ブレイクタイム
――食堂にて
昼休みの食堂は、訓練を終えた隊員たちで賑わっていた。
「午前の訓練、最後の移動射撃が難しかったな……」
高橋がトレーを置きながら唸る。
「難しかったんじゃなくて、お前は撃つ前に動きすぎなんだよ」
成瀬が眼鏡を押し上げた。
「射撃姿勢を安定させてから撃つべきだ。つまり、戦術的合理性の問題で――」
「はいはい、成瀬先生の講義が始まったぞ」
「先生じゃない!」
その隣で、小川ひよりは昼食を食べ終えたばかりだった。
しかし、彼女の視線はすでにデザートコーナーへ向いている。
「……よし」
「何がよしなんだ?」
高橋が尋ねる。
「デザート、全種類制覇します!」
「お前、まだ食うのかよ!」
「甘いものは別腹です!」
ひよりは意気揚々と立ち上がった。
その様子を見て、俺も小さく笑った。
「午後も訓練だぞ。食べすぎるなよ」
「大丈夫です!」
「その台詞、信用できないな」
「隊長もプリン、どうです?」
「俺はいい」
「美味しいのに」
他愛のない会話が続く中、俺はコーヒーを一口飲んだ。
いつもと変わらない昼食の時間。
けれど、頭の中には先ほどの会話が残っていた。
――あなたを殺すために、Rainbowに入りました。
カップを持つ指に、わずかに力がこもる。
その変化を、九条レイナ――VENOMだけが見逃さなかった。
彼女は何も言わず、俺の横顔を見つめている。
みんなの前で聞くことではない。
そう判断したのか、レイナはいつもどおりの笑みを浮かべた。
「隊長、コーヒー飲みすぎ。午後の訓練で胃を壊すわよ」
「これくらい平気だ」
「その台詞、何回目?」
「……覚えてない」
「でしょうね」
やがて俺はカップを置き、席を立った。
「悪い。午後の訓練の準備がある。先に戻る」
「えー、隊長もう行くんですか?」
ひよりがプリンを片手に振り返る。
「午後も遅れるなよ」
「善処します!」
「絶対してないだろ、それ」
高橋の突っ込みに、食堂に笑い声が広がった。
俺はそんな楽しそうな声を後ろに食堂を出た。
その背中を見送ってから、レイナも静かに席を立った。
――食堂の外
廊下を歩いていると、背後から足音が近づいてきた。
「玲!」
「……何だ、レイナ」
「ちょっといい?」
俺は足を止めた。
レイナは腕を組み、いつもの余裕ある表情で俺を見上げている。
「さっきから、様子がおかしいわよ」
「そうか?」
「ええ。みんなと話しているときも、コーヒーを飲んでいるときもね」
「気のせいだ」
「私にそれが通用すると思う?」
俺は答えなかった。
レイナの表情から、冗談めいた笑みが消える。
「……何があったの?」
短い沈黙が落ちた。
俺は視線を落とし、壁に軽く背を預けた。
「新人のことだ」
「澪ちゃん?」
「ああ」
「何か言われたのね」
俺は小さく息を吐いた。
「……俺を殺すために入隊したそうだ」
レイナは驚かなかった。
ただ、静かに目を細める。
「そう」
「止めるつもりもない。あいつには、あいつの理由がある」
「あなたは?」
「……俺は隊長だ。あいつを一人の隊員として扱う。それだけだ」
レイナはしばらく俺を見つめた。
「本当に、それだけ?」
俺は答えなかった。
レイナは追及せず、そっとため息をつく。
「……分かった。今はそれでいいわ」
そして、俺の肩を軽く叩いた。
「でも、無理して平気なふりをするのはやめなさい。あなたが倒れたら、誰があの子たちを見るの?」
「……分かってる」
「その返事、信用できないのよね」
「ひどいな」
「長い付き合いですから」
レイナは少しだけ笑った。
「午後の訓練、遅れないでよ」
俺も、ほんのわずかに笑みを返した。
「……ああ」
俺は再び歩き出した。
背中に、レイナの視線を感じる。
「……今度こそ、一人で抱え込まないでよ」
小さな呟きが、廊下に残った。
俺は振り返らなかった。
いつもどおりの足取りで、午後の訓練へ向かう。
けれど、胸の奥には、澪の言葉が重く残っていた。




