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トレーニング 2

午後の訓練「Dynamic Shooting Drill」


――Rainbow・屋外射撃訓練場/午後13時40分

午後の訓練場には、乾いた風が吹いていた。

射撃レーンの先には、番号が振られた複数の標的。間にはカラーコーン、遮蔽物を模した仕切り、そして最後の区画には数本のドラム缶が設置されている。

標的の中には、武装した犯人のものだけでなく、人質を模したものも混在していた。

今日の訓練は、Dynamic Shooting Drill――移動射撃訓練。


静止した状態で正確に撃つだけではない。

走り、歩き、遮蔽物を利用し、状況を判断しながら射撃する。

そして、何より重要なのは、撃ってはいけない標的を見極めることだった。

「……午後から、なかなかハードですね」

小川が射撃レーンを眺めながら呟く。

「午前中に基礎をやったからな。午後は動きながらの判断だ」

高橋は目を輝かせていた。

「アサルトライフルにサブマシンガン、ショットガンまである! 最高じゃないか!」

「高橋、遊びに来たわけじゃないぞ」

成瀬が眼鏡を押し上げる。

「分かってるって! でも、実物の装備を使った訓練なんて、テンション上がるだろ!」

「そのテンションで標的を間違えないようにね」

レイナが笑いながら声をかけた。

「小川さんも、今日は無理しないでね。疲れたら遠慮なく申告すること」

「はい! 頑張ります!」

ひよりは元気よく返事をしたものの、並んだ銃器を見て少し緊張していた。

その横で、澪は装備を確認している。

彼女が選んだのは、銃身の短いアサルトライフルだった。

「白石は、その銃にしたのか」

玲が声をかける。

「はい。遮蔽物の間を移動するときに扱いやすいものを選びました」

「分かった。自分の判断で選んだなら、それでいい。ただし、取り回しのよさだけに頼るなよ」

「了解です」

澪は短く答え、再び装備へ目を落とした。

玲は全員を見回す。

「今日の目的は、速く撃つことじゃない。移動中でも状況を見失わず、正しい判断を続けることだ」

その声は、いつもの訓練時のものだった。

「番号を確認しろ。射撃対象と人質の標的を混同するな。判断に迷ったら、撃たない。タイムを縮めるために安全を捨てた奴は、記録がよくても評価しない」

「了解!」

ECHOのメンバーが声を揃えた。


玲のデモンストレーション


「最初は俺がやる」

玲が前へ出た。

選んだのは、普段の任務でも使い慣れたアサルトライフル。

射撃レーンの白線の前に立ち、銃を安全な方向へ向けたまま、装備と標的の配置を確認する。


「Shooters Ready」

 

玲は短く頷いた。

静寂。

そして、開始の合図。

玲の動きが変わった。

最初の二つの標的へ、各二発。

乾いた銃声が訓練場に響く。

命中を確認すると、玲は次の区画へ移動した。走りながら装備を操作し、カラーコーンの位置で動きを切り替える。

続く三つの標的。

玲は歩きながら周囲を確認し、番号と標的の種類を見極める。

そのうち一つは、人質を模した標的のすぐ近くに配置されていた。

玲は一瞬、射撃を止めた。

視線を移し、対象を確認する。

そして、撃つべき標的だけを選んだ。

次の区画では、仕切りを利用して射撃姿勢を変える。

遮蔽物の向こう側にある標的を確認し、必要な動作だけを行って次へ進んだ。

最後の区画。

玲は残りの距離を全力で走った。

百メートル。

息が上がる。

それでも、ドラム缶を支えとして姿勢を安定させ、二百メートル先の標的を確認する。

呼吸を整え、狙いを定める。

最後の射撃が終わった。

玲は銃口を安全な方向へ向け、規定の手順で射撃を終えたことを確認する。

そのまま装備を整え、スタート地点へ戻ってきた。

タイムが発表される。

周囲から、小さなどよめきが起きた。

「……速っ!」

高橋が思わず声を上げる。

「移動した後も、照準の確認がほとんど乱れてない……」

成瀬は記録を見ながら呟いた。

「いや、待て。あの最後の区画、百メートル走った直後だぞ?」

「しかも人質標的のところ、ちゃんと止まって確認してた……」

小川が感心したように言う。

澪は黙って玲を見ていた。

玲はそんな新人たちの反応を気にすることもなく、監督役へ確認を求めている。

やがて戻ってくると、いつもの調子で言った。

「以上。何か質問は?」

高橋が即座に手を挙げた。

「隊長、あれで全力ですか!?」

「全力だよ」

「嘘だろ……」

「嘘をついてどうする」

「いや、もっとこう……終わったあとに膝に手をついて、息を切らすとか……!」

「お前、俺に何を期待してるんだ」

隼人が遠くから笑った。

「高橋、諦めろ。あいつは昔からああだ」

玲は軽く肩をすくめる。

「勘違いするなよ。俺だって疲れる。見せるためのデモで、余計な動きをしないだけだ」

その言葉に、澪は小さく頷いた。

速さだけを見せるのではない。

何を確認し、何を省き、どこで止まるのか。

玲が示したのは、そうした判断の積み重ねだった。


次の準備時間。

レイナは、武器選択に迷っているひよりのそばへ歩み寄った。

「小川さん、ちょっといい?」

「はい!」

「今日のコースなら、無理に大きな銃を選ぶ必要はないわ。軽いサブマシンガンも候補に入れてみたら?」

ひよりは並べられた銃器を見比べた。

「でも……アサルトライフルのほうが、かっこいい気がして」

「その気持ちも分かるわ。でも、見た目で選んで苦労するより、自分が扱いやすいものを選んだほうがいいでしょう?」

「……そうですよね」

レイナは優しく続けた。

「軽いから簡単、というわけでもないの。どの銃を選んでも、確認することは同じ。まずは自分に合うものを見つけましょう」

ひよりは少し迷ったあと、短いサブマシンガンを手に取った。

「……これにします」

「うん。いいと思う」

「なんだか、逃げたみたいじゃないですか?」

ひよりが不安そうに尋ねると、レイナは首を横に振った。

「全然。自分の得意不得意を理解して、必要な選択ができる。それも大切な能力よ」

ひよりの表情が、少し明るくなった。

「……ありがとうございます、レイナさん!」

「どういたしまして。今日は速さより、丁寧さを意識してね」

「はい!」

少し離れたところで聞いていた玲も、短く頷いた。

「小川、選んだ理由は?」

「軽くて、移動中も扱いやすそうだからです。それに、まずは自分が確実に扱えるものから始めたいと思いました」

「分かった。自分の選択に責任を持て。あとは訓練で確かめよう」

「了解です!」

ひよりは選んだ武器を手に、準備区域へ向かった。


澪は短銃身のアサルトライフルを持ち、監督役の確認を受けていた。

「白石、その武器を選んだ理由は?」

「狭い場所や遮蔽物の近くで、取り回しやすいと考えたからです」

「他の選択肢は?」

「確認しました。そのうえで、今日はこれを使います」

澪は武器を選ぶとき、いつも慎重だった。

自分の技量を誇示するためではない。

任務の目的と、自分が担う役割を考えている。

「白石」

玲が呼びかける。

「はい」

「今日のコースは、武器だけで結果が決まるわけじゃない。標的を見失わないこと。疲労で判断が雑にならないこと。そこを意識しろ」

「了解です、隊長」

澪は一度だけ玲を見て、頷いた。

「……必ず結果を出します」

「結果を急ぐな。正しい判断を積み重ねろ」

その言葉を聞いて、澪は少しだけ表情を緩めた。

「はい」


最初の数人が訓練を終え、成瀬の番が回ってきた。

成瀬直人は、眼鏡の位置を直しながらスタートラインに立った。

「理論上、各区画の移動時間と射撃に必要な時間を考慮すれば、十分に安定した結果が出せるはずだ」

「その理論、今日こそ実証してくれよ」

高橋が茶化す。

「当然だ。僕の分析に抜けはない」

開始の合図。

成瀬は最初の標的を処理し、次の区画へ移動した。

ここまでは悪くない。

だが、走りながらのリロードに入ったところで、動きがぎこちなくなった。

手元の操作に意識を取られ、足運びが乱れる。

安全な動作を優先して一度止まり、手順を確認する。

そのぶん時間が延びた。

「……っ」

焦りが顔に出る。

しかし、玲の声が通信に入った。

『SCRIBE、タイムを追うな。手順を確認しろ』

成瀬は息を整えた。

『……了解』

一度動作を落ち着かせ、規定の手順を確認してから再開する。

次の三つの標的では、番号と種類を慎重に確認し、人質標的を誤認することなく進んだ。

仕切りの区画でも、急いで姿勢を変えようとはしなかった。

最後の百メートル。

走り終えた成瀬は、ドラム缶の位置で息を整え、最後の標的を確認した。

最後の射撃が終わり、終了の合図が響く。

成瀬は規定の手順を終え、ようやく大きく息を吐いた。

「……終了」

記録が発表される。

タイムは、玲のデモよりかなり遅かった。

高橋が口を開く。

「……お前、リロードで結構止まってたな」

「分かっている」

成瀬は眼鏡を直した。

「移動と操作を同時に行う際、注意を手元へ集中させすぎた。結果、移動動作まで乱れた」

「つまり?」

「……練習不足だ」

珍しく、言い訳はしなかった。

玲が近づいてくる。

「SCRIBE」

「はい、隊長」

「射撃の精度は悪くなかった。標的の確認もできていた」

成瀬は少し意外そうな顔をした。

「ただし、移動と装備操作が重なったときに、余裕がなくなっていたな」

「……はい」

「できないことを認めるのは悪くない。問題は、そのままにすることだ」

玲は、成瀬の記録表を返した。

「次はそこを重点的に練習しよう。タイムは後からついてくる」

成瀬は記録表を受け取り、深く頷いた。

「了解です。次回までに改善します」

高橋がニヤリと笑う。

「お、今日は素直じゃん」

「僕は常に合理的だ」

「はいはい」

「……高橋、君も人質標的の確認に一度時間をかけすぎていたぞ」

「そこは安全第一だろ!」

「僕も同じことを言っている」

「お前、絶対それ言いたかっただけだろ!」

二人の言い合いに、小川が笑い出した。


全員の射撃が終わるころには、午後の日差しも傾き始めていた。

訓練監督が記録をまとめ、各隊員へ簡単な講評を行う。

玲はECHOのメンバーを集めた。

「今日の結果だけで、自分の能力を決めつけるな。できたことと、できなかったことを整理しろ」

高橋は前のめりに頷いた。

「俺はもっと速く動けます!」

「速さだけじゃない」

「……はい」

「成瀬は移動と装備操作の両立。小川は選んだ武器に慣れること。高橋は勢いで判断を飛ばさないこと。白石は、今の技量に満足せず、周囲の状況を見続けること」

澪が頷く。

「了解です」

「全員、今日の記録を見直して、次の訓練に反映させろ」

「了解!」

玲は最後に、全員の顔を確認した。

疲れた顔。

悔しそうな顔。

まだ興奮している顔。

それでも、全員が自分の課題を理解していた。

「……よし。今日はここまでだ。装備を片付けて、全員で戻るぞ」

「了解!」

帰り支度を始める中、小川が小さく手を挙げた。

「隊長」

「何だ?」

「今日、頑張ったご褒美に甘いものを食べてもいいですか?」

「訓練と甘いものは別問題だろ」

「えー!」

高橋がすかさず口を挟む。

「隊長だってコーヒー飲みながら甘いもの食べるじゃないですか」

「……誰から聞いた」

「この前、売店でチョコを買ってるところを見ました」

「見てたのかよ……」

成瀬が真顔で分析する。

「糖分摂取は疲労回復に寄与する可能性がある。合理的な提案だ」

「成瀬まで乗るな」

澪が小さく笑った。

「……隊長。今日は私も甘いものが食べたいです」

玲は澪を見た。

そして、諦めたようにため息を吐く。

「……分かった。帰りに寄るぞ」

「やった!」

小川が飛び上がる。

高橋も拳を握った。

成瀬は「合理的判断だ」と頷き、澪は嬉しそうに微笑んだ。

玲はそんな四人を見ながら、呆れたように呟いた。

「……本当に、手のかかるチームだ」

けれど、その声には少しだけ笑いが混じっていた。

訓練場を出る五人の背中を、夕日が照らしていた。

速く撃つことより、正しく判断すること。

一人で完璧になることより、互いの弱点を知り、補い合うこと。

それが、ECHOがチームとして強くなるための、午後の訓練だった。



――Rainbow基地・午後17時35分


「……本日の訓練は以上。全員、装備の点検と片付けを済ませたら解散だ」

玲の声を合図に、ECHOのメンバーが一斉に動き始めた。

「疲れたぁ……」

小川が肩を回しながら、椅子に腰を下ろす。

「最後の百メートル、思ったよりきつかったです……」

「体力不足だな!」

高橋が元気よく言い放つ。

「高橋さん、最後のほう息切れてましたよね?」

「そ、それは走った直後だからだ!」

「私も走りましたけど……?」

「小川、お前まで!」

成瀬は記録表を確認しながら、眼鏡を押し上げた。

「今回の結果を分析すると、僕の課題は明確だ。特に移動中の操作については――」

「はいはい、反省会は明日な」

玲は装備を片付けながら言った。

「今日は全員、しっかり休め。明日の訓練に疲れを残すなよ」

「了解!」

澪も装備を片付け、玲のほうへ歩み寄る。

「隊長、お疲れ様でした」

「お疲れ。白石もよく頑張ったな」

「……ありがとうございます」

澪は少しだけ表情を明るくした。

それを見ていた高橋が、成瀬の肩を肘でつつく。

「なあ、今の見たか?」

「見た」

「隊長、白石にはちょっと優しくない?」

「君は褒められたいのか、からかいたいのか、どちらかにしたまえ」

「両方!」

「堂々と言うな」

「お前ら、聞こえてるぞ」

玲の声が飛んだ。

「すみませーん!」

二人はまったく反省していない様子で返事をした。

玲はため息をつき、荷物を肩に掛けた。

「……先に帰るぞ。お疲れ」

「お疲れ様です、隊長!」

澪も小さく頭を下げた。

「お疲れ様でした」

「……ああ」

玲は短く返し、出口へ向かった。

二人にとって、今日は出会って初めての訓練日だった。

まだ互いのことをほとんど知らない。

澪にとって玲は、今日初めて顔を合わせた隊長にすぎない。

玲にとっても、澪は新しく配属された隊員の一人だった。

それでも、訓練中の動きや判断には、すでに印象に残るものがあった。


――基地の廊下


更衣室で私服に着替えた玲は、出口へ向かっていた。


ブラウンの革ジャンに黒いインナー、ジーンズ。

いつもの格好だ。

肩にはバッグを掛け、片手には飲みかけのコーヒー。

廊下の角を曲がったところで、聞き慣れた声がした。

「玲ー」

振り返ると、レイナが医療室から顔を出していた。

「……何だ?」

「もう帰るの?」

「ああ。今日の分は終わったからな」

「そっか」

レイナは玲の顔をじっと見つめた。

「今日はお疲れ様」

「……おう。レイナもな」

「ふふ。ありがと」

彼女はいつものように微笑んだあと、少しだけ声の調子を変えた。

「それと――今日はちゃんと寝てね」

玲は瞬きをした。

「……何だよ、急に」

「急じゃないわよ。午後はかなり動いたでしょ。走って、撃って、また走って。疲労が残ってるはずよ」

「まあ、それはそうだけど」

「だったら、帰ったらちゃんと食べて、お風呂に入って、早めに寝ること。コーヒーを何杯も飲んで夜更かしするのは禁止」

「……俺は子供か?」

「私から見れば、放っておくと自分のことを後回しにする患者さんね」

「患者扱いするな」

「じゃあ、隊員としての健康管理指導」

レイナはにっこり笑った。

「守れる?」

玲は少し考えてから、肩をすくめた。

「……努力する」

「駄目。ちゃんと寝るの」

「はいはい」

「返事は一回」

「……分かったよ」

レイナは満足そうに頷いた。

そして、ふと何かを思い出したように口元を緩める。

「……あ、そうそう」

「今度は何だ」

「今日、白石さんとは初対面だったでしょう?」

玲はわずかに眉を上げた。

「……ああ」

「新しい隊員との初日。訓練もあったし、隊長としてみんなの面倒も見ていたし、いつもより疲れているはずよ」

「別に、いつもと変わらない」

「そうやって平気な顔をするところが心配なの」

レイナは玲の顔を見つめた。

「初対面の相手がいる日は、普段より気を遣うものよ。今日は本当に早く寝てね」

「……分かってる」

「それならいいけど」

レイナは少しだけ笑った。

「初日から無理をして倒れたら、隊長として格好がつかないわよ」

「倒れない」

「そう言う人ほど無理するの」

「……レイナ」

「はいはい。説教はここまで」

レイナは軽く手を振った。

「じゃあ、気をつけて帰ってね。今日はお疲れ様、玲」

玲も片手を上げる。

「お疲れ。また明日」

数歩進んだところで、背後からもう一度声が飛んできた。

「ちゃんと寝るのよー!」

「分かってるって!」

廊下に玲の声が響く。

レイナは楽しそうに笑っていた。



――基地の駐車場

夕暮れの空。

車のエンジンをかける。

今日が、ECHOの隊長としての初日だった。

新しい仲間たち。

慣れない距離感。

そして、今日初めて出会った隊員たちとの関係。

まだ手探りのチーム運営だったが、全員が無事に訓練を終えた。

玲はフロントガラス越しに、夕焼けを見つめた。

「……ちゃんと寝る、か」

小さく呟き、シートベルトを締める。

「……初日くらいは、言うこと聞いてやるか」

車が静かに走り出した。

明日もまた、訓練がある。

まだ始まったばかりのチームを、守っていかなければならない。

澪とも、これから少しずつ関係を築いていくことになる。

だから今夜は――。

新しい仲間たちと歩き出した初日を終えて、玲はいつもより少しだけ早く、帰路についた。

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