宴会②
時は戻り現在。
フランと名乗る金髪の女性が隣の席に腰掛けてきたので、共に酒を酌み交わしていた。
「ふぅ。ここまで上質なお酒を飲むのはいつぶりでしょうか。改めて勇者様には感謝しなければいけませんね」
頬を薄く赤らめ、幸せそうな顔でグラスを傾ける。
「......勘違いだったら申し訳ないんですけど、聖職者ってお酒飲んでもいいんですか?ほら、戒律とか」
俺が元居た地球では、大半の宗教は飲酒を禁止としていたはずだ。
キリスト教はその限りでなかった気もするが。
フランはほぅっと酒気を帯びた息を吐くと、上機嫌に口を滑らし始めた。
「私たちケーニッヒ教の教えでは、飲酒を禁止としていないんです。ケーニッヒ教徒たるもの自由たれ、ってね?」
「まぁ、それで問題行動や乱闘騒ぎを起こしてるんじゃ世話ねえけどな!」
横から、既に出来上がっているおじさんが茶々を入れてくる。
「ちょっと黙っててください!それは一部の素行の悪い教徒の話です。私と一緒にしないでください!」
「そんなこと言って~。フランちゃんだって、一昨日店の裏で踊り子ちゃんのことカツアゲ....」
「わああああああ!!!!なんでもないなんでもない!勇者様!耳を貸してはいけませんよ!!このものは魔王の手先です!今すぐ私が聖なる鉄槌を下して.....!!!!」
「ちょっと待てって!その酒瓶でどうするつもりなんだぁ!?」
フランが酒瓶をもって追いかけると、シラフに戻されたおじさんが悲鳴を上げながら逃げ惑う。
......ケーニッヒ教徒はあんなのばっかりなんだろうか。
俺は空になったグラスに高級ワインを並々と注ぎ、口に運ぶ。
異世界の料理や飲料に少しばかりの不安があったが、かなり美味いことがわかった。
特にこのワインは絶品だ。香りもさることながら、口当たりも滑らかで上品な味わいである。
しばらく気を緩ませ酒に舌鼓を打っていると、ふと嫌な視線を感じた。
こちらを観察するような、値踏みするような不気味な視線。
その正体を探ろうと辺りを見渡すと、騒ぎの少し離れた場所に同じく聖職者の装いをした少年を見つけた。
大人たちの雰囲気にのまれ、居心地が悪そうにしている。
酔えない少年に酒の場のノリはきついだろうな......
しばらく様子を見守りながら若き聖職者に同情していると、気が付けば嫌な視線は消えていた。
勇者を敵視、または俺をよく思わない人物がいたとしても不思議ではない。
こちらの世界について、今は少しでも情報がほしいな。
それに笛惑の魔女についても聞いておきたい。
俺は酔っ払いの大人よりも話ができると判断し、近づいてみることにした。
「大丈夫か?ここの大人は酒癖が悪くて大変だな」
「ゆ、勇者様!?こ、こんばんは......そう、ですね。ちょっと、僕はついていける自信がないです」
少し緊張した面持ちで、苦笑いをして見せる少年。
確か、ラディカールの母親が『ユング』とか呼んで言って可愛がっていたか。
「ユングは聖職者なのか?」
「は、はい!一応、ケーニッヒ教の助祭を担当させてもらってます」
助祭と言えば、司祭になる前の準備期間として一年間補佐をする役職、だったか。
ケーニッヒ教なところが不安ではあるが、こんな子供にまで影響が及んでいるとは考えたくない。
「すごいじゃないか。見たところ、まだ成人もしていないだろう」
「い、いえ。もう15ですので成人はしております。ですが、まだまだですよ。フランさんには遠く及びません」
「フラン?」
確か、さきほど酒瓶を振り回していた女性の名前だったはずだが。
「......別人ってことか?」
「残念ながら、あの人です。普段は頼もしい方なんですけどね」
お酒が入るとちょっと、と今まさに髪の毛を引っ張り毟りあう乱闘騒ぎを起こしている彼女を見て苦笑い。
「ユングも大変だな。......そういえば、この村は住民は多くないと思うんだが大丈夫なのか?教会を維持するのも大変だろう」
「いえいえ、そんなことは。毎月聖都から物資や資金が送られてくるので、そこは安心してください。何不自由なく暮らせていますよ。......シュガーさんも、よくしてくださってますしね」
そういって、料理を作り運び続けるラディカールの母に視線を向ける。
なるほど、彼女はシュガーというのか。
彼は聖都と言ったが、それほどまでに大きい教団だとは思わなかった。
だからこそ、疑問が残る。
「こう言ってはなんだが、別の拠点に移した方が実入りはいいんじゃないか?」
維持し、拡大するには信徒を増やす必要がある。それもなるべく富裕層の。
しかし人口100人にも満たないこの村に、立派な教会まで立てるほどのメリットがあるとは思えない。
「正直、本部もそう思っていたそうです。事実、教会ができたのもここ最近ですしね」
何か最近になって作る必要ができたということか。この村にある、いやこの村にしかない特別な何か。
......そんなもの決まってる。
「聖剣、か」
こくり、と肯定するユング。
しかし聖剣と教会になんの因果関係があるのだろうか。
その問いに答えるように、神妙な面持ちをした彼は。
「勇者様。フランさんがあの様子なので、代わりに僕が説明責任を果たさせてもらいます」
羽交い絞めにされもがくフランを横目に、勇者とは何かについて語りだした。
要約すると、こうだった。
勇者は、聖剣が現れた場所に突如として出現する。
光の導きにより、魔王を倒すべく挑み続ける存在だそうだ。
勇者が死ねば、数年後に新たに聖剣は出現し、勇者もまた新しく選ばれる。
その繰り返しにより、魔王を弱体化することに成功してきた。
「なるほど。それで、今度は俺の番ってことか」
「はい。勇者様には、各主要都市に赴いてもらい、神器を集めてもらいます」
「神器?」
「はい。魔王は強力な存在ゆえ、聖剣だけでは太刀打ちできません。神器も聖剣同様、勇者様が死ねば数年でまた出現します。神器は出現場所が固定なので、確認が楽ですね」
逆に言えば、聖剣はランダムポップということか。
だが、何というか......
「なんか、使い捨てみたいな存在なんだな」
何度も特攻し、魔王の体力を削る。確実な作戦だが、勇者に選ばれた者には人類のために死んでくれと言っているようなものだ。
「無茶を言っているのは重々承知しています。しかし前勇者が死亡して早100年。魔族による被害も年々増加してきています。魔王は今この瞬間も回復に努めていることでしょう」
ユングは両手を合わせ、祈るようにこちらを見つめてきた。
「お願いです、勇者様。この世界に平和をもたらすため、魔王に挑んではもらえないでしょうか!」
いつの間にか、周りも騒ぐのを止めこちらを見つめてきている。
「......俺でいいのか?」
「もちろんです。勇者は選ばれし者にしかなれませんから。それに、光の導きもあると聞きます。やるべきことは自ずとわかるかと」
光の導きとは、あの光の文字のことだろうか。
しかし......
「正直に言うと、俺は勇者なんてめんどくさいしやりたくないと思ってる。勇者になるメリットは何かあるのか?」
「ええっ!?っと......はい。色々ありますが、命を賭して戦っていただくのです。こちらも全力でサポートさせていただきます」
この世界では勇者となることは大変名誉なことなのだろう。難色を示す俺の反応に少々動揺しているようだ。
「色々、では困る。具体的に言ってくれ。こちらは別に魔王討伐に向かわず、聖剣を得た力で好きに生きることだってできるんだぞ?」
村人の面々に動揺が走った。
本当のところを言うと、もちろん断る気はない。ヘルトに託された事もあるしな。
しかし曲がりなりにも命を懸けて戦うのだ。見返りはしっかりと貰わなくては割に合わない。
「私たちの教団を訪ねてくだされば、資金面でのバックアップはお約束します。装備や地図などはお渡しすることも可能ですし、寝床や食事も用意させていただきます。しかし、勇者様」
困惑の色を瞳に宿したユングは、気まずそうに続ける。
「勇者様ほどの実力をお持ちなら、魔人や魔物を討伐すれば資金などすぐに集まります。もちろん言ってくだされば提供いたしますが、正直我々も湯水のように資金を持ってるわけではありません。勇者様が直々に稼いだ方が早いかと...」
なるほど、確かに聖剣による力は絶大だ。まだ戦闘経験はないが、適当に剣を振るだけでも大抵の敵は吹き飛ぶだろう。
それに周囲に被害を出す魔物などには懸賞金がかかっているだろうし、楽に稼げるとは断言できないがやってやれないことはない。
「すまなかったな。試すような物言いをして。なにぶん俺も今日勇者になったばかりで動揺してる。もちろん勇者としての責務は果たすから安心してほしい。それでも困ったときは頼ることになるかもしれないが、その時はよろしく頼む」
村人達からは安堵の息が漏れ、ユングもほっと胸を撫でおろした。
「勇者様もお人が悪いですね。肝を冷やしましたよ......」
重くなった空気は晴れていき、次第に宴の雰囲気に戻っていった。
冗談きついぜと不安を押し流すように酒を流し込んでいく村人たち。
そのお祭り騒ぎに紛れるように、一つの影が消えていったことに気づく者は誰もいなかった。




