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退職代行”モーヤダ”社員、異世界にて勇者を代行する~最強スキル『退職代行』の前では、誰もが無職となり果てる~  作者: 柳原ミツキ
第0章 ネオシュラーフバッハ村編

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眠り

俺は死んだカエルのようにひっくり返りながらも酒を飲み続けている女性に近づくと、しゃがんで頬をはたきながら質問した。

「......なぁ、一つ聞いてもいいか?」

「なんですかぁ勇者様。もしかして夜のお誘...」

「違う。その......笛惑の魔女って知ってるか?」


「笛惑.....笛惑ぅ?」

頬を紅潮させ、口端からよだれを垂れ流しているフランが、指を顎に当てて考えるポーズをとる。

本当はユングに聞きたかったのだが、眠たそうに船を漕いでいたのでそっとしておくことにしたのだ。


だが......

「知らないならいいんだ。フランさんなら何か知ってると思ったんだが」

「知ってますよぅ!私、こう見えて偉い人なんですからぁ!ええっと.....ああ、そうだそうだ。笛惑ね。笛惑の魔女はぁ、だからその...zzz」

「おい」

何か言いかけて、そのまま倒れこむように眠ってしまった。

上の立場だというから何か知っているかと思ったのだが、なんとも情けないシスターである。


「結局魔女に関する収穫はなし、か.....今日は寝るか」

夜も更け、虫の合唱が心地よく流れる時間帯。

俺は酔いつぶれた村人たちを避けるように進むと、階段を上って部屋に入っていった。


シュガーに渡された鍵は306号室のカギ。三階建てであるこの宿の、角部屋にあたる。

勇者様からお代はいただけませんという文言とともに割り当てられた部屋なのだが、なんとも広い部屋だった。


「ベッドの大きさも明らかに一人用じゃないな」

キングサイズというのだろうか。二、三人川の字になって寝られるほどの大きなベッドに、花瓶やロウソクが置かれているサイドテーブル。

そして大きなタンスが置かれている部屋だ。


取りつけられたカーテンは風に揺れており、隙間からは月明りが漏れている。

窓の方へ向かうと、涼しい風が頬を撫でた。


空気の良さは田舎の数少ない利点ではないだろうか。

昔都会に住んでいたころは窓なんて開けたくもなかったからな。騒音や悪臭の観点で。


しかし、今日は色々なことがあった。

俺は置いてあった寝間着に着替えると、倒れこむようにしてベッドにダイブした。


「勇者、か」

日本にいた頃は夢にまで見たシチュエーションだが、実際はそう煌びやかなものではない。


生まれては魔王に挑み、体力を削り退場。その繰り返しでこの世界の均衡を保つ特攻隊。

体よく選ばれし者、などと謳っているが要は消耗品。時間稼ぎのための対処療法だ。


もしこの場にいるのが心優しく正義感溢れる者であったのなら、その結末は変わらなかったであろう。

しかし、俺はそんな結末を迎える気はさらさらない。


「笛惑の魔女を退職させれば丸く収まるんだ。強敵とはなるべく戦わずに、安全第一に過ごしていこう」


それに、光の導きは今のところ従っていて不利益は被っていない。

強大な力に、周りからの歓迎。どちらも俺にとって好ましい展開だ。

この先裏切られる可能性はあるが、光の文字の目的が俺を魔王と戦う力を付けさせ、その道中で倒れないよう仕向ける物ならある程度害はないと見ていいだろう。


俺の異世界生活は思ったよりも良いものに......少なくとも、日本での暮らしよりは良いものになりそうだな。


俺は毛布を頭まで被ると、少しばかり日本での暮らしを思い出していた。

日夜退職代行として働いていた、あの頃を。


・・・・・・


仕事上仕方がないが、退職を願い出る者の多くは深い闇を抱えていることが多い。

残業は当たり前。上の命令一つで進捗が無に消す現場。休日にも会おうとしてくる上司。セクハラパワハラ、度を越えた教育という名の暴行。

毎日毎日気が滅入るような内容を聞き、正確に把握して依頼主が退職する意思があることを伝えていく。


時には逆上されたり罵声を浴びせられることもあった。

お前はそんな仕事をしていて恥ずかしくないのか、弁護士でもないのに部外者がしゃしゃるな、訴えてやるなどの人格否定や恐喝をされ、心が摩耗していく日々。

毎回ではないものの、常にその可能性と隣り合わせで働くのは精神的にきつかった。


そんな俺でも、家に帰れば彼女が待っていてくれた。

一つ年下の、切れ長の瞳が特徴的な女性。名をリンという。

大学時代のサークルで出会い、そのまま同棲。結婚はしていないが、このままいけばするのだろうと勝手に思っていた。


しかし、特別仲がよかったと言い切ることはできない。

リンも昼間はスーパーでバイトをしていて、俺より早く帰路に着くものの家事に対して積極的ではなかった。

よくどちらが家事をするべきかで言い合い、喧嘩していた。


そういえば、リンと最後にした会話はなんだったか。

確かこの先どうするか、結婚するのかどうなのかとかを話していたような気がする。

......俺は、あの時なんて答えたのだったか。


疲労により睡魔が襲い、俺は重くなってきた瞼を閉じた。

深い眠りへと誘われていく。

重要な過去を、思い出せないままに。

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