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第二章 最初の訓練

――Static Shooting Drill


 ブリーフィングルームを出てから、俺たちは射撃訓練施設へ向かっていた。

 新人四人の後ろを歩きながら、俺はタブレットに表示された訓練計画を確認する。

 最初に行うのは、静止状態での射撃能力を確認する基礎訓練。

 いきなり難しいことをさせる必要はない。

 まずは、彼らが何を得意とし、何を苦手としているのか。それを把握する。

 射撃の腕だけではない。

 緊張した時の癖。

 失敗した時の反応。

 ほかの隊員の動きを見て、何を学ぼうとするのか。

 そういう部分も、俺は見ている。

 「隊長」

 隣を歩いていたHOUNDが、待ちきれない様子で声をかけてきた。

 「今日は射撃訓練ですよね?」

 「そうだ」

 「ハンドガンも使いますか?」

 「使う予定だ」

 「マジですか……!」

 「高橋」

 「はい!」

 「まだ始まってないぞ」

 「す、すみません!」

 後ろからSCRIBEのため息が聞こえた。

 「君は本当に銃が好きだな……」

 「当たり前だろ! 実物の装備を使って訓練できるんだぞ!」

 「その熱意を、もう少し座学にも向けてほしいものだね」

 「お前、絶対そういうところだぞ」

 「二人とも、廊下で騒ぐな」

 「「すみません」」

 返事だけは妙に揃っていた。

 ……まあ、悪くない。

 緊張しすぎているよりは、これくらいの方がいい。

 ただし、訓練が始まれば話は別だ。


     *


 射撃訓練施設の扉を開けると、すでに三人の隊員が待っていた。

 一人は、壁際の端末で訓練記録を確認している男。

 

 橘蓮。コードネーム、SPECTER。

 

 情報収集、電子戦、偵察支援を担当する、俺の古い同期だ。

 俺に気づくと、端末から顔を上げた。

 「遅かったな、GALE」

 「予定時刻の二分前だ」

 「お前の基準ではそうなんだろうな」

 「何か問題でも?」

 「いや。新人教育が嫌で、途中で逃げ出したんじゃないかと思ってな」

 「……お前、後で覚えてろよ」

 「はいはい」

 SPECTERは涼しい顔で笑った。

 その隣では、パイロット用のフライトジャケットを羽織った男が、訓練場の天井を見上げていた。


 神谷隼人。コードネーム、VORTEX。


 ヘリや航空機による輸送・支援を担当する、これも俺の同期だ。

 「おー、来た来た! 噂の新人たち!」

 「誰の噂だよ」

 「お前が新人教育を嫌がってるって噂」

 「噂じゃなくて事実だろ」

 「自分で認めるなよ!」

 VORTEXは大げさに笑い、俺の肩を叩こうとした。

 俺は一歩だけ横にずれて避けた。

 「……相変わらずだな、お前」

 「お互いさまだろ」

 そして、訓練用の医療キットを整理していた女性が顔を上げる。


 九条レイナ。コードネーム、VENOM。


 Rainbow日本支部の医療担当だ。

 「おはよう、GALE。ちゃんと寝た?」

 「寝たよ」

 「何時間?」

 「……必要な分」

 「質問に答えてないわね」

 「今日は新人の前だぞ」

 「だから聞いてるのよ」

 レイナは呆れたように笑った。

 俺は返事をせず、彼女の前を通り過ぎる。

 ……本当に、この人には余計なことまで見抜かれる。

 昔からそうだ。

 俺が平気な顔をしていても、寝不足も、無理も、隠しきれない。

 今はその話をするつもりはなかった。

 「紹介する。こちらはSPECTER、VORTEX、VENOM。俺の同期で、ECHOの訓練や作戦を支援してもらうこともある」

 新人たちが姿勢を正す。

 「橘蓮、SPECTERだ。情報分析と偵察支援を担当している。よろしく」

 「神谷隼人、VORTEX! 航空支援担当だ。まあ、普段は空にいることが多いけどな。よろしく!」

 「九条レイナ、VENOM。医療担当よ。無理をしたら、私のところに来ることになるから覚えておいてね」

 その言葉に、DAISYYが小さく頷いた。

 「小川ひよりです。DAISYです! よろしくお願いします!」

 「うん、よろしく」

 レイナは柔らかく笑った。

 続いてHOUND、SCRIBEも自己紹介を済ませる。

 最後にLUNAが短く名乗った。

 レイナの視線が、ほんの一瞬だけ澪に留まった。

 彼女も気づいたようだったが、何も言わなかった。

 俺は、そのやり取りを見なかったことにした。

 「じゃあ、始めるぞ」

 俺は訓練場の中央へ進んだ。

 「最初はStatic Shooting Drill。静止状態での射撃能力を確認する」

 モニターに訓練項目が表示される。

 「今日見るのは、単純な命中率だけじゃない。合図への反応、操作の確実性、撃った後の状況確認。全体を見て評価する」

 俺は新人たちを見渡した。

 「速さだけを競う必要はない。正確さだけを追い求める必要もない。必要なのは、状況に応じた判断だ」

 SCRIBEが小さく頷いた。

 HOUNDは、すでに射撃レーンへ目を向けている。

 ……楽しそうだな。

 「まずは俺がお手本を見せる。その後、一人ずつ確認する」

 俺は指定された射撃レーンへ向かった。


     *


 装備を確認し、指定位置に立つ。

 腰のホルスターには、俺が普段から使用しているハンドガンが収まっていた。


 その瞬間。


「……隊長」

 背後から、HOUNDの声がした。

 「何だ?」

 「それ、ガバメントシリーズですよね?」

 「そうだが…」

 HOUNDの目が輝いた。

 「ガバメントシリーズの近代化モデルですよね! 装弾数は標準だと七発ですけど、ロングマガジンを使って十発にしてる。アンダーレールにはフラッシュライトも装着してるんですね!」


 ……始まった。


 俺は肩越しにHOUNDを見た。

 「代わりに説明ありがとう」

 「いえ! どういたしまして!」

 「別に褒めたつもりはない…」

 「……すみません」

 VORTEXが後ろで笑いをこらえていた。

 「GALE、お前、武器の紹介まで新人に取られてるぞ」

 「神谷。暇ならお前も訓練に参加するか?」

 「いや、俺は航空支援担当だから!」

 「そうか。残念だな」

 「目が全然残念そうじゃないんだけど!」

 俺は小さく息を吐き、射撃レーンに向き直った。

 「……気を取り直して」

 安全確認を終え、開始位置で待機する。

 

 ブザーが鳴った。

 

 俺はホルスターからハンドガンを抜き、正面の標的へ二発。

 乾いた銃声が訓練場に響いた。

 標的の中央付近に、二つの着弾が確認された。

 射撃を終え、銃口を安全な方向へ向けたまま、手順に従って状態を確認する。

「こんな感じで」

 俺は新人たちを振り返った。

 「今の動きをそのまま真似する必要はない。まずは自分の癖を把握しろ。正確に、確実に。それから改善する」

 HOUNDは、目を輝かせたまま頷いていた。

 「すごい……」

 「高橋。感想は後でいい」

 「はい!」

 俺は彼の表情を見て、少しだけ口元を緩めた。

 熱意があるのはいい。

 だが、憧れだけで現場に立たせるわけにはいかない。

 「じゃあ、HOUNDから」


     *


 HOUNDは射撃レーンに立った。

 さっきまでの興奮した様子とは打って変わり、表情が引き締まる。

 ブザーが鳴る。

 無駄な動きは少なく、落ち着いて射撃を終えた。

 結果も悪くない。俺は記録を確認して頷いた。

 「基礎はできているな」

 「ありがとうございます!」

 「ただし、実戦で大切なのは、射撃の上手さだけじゃない。自分が何を見落としているのか、常に考えろ」

 「了解しました!」

 元自衛隊員という経歴は伊達ではない。

 基本動作が身についている。

 ただ、少し自信が先に立つところがある。

 能力がある人間ほど、自分の得意分野に頼りすぎることがある。

 そこは、これから見ていかなければならない。


「次、SCRIBE」


     *


 SCRIBEは慎重だった。

 標的を見つめ、正確に狙おうとしている。

 その姿勢自体は悪くない。

 しかし、合図が鳴ってから射撃を終えるまでに時間がかかった。

 結果は正確だった。

 だが、俺は記録を見て首を横に振った。

 「SCRIBE。命中精度はいい」

 「ありがとうございます」

 「だが、時間がかかりすぎている」

 SCRIBEの表情が曇る。

 「正確性を優先しました」

 「それは分かっている。だが、現場ではお前が狙いを定めるまで、相手が待ってくれるとは限らない」

 俺はモニターに記録を表示した。

 「相手がこちらに銃口を向けている状況なら、その時間が命取りになることもある」

 「……はい」

 「焦って撃てと言っているわけじゃない。正確さを保ちながら、判断に必要な時間を短くする。その両方を考えろ」

 SCRIBEはしばらく記録を見つめていた。

 「……分かりました。改善します」

 「期待している」

 席へ戻る彼の背中を見送りながら、俺は考えた。

 彼は頭がいい。

 情報を整理し、間違いを減らすことに長けている。

 だからこそ、失敗を恐れて慎重になりすぎるのかもしれない。

 戦場では、完璧な答えが見つかるまで待てない時がある。

 そのことを、少しずつ理解してもらおう。


「次、DAISY」


     *


 DAISYは緊張した面持ちで射撃レーンへ進んだ。

 「大丈夫か?」

 「は、はい!」

 声は元気だったが、表情には不安が残っていた。

 ブザーが鳴る。

 彼女は射撃を終えた。

 命中はしている。

 しかし、動作の途中で何度か周囲の様子を気にするような仕草があった。

 自分の順番を終えた彼女は、こちらを振り返る。

 「……すみません」

 「何が?」

 「皆さんより遅かったので……」

 「今は順位を競っているわけじゃない」

 俺は記録を確認しながら答えた。

 「DAISY。お前は、周りの反応を気にしすぎている」

 彼女は目を伏せた。

 「……やっぱり、そうですか」

 「ほかの隊員がどうだったかは、今は関係ない。自分が何をできて、何ができなかったのか。それを見ろ」

 「はい……」

 「仲間を気にかけること自体は悪くない。だが、相手の顔色をうかがって、自分の判断を止める必要はない」

 DAISYは唇を結び、ゆっくり頷いた。

 「分かりました」

 「よし。次は、自分の結果を自分で評価してみろ」

 「……はい!」

 彼女は少しだけ顔を上げた。

 優しい人間なのだろう。

 周囲の空気を読み、誰かを不快にさせないように気を配る。

 それは、チームの中では大切な長所にもなる。

 だが、任務中に全員の顔色を気にしていては、必要な判断が遅れる。

 誰かに嫌われることを恐れず、必要なことを言えるようにならなければならない。

 それは彼女だけではなく、俺自身にも言えることだった。


「次、LUNA」


     *


 白石澪が射撃レーンへ進んだ。

 彼女の表情には、緊張も気負いもほとんど見えない。

 ただ静かに、合図を待っている。

 ……落ち着いているな。

 ブザーが鳴る。

 澪の動きは速く、射撃も正確だった。

 必要以上の動作がない。

 標的の結果を確認すると、二つの着弾は中央付近にまとまっていた。

 俺は記録を見直した。

 反応速度、命中精度ともに問題ない。

 新人として考えれば、かなり高い水準だ。

 「……凄いな」

 思わず、そう口にしていた。

 澪がこちらを見る。

 「ありがとうございます」

 淡々とした返事。

 その声を聞くと、また胸の奥がざわついた。

 美奈も、褒められた時にはこんなふうに、少し照れたように笑っていた。

 だが、目の前の彼女は笑わなかった。

 俺の評価を、ただ事実として受け取っただけだった。

 「反応速度も正確性も問題ない。今のところ、基礎は十分だ」

 「……はい」

 「ただし、今日の結果だけで自分の能力を過信するな。状況が変われば、求められる判断も変わる」

 「分かっています」

 その返答に、わずかな棘を感じた。

 ……まあ、いい。

 俺をどう思っていようと、今は訓練に集中してくれればいい。

 澪が射撃レーンを離れる。

 彼女の背中を見送りながら、俺は一つのことを考えていた。

 この技量は、短期間で身につけたものではない。

 誰かに教わり、何度も訓練を重ねてきた動きだ。

 そして、彼女は先ほど「姉に」とは言わなかった。

 自己紹介では、ただ「自分の能力を必要とされる場所で使いたかった」と話しただけだった。


 ……白石澪。

 お前は、何のためにここへ来たんだ?

 俺はその疑問を胸の奥にしまい、全員を集めた。


     *


 四人の訓練結果が、モニターに並んだ。

 HOUNDは基礎動作が安定している。

 SCRIBEは正確だが、判断に時間がかかる。

 DAISYは周囲を気にしすぎて、自分の動きを見失うことがある。

 LUNAは反応速度と正確性の両方で、優れた結果を出した。

 俺は全員を見渡した。

 「まず、全員よくやった」

 HOUNDが少しだけ誇らしげな顔をする。

 「ただし、今日の結果は今後の課題を見つけるためのものだ。誰が一番だったかを決めるためじゃない」

 SCRIBEが頷いた。

 「HOUND。基礎はできている。だが、自分の得意分野に満足するな。毎回、確認するべきことを確認しろ」

 「了解です!」

 「SCRIBE。正確さは武器だ。だが、正確さを求めるあまり、判断が遅れれば意味がない。必要な情報を見極めて、決断する力を身につけろ」

 「はい」

 「DAISY。周りを気にかけることは悪くない。だが、自分の判断まで周囲に委ねるな。自分の結果を自分で見て、必要なことを言えるようになれ」

 「分かりました!」

 最後に、LUNAを見た。

 「LUNA。今日の結果は優秀だ。反応も精度も問題ない。ただし、今の技量を維持するだけで満足するな。状況が変われば、判断も変わる。そこを忘れないように」

 「……了解しました」

 俺は全員を見渡し、最後に付け加えた。

 「それから、もう一つ。射撃の技量は大切だが、それだけで任務を成功させられるわけじゃない。俺たちが相手にするのは、標的紙じゃない。予測どおりに動かない人間であり、状況だ」

 誰も口を挟まなかった。

 「自分の得意なことだけで戦おうとするな。仲間の得意分野を知れ。苦手なことも知れ。互いに補えるチームになれ」

 俺は、四人の顔を順番に見た。

 「一人で何でもできる人間はいない。だからチームで戦うんだ」

 ……少なくとも、俺はそう信じたい。

 あの日、仲間たちと一緒に戦っていた時のように。

 いや。

 あの日の俺は、仲間を頼ることができていたのだろうか。

 もっと早く相談していれば。

 もっと違う判断をしていれば。

 そんな考えが頭をよぎり、俺はすぐに切り替えた。

 今は、目の前の新人たちを見るべきだ。

「今日はここまでじゃない。基礎を確認しただけだ。次は、的の数を増やして動きを見る」

 VORTEXが、後ろから声をかけた。

 「おー、GALE。初日から厳しいねえ」

 「何か問題でも?」

 「いや。新人たちが可哀想だなと思って」

 SPECTERが端末から目を離さずに言った。

 「お前がそれを言うのか。昔、訓練で一番厳しかったのはお前だろ」

 「……余計なことを言うな」

 VENOMが笑った。

 「ふふ。いいじゃない。みんな、これから少しずつ慣れていくわよ」

 HOUNDはやる気に満ちた顔で、SCRIBEは次の課題を考えるように、DAISYは緊張しながらも前を向いていた。

 そしてLUNAは、俺を静かに見つめていた。

 彼女の目に、何が映っているのか。

 俺には、まだ分からない。

 ただ、彼女が誰よりも高い技量を持っていること。

 そして、俺に対して何かを隠していること。

 その二つだけは、確かなように思えた。

 俺はタブレットを閉じた。

 「よし。休憩を挟んで、次の訓練に移るぞ」

 四人が返事をする。

 ECHOチームの最初の訓練は、こうして始まった。


Static Shooting Drillを終えた四人は、次の訓練へ。

 HOUNDはまだ興奮が冷めていないのか、先ほどの訓練についてSPECTERに話している。

 SCRIBEはタブレットに何かを記録し、DAISYは二人の話を聞きながら訓練用の装備を確認していた。

 そしてLUNAだけは、黙ってGALEの背中を見ていた。


――次は、何を見せてくる?


彼女にとって、この訓練は単なる技術確認ではない。

 GALEという男が、どんな隊長なのか。

 その判断を見極めるための時間でもあった。

 「全員、準備はいいか」

 GALEが振り返る。

 四人が返事をする。

「「「「はい!」」」」

「よし。次はPistol Transition Drillだ」

 HOUNDの目が輝いた。

 「来ましたね……!」

 「何が来たんだよ」

 VORTEXが横から突っ込む。

 「ピストルを使う訓練ですよ! 特殊部隊の訓練って感じがするじゃないですか!」

 「お前、さっきからずっとそんな感じだな」

 「だって本物ですよ、本物!」

 「訓練だからな。そこは忘れるなよ」

 GALEの一言で、HOUNDは姿勢を正した。

 「はい!」

 その様子を見て、GALEは小さく息を吐く。

 ……元気なのはいい。

 ただ、訓練を映画のワンシーンと勘違いされても困る。

 「今回使うのは、支給されたグロックのみだ」

 GALEは四人を順番に見た。

 「お前たちはまだ自分のピストルを所持していない。だから、全員が同じ支給品を使う」

 GALEは腰のホルスターから、自分のピストルを抜いた。

 その銃身とフレームを見た瞬間、LUNAの視線がわずかに止まる。

 GALEが手にしているのは、ガバメントシリーズのピストルだった。

 一方、HOUNDたちの前に置かれているのは、支給品のグロック。

 「隊長のは、グロックじゃないんですね」

 DAISYが気づいて尋ねた。

 「ああ。俺のはガバメントシリーズだ」

 GALEは自分のピストルを確認し、安全な状態に戻してからホルスターへ収めた。

 「ただし、今日の訓練では、お前たちと同じ支給品のグロックを使う」

 HOUNDが目を丸くする。

 「隊長もグロックを使うんですか?」

 「条件を揃えるためだ。銃が違えば、操作感も重さも変わる。俺だけ自分の銃を使えば、比較にならない」

 「なるほど……」

 SCRIBEが頷きながら記録する。

 「隊長の個人装備はガバメントシリーズ。しかし、訓練では全員が支給グロックを使用する、と」

 「そういうことだ」

 GALEは四人を見た。

 「四つの異なる位置にある標的を使う。まず二つの標的に、それぞれ二発ずつ撃つ。その後、リロードを行い、残り二つの標的にも二発ずつ撃つ」

 SCRIBEがすぐに記録を始める。

 「合計で八発。二つの標的を撃った後にリロードし、残りの二つへ移る、という流れですね」

 「そうだ」

 GALEは頷いた。

 「確認するのは速さだけじゃない。標的の切り替え、射撃の正確さ、リロード後の再確認。そして、動作の途中で焦らず、次に何をすべきか判断できるかだ」

 「単純に撃ち続ければいい、という話ではない。四つの標的はそれぞれ異なる位置にある。視線と銃口を正しく移し、撃つ順番を崩さず、必要なタイミングでリロードする」

 DAISYが標的の配置を確認する。

 「撃つ順番も決まっているんですか?」

 「今回は左から右。手前から奥へ移る。全員、同じ条件で行う」

 「了解しました」

 GALEは支給されたグロックを手に取った。

 安全管理を担当するスタッフが状態を確認し、訓練開始の準備が整う。

 「まずは俺がやる。最初は説明しながら、ゆっくり見せる」

 GALEは所定の位置についた。

 四つの標的が、異なる位置に設置されている。

 「よく見ておけ」

 GALEはグロックを構えた。

 「最初に確認するのは、標的の位置と撃つ順番だ。四つあるからといって、視線を適当に動かすな」

 彼は標的を順番に確認する。

 「最初の二つに二発ずつ。合計四発撃ったら、リロードする。その後、残りの二つに二発ずつ撃つ」

 HOUNDは真剣に頷いた。

 「リロードのタイミングを間違えないことが重要ですね」

 「そうだ。早すぎても遅すぎても、動作の流れが崩れる」

 GALEは一度グロックを下ろし、四人を振り返った。

 「それと、標的を移るときに銃だけを振り回すな。まず視線で次の標的を確認し、それから銃口を移す。撃つ前に、標的を確実に捉えているか確認する」

 SCRIBEはその言葉を記録する。

 「視線、銃口、射撃の順番を一定にするわけですね」

 「そういうことだ」

 GALEは再び標的へ向き直った。

 「では、ゆっくりやる」

 合図が出る。

 GALEは最初の標的へ二発、続いて二つ目の標的へ二発撃った。

 射撃を終えると、落ち着いてリロードを行う。

 その間も、視線は残りの標的の位置を確認していた。

 リロードを終え、三つ目の標的へ二発。

 そして最後の標的へ二発。

 一つ一つの動作を急がず、必要な確認を省略せずに実演した。

 動きそのものは簡潔だった。

 無駄がない。

 しかし、必要な動作を飛ばしているわけでもない。

 「ここで焦るな。標的を撃ち終えた直後に、すぐリロードへ移るのではなく、まず四発撃ったことを確認する。次に何をするかを理解してから動け」

 GALEは訓練を止め、グロックを安全な状態に戻した。

 「もう一つ」

 GALEは四人を見た。

 「リロードは、ただ弾を入れ替える動作じゃない。リロード後に、次の標的へ正しく移れる状態になっているかを確認する必要がある」

 「……なるほど」

 SCRIBEが呟く。

 「リロードそのものに意識を奪われると、次の標的の位置や順番を見失う」

 「その通り」

 GALEは頷いた。

 「じゃあ、次だ」

 俺は再び所定の位置につく。

 「今度は説明しない。実際の訓練を見せる」

 VORTEXが腕を組む。

 「お、来たな」

 SPECTERは黙って観察する。

 VENOMも、GALEの表情を見ていた。

 彼が訓練を始める直前、ほんの一瞬だけ目つきが変わったことに気づいたからだ。

 普段のGALEは、どこか気だるげで、冗談も言う。

 だが、訓練が始まれば違う。

 余計な感情を挟まない。

 必要なことを、必要な順番で行う。


「Shooters,ready? Stand by…」

 ブザーが鳴った。

 GALEが動く。

 最初の標的へ二発。

 次の標的へ二発。

 リロード。

 三つ目の標的へ二発。

 最後の標的へ二発。

 一連の動作は、先ほどの説明付きの実演よりも速かった。

 それでも、雑ではない。

 標的の切り替えに迷いがなく、リロード後も射撃の順番を崩さない。

 決められた課題を終えたGALEは、グロックを安全な状態に戻し、スタッフの確認を待った。

 GALEは振り返った。

 「以上」

 HOUNDが思わず声を上げた。

 「速っ……!」

 「感想は後だ」

 「はい!」

 GALEは四人を見渡した。

 「今の動きを、そのまま真似しようとするな。俺の速さを目標にする必要もない」

 彼は少しだけ声を落とした。

 「まずは、四つの標的を正しい順番で捉え、二発ずつ撃ち、四発撃った後に確実にリロードする。最後の二つまで、動作を崩さず終えることだ。速さは、その後についてくる」

 その言葉を聞き、LUNAはわずかに目を細めた。


……口だけではない。

 少なくとも、訓練に関しては。

 彼の言葉と行動に、大きな矛盾はなかった。

 だからこそ、彼女は余計に分からなくなる

 姉が信じていた男。

 姉を守れなかった男。

 そして、自分が殺すと決めた男。

 目の前にいるこの男は、本当に同じ人間なのだろうか。


「じゃあ、実際にやってもらう」

 GALEの声で、LUNAは意識を戻した。

 「順番はHOUND、SCRIBE、DAISY、LUNA。全員、同じ支給グロックで行う」

 「了解!」


 HOUNDが一歩前へ出た。

1.HOUND――経験があるからこそ

「高橋、準備はいいか」

「はい!」

 HOUNDは訓練位置についた。

 表情には緊張よりも期待が強く出ている。

 元自衛隊員。

 基本的な武器の取り扱いも、訓練の厳しさも知っている。

 今回の課題に対しても、ある程度の自信があるのだろう。

 GALEはその様子を見ながら、あえて何も言わなかった。

 「Shooters,ready? Stand by…」

 ブザーが鳴る。

 HOUNDは落ち着いて最初の標的へ二発、続いて二つ目の標的へ二発撃った。

 その後のリロードも、手順どおりに行う。

 残り二つの標的へ移る際、わずかに視線が遅れたが、すぐに修正して射撃を続けた。

訓練が終了する。

HOUNDは安全確認を済ませ、GALEを見る。

 「どうでした?」

 「基礎はできている」

 「ありがとうございます!」

 「まだ褒め終わってない」

 「……はい」

 「経験がある分、動作に迷いが少ない。それは強みだ。ただし、標的を撃つことに集中しすぎて、次の標的への移行が少し遅れた」

 HOUNDの表情が引き締まる。

 「はい」

 「それと、リロード後にすぐ撃とうとするな。残りの標的の位置をもう一度確認してから移れ」

 「了解しました」

 GALEは淡々と続けた。

 「前にやったことがあるから大丈夫。そう思った瞬間に、確認を省くな」

 HOUNDは一度頷いた。

 「気をつけます」

 「今回は基礎の確認だからいい。だが、実際の任務では、自分だけで完結する場面ばかりじゃない。周りが何をしているかも意識しろ」

 「了解しました」

 HOUNDは訓練位置を離れた。

 その背中を見送りながら、GALEは内心で評価する。

 ……土台はある。

 問題は、その土台をどこまでチームの中で生かせるかだ。


2.SCRIBE――正確さの先にあるもの

 「成瀬」

 「はい」

 SCRIBEはタブレットを置き、訓練位置についた。

 表情は真剣そのものだった。

 むしろ、真剣すぎると言ってもいい。

 彼は四つの標的の位置と射撃順を確認し、呼吸を整え、開始の合図を待つ。

 「Shooters,ready? Stand by…」

 ブザーが鳴る。

 SCRIBEは慎重に課題を進めた。

 最初の標的へ二発。

 次の標的へ二発。

 そして、リロード。

 一つ一つの動作を確認し、ミスを防ごうとする。

 その姿勢自体は悪くない。

 しかし、確認に意識を向けすぎたせいで、標的を移るたびに動作が止まりがちになっていた。

 リロード後も、残り二つの標的を確認する時間が長く、全体の流れが途切れている。

 彼は正確にやろうとしている。

 だが、正確さを求めるあまり、次の標的へ移るまでに時間がかかっていた。

 やがて課題が終了する。

 SCRIBEは安全確認を済ませ、少し不満そうな顔でGALEを見た。

 「……射撃そのものに、大きな問題はなかったと思いますが」

 「射撃だけを見るならな」

 GALEはすぐに答えた。

 「でも、標的の切り替えとリロード後の流れが遅かった」

 SCRIBEの眉が動く。

 「確認を省略すれば、標的を外す可能性があります」

 「その通りだ。だから確認は必要だ」

 GALEは否定しなかった。

 「ただし、確認すること自体が目的になったら意味がない」

 「……」

 「お前は間違えないことに集中しすぎて、次の標的へ移る判断を遅らせていた」

 SCRIBEは黙った。

 GALEは続ける。

 「現実の脅威がある状況なら、その遅れが自分や味方を危険にさらすこともある。正確さを捨てろと言っているわけじゃない。正確さと判断の速さを、両立させる必要があるんだ」

 「……つまり、標的の確認と移行の優先順位を整理しろ、と」

 「そうだ。全部を同じ重さで考えるな」

 SCRIBEはしばらく考え込んだ。

 やがて、静かに頷く。

 「分かりました。次は、標的を移る流れとリロード後の再確認を意識します」

 「期待してる」

 GALEがそう言うと、SCRIBEは少し驚いたように顔を上げた。

 「……期待、ですか?」

 「何だ。期待されるのは嫌か?」

 「いえ。そういうわけでは……」

 「なら、次で見せてくれ」

 SCRIBEは眼鏡を押し上げた。

 「……了解しました」

 その様子を見ていたVORTEXが、SPECTERに小声で言う。

 「SCRIBE、今ちょっと嬉しそうじゃなかったか?」

 「本人に聞いてみたらどうだ」

 「いや、絶対面倒くさい分析が始まるだろ」

 「聞こえてますよ、二人とも」

 SCRIBEの声が飛んできた。

 VORTEXは笑い、GALEは小さく肩をすくめた。

 訓練中でも、こういうやり取りができる。

 それがECHOの空気だった。


3.DAISY――人の顔色ではなく、自分の判断を


「小川」

「は、はい!」

 DAISYは少し緊張した様子で前へ出た。

 先ほどのSCRIBEの訓練を見て、自分も何か失敗するのではないかと気にしているらしい。

 訓練位置についた後も、彼女は周囲の様子をちらちらと確認していた。

 HOUNDの表情。

 SCRIBEの反応。

 GALEが何を考えているのか。

 誰かが自分を見ていることに気づくたび、動きがわずかに硬くなる。

 GALEはそれを見逃さなかった。

 「小川」

 「はい!」

 「今、誰を見てる?」

 「えっ……?」

 「俺か。高橋か。成瀬か」

 DAISYは困ったように目を泳がせた。

 「……すみません」

 「謝らなくていい。質問に答えてくれ」

 彼女は少し考えてから、小さな声で答えた。

 「……皆さんが、どう思っているのか気になって」

 GALEは数秒、彼女を見た。

 「そうか」

 それ以上は追及しなかった。

 「じゃあ、始めよう」

 ブザーが鳴る。

 DAISYは課題に取り組んだ。

 最初の標的へ二発。

 次の標的へ二発。

 基本的な射撃は、練習したとおりにできている。

 しかし、周囲の反応を気にする癖が、標的を移るたびに出ていた。

 自分の判断に自信を持てず、正しいかどうかを誰かの表情から確かめようとしてしまう。

 そのため、射撃の流れがぎこちなくなっていた。

 リロード後も、残りの標的へ移る前に一瞬だけ周囲へ視線を向けてしまう。

 課題が終了すると、DAISYは申し訳なさそうに頭を下げた。

 「すみません……」

 「だから、謝らなくていい」

 GALEは静かに言った。

 DAISYが顔を上げる。

 「小川。お前、周りをよく見てるな」

 「……え?」

 「誰かが困っていないか。何か変わったことがないか。そういうことに気づけるのは、強みだ」

 DAISYは戸惑ったように瞬きをした。

 「でも、今回はその意識が自分の判断を邪魔していた」

 GALEは彼女の目を見た。

 「周りを見ることと、周りの顔色をうかがうことは違う」

 「……」

 「自分が次にどの標的を撃つべきか、まず自分で判断しろ。分からないなら、確認すればいい。間違いを恐れて、誰かが正解を教えてくれるのを待つ必要はない」

 DAISYは唇を結んだ。

 「……私、迷惑をかけたくなくて」

 「分かる」

 GALEの返事は早かった。

 「でも、何も言わずに一人で迷うほうが、結果的にチームを困らせることもある」

 DAISYの表情が少し変わる。

 「お前はサポート担当だ。誰かを支える役割だからといって、自分の判断を他人に預けていいわけじゃない」

 「……はい」

 「失敗したら、何が問題だったのか一緒に考える。それもチームの仕事だ」

 DAISYは目を伏せた。

 そして、ゆっくり顔を上げる。

 「……次は、自分で考えてやってみます」

 GALEは頷いた。

 「それでいい」

 DAISYが戻ってくると、HOUNDが小さく親指を立てた。

 「大丈夫だ。俺だってまだ課題あるし」

 SCRIBEも続ける。

 「そもそも、全員に改善点がある。僕だけではない」

 「そこ、強調する必要あるか?」

 VORTEXが笑う。

 DAISYも、ようやく少しだけ笑った。

 GALEはその様子を見ながら、胸の内で考える。

 ……そうだ。

 最初から完璧である必要はない。

 自分の弱点を知り、次にどうするかを考えられるなら、それでいい。

 問題は、弱点を隠すことだ。


4.LUNA――できるからこそ、見えないもの


「白石」

「はい」

 最後に前へ出たのはLUNAだった。

 表情は変わらない。

 緊張している様子も、必要以上に気負っている様子もなかった。

 ただ、GALEをまっすぐ見ている。

 その目には、訓練への集中とは別の何かがある。

 GALEはそれを理解していた。

 彼女は自分を見極めようとしている。

 隊長として信頼できるのか。

 自分の姉を死なせた男として、どんな人間なのか。


そして――自分が殺すべき相手なのか。


「準備はいいか」

「はい」

「Shooters,ready? Stand by…」

ブザーが鳴った。

 LUNAの動きは、ここまでの三人とは違った。

 無駄な迷いがない。

 四つの標的を順番に捉え、最初の二つへ二発ずつ撃つ。

 リロードも滑らかだった。

 その後、残り二つの標的へ二発ずつ撃ち、最後まで動作を崩さない。

 反応は速い。

 それでいて、焦りも見えない。

 先ほどのStatic Shooting Drillでも感じたことだが、彼女は基礎訓練を始めたばかりの新人とは思えないほど、落ち着いていた。

 課題が終了する。

 LUNAは安全確認を済ませ、GALEを見た。

「……以上です」

「ああ」

 GALEは評価を整理するように、少しだけ間を置いた。

「標的の切り替えに問題はない。射撃の正確さも十分だ。リロード後の移行も安定していた」

「ありがとうございます」

 返事は礼儀正しい。

 しかし、表情は変わらない。

 GALEは続けた。

「一つ聞いていいか」

「何でしょうか」

「今の課題、どこを意識していた?」

 LUNAはすぐには答えなかった。

 ほんのわずかな沈黙。

「……標的の順番を崩さないことです」

「それだけか?」

「はい」

嘘ではない。

だが、全部でもない。

GALEにはそう感じられた。

彼女は技術を身につけているだけではない。

何かを強く意識している。

その何かが、彼にはまだ分からなかった。

「分かった」

GALEは、それ以上追及しなかった。

「技術面では、今のところ大きな問題はない。ただし、今日の結果だけで判断するつもりもない」

「……どういう意味ですか?」

「一度うまくできたからといって、いつでも同じようにできるとは限らない。標的の位置が変わったとき、疲れているとき、仲間の状況が違うとき。そういう場面でも、自分の判断を維持できるかを見ていく」

LUNAは静かに頷いた。

「了解しました」

「それと」

GALEは彼女を見た。

「技術があることと、誰かを守れることは同じじゃない」

LUNAの瞳が、わずかに揺れた。

「……分かっています」

その声は、先ほどまでより少しだけ低かった。

GALEは気づいた。

だが、何も言わなかった。

彼女が何を抱えているのか。

なぜ自分を見る目に、あれほどの敵意があるのか。

今はまだ、聞くべきではない。

「今日はここまでだ」

GALEはそう告げた。

「引き続き、基礎を固めていこう」

「はい、隊長」

 LUNAは敬礼し、訓練位置を離れた。

その背中を見送りながら、GALEは心の中で呟く。

……やっぱり、ただの新人じゃない。

そして同時に、もう一つの考えが浮かぶ。


――だからこそ、無茶をするな。


彼女に向けるべき言葉なのか。

それとも、自分自身に言い聞かせるべき言葉なのか。

GALEには、まだ分からなかった。


5.訓練の終わり


四人が整列する。

GALEは全員の顔を見てから、口を開いた。

「今回の訓練で分かったことがある」

HOUNDが背筋を伸ばす。

SCRIBEは話を聞く姿勢を整え、DAISYも真剣な表情になる。

LUNAは静かに前を向いていた。

「高橋。基礎と経験はある。ただし、慣れを理由に標的の確認を省かないこと」

「はい!」

「成瀬。正確さは強みだ。ただし、細部に集中しすぎて標的の切り替えを遅らせないこと」

「了解しました」

「小川。周囲に気づけるのは強みだ。だが、自分の判断まで周囲に委ねないこと」

「はい!」

「白石。技術は十分にある。これからは、標的の配置や条件が変わっても判断を維持できるかを見ていく」

「了解しました」

GALEは一度、全員を見渡した。

「それぞれ得意なことも、苦手なことも違う。だからこそ、チームを組む意味がある」

彼は自分の胸元にあるECHOの部隊章を軽く指で叩いた。

「誰か一人が全部できればいい、という話じゃない。自分にできないことを理解して、仲間の得意なことを信頼する。そのためには、まず自分の弱点から目をそらすな」

一拍置いて、続ける。

「弱点があることは問題じゃない。弱点を隠したまま、仲間に背中を預けることが問題なんだ」

四人は黙って聞いていた。

「質問は?」

HOUNDが手を挙げた。

「隊長!」

「何だ」

「隊長にも、弱点ってあるんですか?」

一瞬、訓練場が静かになった。

VORTEXが吹き出す。

SPECTERも口元を押さえた。

VENOMは、面白そうにGALEの反応を待っている。

GALEはHOUNDをじっと見た。

「……あるに決まってるだろ」

「ちなみに、どんな弱点が?」

「新人の質問に答える時間が長くなることだな」

「それ、俺のせいじゃないですか!」

「自覚があるなら直せ」

HOUNDが口を閉じる。

SCRIBEが小さく頷いた。

「確かに、発言時間の管理は重要ですね」

「お前も乗るな」

VORTEXがまた笑う。

DAISYもこらえきれずに笑った。

LUNAも、ほんのわずかに口元を緩めた。

その変化に気づいたGALEは、一瞬だけ視線を向ける。

だが、彼女はすぐにいつもの表情へ戻っていた。

……今、笑ったか?

気のせいかもしれない。

そう思うことにした。

「午前の訓練はここまで。次の訓練までに、今日指摘された点を整理しておけ」

「「「「了解しました!」」」」

四人の返事が重なる。

訓練が終わり、装備の確認と片づけが始まった。

HOUNDはまだ何か話したそうにしている。

SCRIBEはすでに次回の改善点を整理し始めていた。

DAISYは二人に声をかけながら、先ほどよりも少し自信のある表情を見せている。

LUNAは静かに装備を片づけていた。

GALEは、その光景を少し離れた場所から眺める。

まだまだだ。

技術も、判断も、チームとしての連携も。

これから教えることは山ほどある。

それでも――。

四人は確実に、前へ進み始めていた。

「……GALE」

隣からSPECTERの声がした。

「何だ」

「新人教育、嫌がってたわりには楽しそうじゃないか」

「どこがだ」

「さっきから、ずっと四人を見てる」

GALEは視線をそらした。

「……指導担当だからな」

「はいはい」

VORTEXが横から口を挟む。

「まあ、いいんじゃないか。お前、昔から面倒見はよかったし」

「余計なこと言うな」

「照れてる?」

「撃つぞ」

「訓練用だろ?」

「お前が操縦席に乗り込んでから考える」

「それ、俺が一番困るやつ!」

SPECTERが呆れたようにため息をつき、VENOMが楽しそうに笑った。

そのやり取りを、少し離れた場所でLUNAが聞いていた。


姉が話していたGALEとは、違う一面。

冷静で、厳しくて、時には怖い。

けれど、仲間の前ではくだらない冗談を言い、笑うこともある。

……それでも。

LUNAは視線を落とした。

姉は帰ってこない。

どれだけ彼が仲間に慕われていても。

どれだけ彼が立派な隊長に見えても。

それだけは、変わらない。

彼女は拳をそっと握った。


――私は、まだあなたを許さない。


その決意を胸に、LUNAはその場を後にした。

そしてGALEもまた、彼女の背中を見送っていた。

 

誰も失いたくない。

誰一人として、帰れなくなる人間を出したくない。

その願いが、いつか自分自身を追い詰めることになると知りながら。

彼は今日も、同じことを考えていた。


――次も、全員を帰す。


それが、ECHOチームの隊長としての。

高城玲、コードネームGALEの誓いだった。


訓練終了から、十分後。

射撃訓練場には、装備を片づける音が響いていた。

HOUNDは訓練用装備を返却しながら、まだ興奮が冷めていない様子だった。

「いやあ、やっぱり実際にやると全然違いますね!」

「お前、訓練中からずっとそれしか言ってないぞ」

VORTEXが呆れたように言う。

「だって、仕方ないじゃないですか! GALE隊長の動き、すごかったですし!」

「本人に聞こえるところで褒めても、何も出ないぞ」

「別に何かを期待してるわけじゃないです!」

「じゃあ、静かに片づけろ」

「はい……」

HOUNDがしぶしぶ返事をする。

その隣では、SCRIBEがタブレットに訓練結果をまとめていた。

「今回の課題では、標的の切り替えに要した時間と、リロード後の動作に改善の余地があった。次回は――」

「成瀬、片づけ終わってからにしろ」

GALEが声をかける。

「……もう少しで終わります」

「その『もう少し』が長いんだよ」

「記録は重要です」

「分かってる。だから、装備を片づけてからやれ」

「了解しました」

SCRIBEは不満そうにしながらも、タブレットをしまった。

DAISYは二人の様子を見て、くすりと笑っていた。

「なんだか、皆さん仲がいいですね」

「……そうか?」

「そうですよ」

DAISYは笑顔で答えた。

GALEは少し考えたあと、肩をすくめた。

「まあ、好きに解釈してくれ」


そのやり取りを、LUNAは少し離れた場所から見ていた。

笑っている。

普通に話している。

あの人は、こういう顔もするのか。

訓練中の厳しい表情とは違う。

仲間に軽口を叩き、面倒くさそうに返事をしながらも、結局は全員の様子を気にしている。

姉が話していたGALEも、こんな人だったのだろうか。

……違う。

そんなことを考える必要はない。

LUNAは視線を落とし、自分の装備を片づけ始めた。

姉の記憶と、目の前の男を重ねてはいけない。

それだけは、絶対に。


「おい、GALE」

VORTEXが声をかけた。

「何だ」

「午後のスケジュール、確認したか?」

「確認した」

「じゃあ、昼飯どうする?」

「……お前、今その話をする必要あるか?」

「ある。腹が減った」

「知らん」

「冷たいなあ」

SPECTERが横から口を挟む。

「お前の場合、食事の予定を先に確保しておかないと、午後の仕事中ずっと文句を言うからな」

「分かってるなら、ちゃんと付き合えよ」

「断る」

「お前まで冷たい!」

VENOMが笑いながら、二人を促した。

「はいはい。食堂で相談してなさい。ここは片づけが先」

「はーい」

VORTEXが返事をする。

「GALE、お前も来いよ」

「分かった。先に行っててくれ」

「了解。置いていくなよ?」

「お前が先に行くんだろ」

VORTEXは笑いながら、SPECTERとVENOMを連れて訓練区画を出ていった。

HOUNDたちも、それぞれの片づけを終え、食堂に向かっている。

やがて、訓練区画の一角に、GALEとLUNAだけが残った。

GALEは訓練記録を確認していた。

LUNAは少し離れた場所で、最後の装備をケースに収めている。


何度か、声をかけようと思った。

だが、いざとなると、言葉が出てこない。

今なら、二人きりだ。

聞きたいことはある。

伝えなければならないこともある。

それなのに、喉が妙に乾いていた。


LUNAは小さく息を吸った。

「……隊長」

GALEが顔を上げる。

「ん?」

「少し、お話があります」

その声を聞いた瞬間、GALEの表情からわずかに緩さが消えた。

「……分かった」

彼は記録端末を閉じた。

「ここでいいか?」

「はい」

LUNAは装備ケースから手を離した。

GALEは彼女の正面に立つ。

「何だ?」

LUNAは、彼の目を見た。

そして、言った。

「私が、ここに来た理由についてです」

GALEは黙っていた。

彼女が自己紹介で口にした理由を覚えている。

――自分の能力を、必要とされる場所で使いたかった。

あの答えが、すべてではないことも分かっていた。

「……聞こう」

GALEの声は静かだった。

LUNAは一度、唇を噛んだ。

逃げるな。

ここまで来たのは、自分だ。

姉を失ったあの日から、ずっと考えてきた。

何をすればいいのか。

どうすれば、この胸の中にある感情を終わらせられるのか。

答えは一つしかないと、信じてきた。

「私は……」

声がわずかに震えた。

それでも、LUNAは顔を上げた。

 

「あなたを殺すために、Rainbowに入りました」

 

訓練区画から、音が消えたような気がした。

GALEは何も言わなかった。

驚いた様子もない。

怒った様子もない。

ただ、彼女を見つめていた。

LUNAは、その沈黙が怖かった。

もっと怒鳴られると思っていた。

即座に隊員資格を取り消されると思っていた。

あるいは、そんなことはさせないと、強く拒絶されると思っていた。

だが、GALEは何も言わない。

だからこそ、彼女は言葉を続けた。

「姉を殺したのは、あなたです」

その言葉を口にした瞬間、胸の奥が痛んだ。

何度も繰り返してきた言葉だ。

自分自身に言い聞かせてきた言葉でもある。

それなのに、本人を前にすると、こんなにも重い。

「姉は、あなたを信じていました」

LUNAの声が、少しずつ強くなる。

「あなたなら仲間を守ってくれる。あなたの判断なら、きっと大丈夫だって……姉は、そう信じていたんです」

GALEの表情がわずかに変わった。

ほんの一瞬。

けれど、LUNAは見逃さなかった。

彼の指が、かすかに動いた。

「……そうか」

返ってきた言葉は、それだけだった。

LUNAは目を見開いた。

「……それだけですか?」

GALEは答えなかった。

「何か言ってください」

「……」

「否定しないんですか?」

LUNAは一歩、彼に近づいた。

「姉を守れなかったことを、何とも思っていないんですか?」

GALEの目が、わずかに伏せられた。

「……何とも思っていないわけがない」

低い声だった。

LUNAは唇を噛む。

「だったら、どうして……」

言葉が途切れた。

どうして、あなたは今もここにいるのか。

どうして、隊長なんて続けていられるのか。

どうして、何事もなかったように新人を指導し、仲間と笑っていられるのか。

聞きたいことは山ほどあった。

だが、本当に聞きたいことは、もっと別のところにあった。

――どうして、姉を連れて帰ってきてくれなかったんですか。

その言葉だけは、どうしても口にできなかった。

GALEは、しばらく沈黙していた。

やがて、ゆっくりと口を開いた。

「……お前が俺を許す必要はない」

LUNAは顔を上げた。

「……え?」

「俺を信じる必要もない」

GALEは彼女をまっすぐ見た。

「俺が何を言っても、美奈は帰ってこない。それは分かってる」

その名前を聞いた瞬間、LUNAの目が揺れた。

姉の名前。

この男の口から聞きたくなかった名前。

それでも、彼が姉のことを覚えているという事実が、胸を締めつけた。

GALEは続けた。

「ただ、ここでは隊長として、お前を指導する」

「……」

「お前が何を考えていようと、何を望んでいようと、訓練中は一人の隊員として扱う。それが俺の仕事だ」

LUNAは拳を握った。

「……私が、あなたを殺したいと思っていても?」

「そうだ」

「いつか、本当にあなたを殺そうとするかもしれません」

GALEは、わずかに息を吐いた。

「……そのつもりで来たんだろ」

LUNAは言葉を失った。


どうして。

 

どうして、この人はそんなに落ち着いていられるのだろう。

自分は今、彼を殺すつもりだと告げたのに。

脅しだと思っているのか。

それとも、自分にはそんなことができないと考えているのか。

どちらにしても、腹が立った。

「私は、本気です」

「分かってる」

「あなたを許すつもりはありません」

「……ああ」

「姉を失ったことを、忘れるつもりもありません」

「忘れなくていい」

その返事に、LUNAは息を呑んだ。

GALEは、少しだけ視線を落とした。

「無理に忘れようとする必要はない。大切な人を失ったことまで、なかったことにする必要はない」

LUNAは、彼の顔を見つめた。

その言葉は、あまりにも自然だった。

まるで、自分自身に言い聞かせているようだった。

「……あなたに、何が分かるんですか」

思わず、そう言っていた。

「姉を失った私の気持ちが、あなたに分かるんですか?」

GALEはすぐには答えなかった。

その沈黙に、LUNAはさらに苛立つ。

「……分からないでしょう」

「ああ」

GALEは静かに頷いた。

「全部は分からない」

予想していなかった返事だった。

「お前が、どんな気持ちでここまで来たのか。何を考えて、何を抱えているのか。俺には全部は分からない」

彼は一度、言葉を切った。

「分かったふりをするつもりもない」

LUNAは、何も言えなかった。

慰められると思っていたわけではない。

理解してほしいと思っていたわけでもない。

それなのに、彼が安易に理解したふりをしなかったことが、妙に心に残った。

GALEは続けた。

「ただ、一つだけ言えることがある」

「……何ですか」

「お前が俺を憎む理由を、俺が勝手に否定するつもりはない」

LUNAは目を伏せた。

憎む理由。

そんなもの、いくらでもある。

姉を失った。

姉が信じた人間は、姉を連れて帰ってこなかった。

そして、その男は今も生きている。

自分の前で、隊長として立っている。

それだけで十分だった。

「……私は、あなたを許しません」

LUNAはもう一度、はっきりと言った。

GALEは頷いた。

「分かった」

「それでも、ここにいさせるんですか?」

「お前が自分でここに来たんだろ」

「……」

「お前の人生を、俺が決めるわけにはいかない」

その言葉を聞いて、LUNAは何も言えなくなった。

父親のような上官に、配置を変えてほしいと頼むこともできたはずだ。

自分を遠ざけることもできたはずだ。

それでもGALEは、自分をここに置くという。

憎まれていると知っていて。

殺される可能性があると知っていて。

それでも、隊員として指導するという。

理解できなかった。

「……どうしてですか」

LUNAの声が小さくなる。

「どうして、私を遠ざけないんですか」

 

GALEは、少しだけ視線をそらした。

本当の理由を、どこまで話すべきなのか。

彼女を危険から遠ざけたい。

もう一度、目の前で大切な人を失うことが怖い。

それは事実だった。

だが、それだけではない。

美奈の妹だから。

姉に似ているから。

そんな理由で、彼女の人生を決めていいはずがない。

「……お前には、お前の人生がある」

GALEは答えた。

「俺がそれを決める権利はない」

 

LUNAは、じっと彼を見つめた。

その答えは、正しいのかもしれない。

けれど、正しい言葉だからといって、受け入れられるわけではない。

「……分かりました」


彼女は装備ケースを持ち上げた。

「今日の話は、それだけです」

「そうか」

LUNAは踵を返しかけた。

だが、数歩進んだところで足を止める。

「……隊長」

「何だ」

彼女は振り返らなかった。

「私は、あなたを許すつもりはありません」

「……ああ」

「いつか、あなたを信じる日が来るとも思いません」

GALEは何も言わなかった。

LUNAは、最後に一つだけ付け加えた。

「だから……私に、姉の代わりを求めないでください」

その言葉に、GALEの呼吸が止まった。

LUNAは振り返った。

「私は美奈じゃありません」

その目は、まっすぐだった。

「姉の代わりに、あなたを救うつもりもありません」

GALEは、しばらく彼女を見つめていた。

そして、静かに答えた。

「……分かってる」

LUNAは、ほんのわずかに目を見開いた。

「お前は美奈じゃない」

GALEの声は、どこまでも静かだった。

「白石澪だ」

その言葉を聞いた瞬間、LUNAの胸が強く締めつけられた。

自分が、ずっと言ってほしかった言葉だったのかもしれない。

姉の妹としてではなく。

姉の代わりとしてではなく。

自分自身を、自分の名前で呼んでほしかった。

だが、それをこの男に言われることだけは、受け入れたくなかった。

「……失礼します」

LUNAは頭を下げ、今度こそ訓練区画を出ていった。

GALEは、彼女の背中が見えなくなるまで、その場を動かなかった。

やがて、小さく息を吐く。

「……そうだな」

誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。

美奈にか。

それとも、彼女を重ねてしまいそうになる自分自身にか。

GALEは、空になった訓練区画を見渡した。

新人たちが使った装備は、すべて片づけられている。

何事もなかったように、いつもの訓練場へ戻っていた。

けれど、彼の中では何かが変わっていた。

LUNAが、自分を殺すためにここへ来た。

その事実は、決して軽くない。

それでも。

彼女は、自分の言葉でそれを伝えた。

隠したまま近づくこともできたはずなのに。

なぜ、今このタイミングで話したのか。

GALEには分からなかった。

ただ、一つだけ確かなことがあった。

彼女はまだ、自分を許していない。

当然だ。

許される資格があるのかどうかさえ、彼自身にも分からない。

それでも、隊長として彼女にできることはある。

技術を教えること。

判断力を鍛えること。

仲間と連携できるようにすること。

そして、彼女が自分の命を粗末にしないようにすること。

……たとえ、その相手が自分を憎んでいたとしても。

GALEは、最後にもう一度、彼女が出ていった扉を見た。

「……美奈」

声に出したのは、久しぶりだった。

すぐに目を閉じる。

違う。

今、呼ぶべき名前は別にある。

彼は小さく首を振った。

「……白石澪」

その名前を、胸の中で繰り返す。

彼女は美奈ではない。

彼女の人生は、彼女自身のものだ。

そして、自分には――。

その人生を、奪わせない責任がある。

たとえ、彼女に憎まれたままだとしても。

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