺を伸ばすため、ぴんと緊張感を保たせる。
「……」
子供たちは存分に暴れ回れない分、眠るのが少し遅いようだった。
いびきがあちこちで聞こえる時間になってから、やれやれとばかりに僕は横たえていた身を起こし、隠していたインクやペンを手繰り寄せた。
「……」
ぱちぱちと我慢して闇に眼を慣らしていると、浮かび上がる白色。
おチビたちに教えていたときに使用していた木の板を裏に差し込み、忍ばせていたペン先を走らせようと思ったものの、やっぱり僕にはこれ以上のことは描けなかった。
父さん曰く、文字は絵が始まりだと言っていた。
山を見て、それに似た文字を書いたり。人を見て、それに似た文字を、僕たちの御先祖様は真似て書き、次代に教えた。続くは、経験。口述という手もあるにはあるが、それでも文字として伝わる経験値というもののほうが大いに後世に役立った。口述は人間がいなければ残らず、文字はいつまでも残るからだ。物質としての終わりがなければ、岩に彫り込んでも永遠に近い形で残留する。
そう、人間の寿命よりも岩のほうが生き残る。
僕はじっと、過去や現在、未来について考える。
(……たくさんの将来)
可能性。
胸にむくりと起き上がるものは、熱くて、それでいて切ないものだった。
懐に、与えられた便箋を抱えて蹲る。インクも転げたし、ペンも落ちそうになって太ももの上に留まっている。
抱きしめたそれらは冷たい。何も返しはしない。
書こうとは思った。でも、書けなかった。
後の世に、季節の狂い、次いで、王子消失、続いてアーディ王国の王都を攻め立てる勢いというものは、教科書に永久に記述される歴史となる。
王都襲来、が始まった。
(父さんがどうして文字を知っていたのか、
知識を得ていたのか分からないけれども)
東の空が白々と輝こうとする、未だ暗がりが近辺染み渡る時刻に、王都出入り口を占拠していた他国の軍勢が動き出した。
唐突な動きであった。相手を馬鹿にするかのような襲撃。
呼気が冷え冷えとする孤児たちも眠る明け方である、空気が震え、大地が震動する。
呼応するようにして、アーディの騎士団も対抗措置をとる。
敵の動きはしっかりと見張ってはいたものらしい、国境を軽々と通り越した他国の軍勢を今度こそは潜らせてはなるものかと言わんばかりの気迫があった。王族の考えることはさっぱりだが、しかし、騎士団の中には平民からなる者も多くいる。下士官には特に。
(あの、綺麗な花々が……旗が、消えてしまっただろうか)
行き届いた石畳の道、きちんと整えられた川沿いに、がっちりとしたまるで要塞のような壁を持つ王城。王の門は強固であろう、だが、王都の民には開かれているんだろうか。
炎が上がり、人々の叫びが辺りいっぺんに木霊する。
丘陵地帯の一角、王都の端でしかないこの教会では大人のいない孤児たちがひっそりと息を潜め、彼ら死にもの狂いの国土を揺るがす戦いを耳に、肌に感じ取りながらも、この争いが早急に終わることを祈りつつ。
差し込むような朝日を迎えた。
僕は、明るくなって見えるようになった曇りガラスの木枠に齧りつく。
教会の、向こう側を必死に眺めた。
今更ですが、<>の中に副題つけてます。
また見直し作業に入りましたらタイトル数字だけのものにも、適切な副題つけようかな、とは思います。(思うだけ)




