宴会①
「ささ、どうぞどうぞ。この村では最上級のワインです。飲んでくだされ」
「ねえ~勇者様ぁ。こっち見てぇ?このネックレス可愛いと思わな~い?私ぃ、ずっとこれが欲しくってぇ」
「勇者のあんちゃん、俺の芸を見てってくれよ!ほらほら、何の変哲もないコップから~、じゃじゃーん!野生のグレムリンが...」
周囲に村人達が群がり、四方八方から声をかけられる。
「皆さん落ち着いてください!勇者様を困らせてはいけません!......おいこら、そこのクソビッチ!勇者様にたかってんじゃねえぞ!?......あっ、そこの大工のおじさんも!酔っぱらってグレムリンを出すのはやめてください!何度注意すればわかるんですか!?誰が掃除すると思って...まったく!!」
しっしっと村人を追い払い、一息つく聖職者風の装いをした金髪の女性。
「......すみません、勇者様。どうか悪く思わないでください。皆、数年ぶりの財げ...希望に湧きたっているんですよ」
まぁ私もそのうちの一人ですが、とグラスを近づけ盃を交わしてきた。
「......今、財源って言ったか?」
「言ってません」
曇りのない笑顔で返され、気のせいだったかと思い直す。
片手に持つコップに並々とお酒が注がれ、露出の激しい女性がゆったりと舞い、宴会芸を披露し囃し立てる男性が場を盛り上げる。
それを注意し宥める者もいるが、その表情は緩んでいた。
食べきれないほどのごちそう、そして人だかりに囲まれた俺は静かに呟いた。
「悪くないな、こういうのも」
数時間前。
光の文字に導かれるままに村を散策すると、目的の宿屋にたどり着いた。
この村の中でも特別大きな建物で、ドアにはしっかりと『ハーゼの宿屋』という看板がぶら下がっている。
俺は光の文字が霧散していくのを確認すると、ゆっくりと建物に入っていった。
「いらっしゃいませ~。宿泊ですかご食事ですか。それともわ・た・し.....ぴゃああああああああ!!!!!」
「人の顔見て奇声を上げるなよ。びっくりするだろうが」
「ななな、なんで、あ、あんたがここに.....!!!」
わなわなと震え、耳まで真っ赤に染めてうずくまるのは先ほど別れた少女、ラディカールだ。
さきほどの服装とは異なり、黒を基調とした服にひらひらの白のエプロンを付けている。
「あらぁ?見ない顔ねぇ。旅人さんかしら?こんな田舎村に来るなんて物好きな人......ラーちゃん?どうして泣いてるのぉ?ようやく働いてくれるって言ってくれて、お母さん嬉しかったのに」
「だからって『あれ』やらせるのはやっぱりおかしいでしょうが!村の人なら全員顔なじみだしいいけど、こいつはだめ!絶対無理!!」
涙目でこちらを指さし、全力で抗議する。『あれ』とはさきほどの新妻が言いそうな台詞のことだろうか。
言わせた本人は「あらあら」と困った顔で頬に片手を添えている。
「でも結構人気なのよぉ?昔、元気よくラーちゃんがやってくれてた時は、お店が大盛り上がりだったんだから」
「それは昔は男の人が、いっ...ぱい......」
次第に尻すぼみになり、表情に陰りの指すラディカール。当の母親も、罰が悪そうに言葉に詰まっている。
なにやら言いづらい事情がありそうだ。
「とにかく、あんたには続きはやらない。わかったらさっさと注文を.....って、あんたまさか!!!」
ぶっきらぼうにメニュー表を突き出した彼女だったが、俺の左手に持つ剣に覚えがあったか、見る見るうちに青ざめていく。
「そ、それってまさか『聖剣』じゃないわよね!?」
震える指先が示すのは、まぎれもなく聖剣だ。
正直彼女に再び会った時はと覚悟はしていたが、こんな早くに再会するとは。
「べ、別物。別物よ。聖剣はそんな綺麗な物じゃないわ。錆びついてるし、なんならちょっと匂うもの!」
嫌々と首を振り、現実から目を背け続けるラディカール。
当然だ。彼女のこれまでを推測するに、とても簡単に受け入れられるものじゃない。
しかし、いつまでも隠し通せないことも確かだ。
俺がこの先指示に従い続ければ、遅かれ早かれ彼女は知ることになるだろう。彼女には悪いが残酷な現実を伝えるしかない。
「悪いが、その聖剣だ」
「な....!!!」
「あらまぁ、大変!勇者さんが現れたなんて。村の皆に伝えなくちゃぁ」
驚きを隠せずに硬直するラディカールを横目に、パタパタと外へ出かけていく母親。
慌ただしい足音が遠ざかっていき、残された宿屋には沈黙が落ちる。
先ほどとは違う、重く苦しい沈黙だ。
その沈黙を破ったのは、ラディカールの方だった。
「うりゃあああああああ!!!」
数歩程度の間合いを雄叫びとともに一気に詰め、渾身の一撃を食らわさんとする。
しかし、聖剣を抜いて力を得たからだろうか。恐ろしく時が長く感じる。
彼女の動きがスローモーションに見え、ひどく頭が冴えていくのを感じていた。
冷静に体を捻ると、俺は攻撃を躱し、つま先を彼女の足へと引っ掛けた。
「なっ......!!!」
避けられると思っていなかったのか、転ぶ勢いのままドアの方へ突っ込んでいくラディカール。
このままいけば顔面をドアの角にでもぶつけてしまいかねない。
俺は彼女の腕を掴むと、
「.......ぐえ!!」
背負い投げの様にして、地面に叩きつけた。
「気持ちは分かるが、いきなり襲うのはやめてくれ。......めんどうだ」
「......」
俺の言葉に彼女からの返答は帰ってこない。しばらく彼女の荒い息遣いだけが響いていたが、次第にそれも変化して。
「......ひっ、ひぐっ」
すすり泣くような声が聞こえだした。
顔を片手で隠しながら、もう片方の手でよろよろと起き上がると。
「......っ!」
危なっかしい足取りで、逃げるようにして階段を上っていった。
おそらく自室へ向かったのだろう。
少し、口が過ぎただろうか。これで逆上されたら元も子もないな。
そんなことを考えていると、なにやら外が騒がしい。
様子を確認しようかとドアに手を掛けた瞬間。
「宴じゃあああああああ!!!!!」
勢いよくドアが開かれ、雪崩のように村人たちが押し寄せてきた。




