無色の勇者②
「......は?」
真面目なトーンで何を言い出すのだろうこの男は。
「結論から話すよ。君には僕の代わりに勇者となり、過去に戻って歴史を変えてほしいんだ」
「......ふぅ。コップ、貸してくれ。波波注いできてやる」
「僕はいたって本気だよ!信じてよぉ!.....あと水道水はもういいから!露骨に帰そうとするのやめてくれないかな!?」
やはり冷やかしかと帰らそうとするも、彼に嘘を言っている気配は見られない。
俺は露骨にため息をつくと、話の先を促した。
「......聞いてくれて助かるよ。一つずつ説明するね。まず、この世界は魔族と人間が争っているんだ。どちらが世界を統治するかを決めるためにね.....ここまではいいかい?」
ラノベではありきたりな設定だ。
首肯し、続きを待つ。
「で、魔王側の策略により、人類は負けたんだ。水面下でね。気づいてない人間の方が多いが、その影響は日に日に表で現れてきている。......君も、違和感に気づいているだろう?」
彼の言わんとすることはわかる。退職希望者が毎日のように殺到するのははっきり言って異常だ。
中には官僚や騎士長などのお偉いさんもいたからな。違和感は多少感じていた。
「.....それで?それがヘルトが退職することとどうつながる?過去に戻るとか言ってたが」
「ふふっ、それを語るには勇者の持つ能力について教えなければならないが......生憎、制約があってね。詳しくは教えられない。僕が君に言えることは二つだ。僕が無職になると、君の職業が勇者になること。そして、僕のスキルで君は過去にいくことだ」
「......ちなみに拒否権は?」
「もちろんあるとも。もっとも、君は断らないと僕は見ているけどね」
「その根拠は?」
ヘルトは少し間を置くと、探るような視線を向けながら。
「......君は、この世界の人間じゃないんだろう?」
「!?」
彼の射抜くような視線が突き刺さり、背筋に悪寒が走る。
初めてだ。俺の出自を言い当てた者は。
「ははっ。少しカマをかけたんだけど、どうやら当たっていたみたいだね。......実は、魔族側にも異世界人がいるんだ。彼女はいつも言っていたよ。『私も勇者として冒険してみたかった』って。......『若い日本人なら皆そう言うと思う』とも言っていたな」
懐かしむように窓の外を眺めるヘルト。
しかし、聞き捨てならない情報が。
「待て。異世界人だと?そいつは味方なのか?というか、日本人?」
頭に一気に情報が流れ込み、軽いパニックになる。
ヘルトはこちらに視線を戻すと、頭部を押さえて顔をしかめた。
そして苦し気な表情のまま、俺の拳を掴んで包み込んでくる。
「......くっ、悪いが君に話せる情報の限界が来たみたいだ。知りたいのなら自分で探すといい。......さて、君のスキル発動条件は手に触れること、だったかな。さぁ、決めてくれ。タイムリミットは迫ってきている」
動揺する俺の手をしっかりと握りこんで覚悟を問うヘルト。
詳しい事情を聞きたいが、話したくないのではなく話せない、といった状況なのかもな。
彼の苦痛に歪んだ表情を見れば演技ではない事はわかる。
俺は視線を逸らすと、一旦深呼吸をすることに。
おそらく、これは人生のターニングポイントだ。極限まで雑念を減らせ。
俺が本当にしたいこと。
この異世界に来て、俺が本当にやりたかったことは......
「......わかった。要件を飲もう。ただし聞きたいことが二つ......いや、三つある。俺は過去に戻って何をすればいい?あと、人間側が敗北した原因はなんだ?そして、俺はどこまで自由に行動できる?」
彼は一瞬目を見開いたが、すぐに表情を引き締め。
「ありがとう。君ならそう言ってくれると信じていたよ。質問についてだが......一つ目と二つ目の答えとして、君が注意するべき、そして倒すべき相手を伝えよう。それは『笛惑の魔女』だ。彼女が全ての元凶であり、君に倒してもらう......正確に言えば、無職にしてもらいたい相手だ」
「.....?倒すではなく無職にするだと?」
確かに俺のスキルなら不可能とは言えないが、ヘルトの知らない条件が存在する。
「期待してるとこ悪いが、俺のスキルは本人に退職またはそれに準ずる意思がないと使えない。かなり期待薄だと思うが.....」
「それでも、人類が勝つ方法はこれしかない。君ならできるんじゃないか?現に、君は不可能だとは言わなかった」
痛いとこを突かれたな。だが、難しいことに変わりはない。
「あと、最後の質問。行動の自由についてだけど、そこは安心してほしい。君は君の思うままに生きてくれ。それを制限する権利も義理も、僕は持ち合わせていないからね」
「それは助かった。勇者として~みたいに、行動を制限されるのはごめんだったからな」
そこまで話すと、ヘルトはこれ以上話すことはないと静かに目を瞑った。
だいたい彼の言いたいことはわかった。
要約すると、人類が勝てるように過去に行ってほしいと。
そして、そこで笛惑の魔女とやらを無職にしてほしいと。
「はぁ、わかった。やるだけやってやる......失敗しても文句言うなよ———リザイン」
俺は意識を集中させると、彼に退職のスキルを使った。
「......っ!これは、なるほど。確かにね。うん、間違いなく僕はこの瞬間無職になった。そして勇者権は......」
「......!!」
体の中心に、暖かいものが流れ込む感覚がする。
何か自分の中で、リミッターのようなものが外れる音がした。
それと同時に、視界が反転するかのように現実が歪んでいく。
彼のスキルが発動しているのだろうか。
「よし、成功だ。晴れて君は勇者の権利を得て、僕は無職になった。そして、君はこれから過去に行くことになる」
「.......おま..は」
ヘルトは。彼の代わりに俺が過去に行ったら、残された彼はどうなってしまうのか。
その問いに、ヘルトは答えない。代わりに口から飛び出したのは。
「言い忘れてたけど、スキルには副作用があるんだ。最悪君の頭がパーになって記憶が飛ぶかもしれないけど、めったにないから安心してくれ」
軽い調子で微笑むヘルトの全身が、円状に引っぱられ原型をなくす。
......なんて言ったのだろう。もう、かすれてほとんど聞こえない。
意識が重い。声が遠くなる。意識が底へと引っ張られていく。
沈む沈む沈む沈む。
「.......ぁ」
「頼んだよ。人類を、救ってくれ」
俺の言葉に被せるように、覚悟に満ちた声が脳をめぐる。その瞬間、さらに奥へと意識が追いやられた。
もう、何も聞こえない。そのまま、意識は沈んで沈んで......
俺は意識の海へと飲み込まれた。
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