無色の勇者①
「コホン、えーっと。とりあえず入れてくれてありがとう。閉店時間とは知らずに押しかけてしまって悪かったね」
「気にしないでください。......ええ、ほんとに気にしないでください」
「なんかごめんね!?また後日出直そうかな!?」
冗談で言ってみただけなのだが、本気で帰ってしまいそうだ。
俺は片手で彼に留まるよう伝えると。
「コーヒーでいいですか?」
「すまない、僕は紅茶派なんだ。もし可能ならそっちにしてくれないか?」
当然淹れてもらえるだろうと、青年は紅茶を所望してきた。
俺はそれを聞き軽く頷くと、台所へ移動した。
そのままコップを持って蛇口をひねる。
背後から青年の柔らかい声色が聞こえてきた。
「お気遣い痛みいるよ。悪いね、今物価高いのに」
「......?気にしないでください。それに、うちコーヒーしかないので水を出すつもりだったんですが」
「その感じで紅茶ないんだ!?......今紅茶も高いもんね。不躾に注文して悪かったよ。お水をいただこう」
リビングへ戻ると、青年は頬を掻きながら苦笑していた。
悪いが俺はコーヒー派だ。紅茶は口に合わん。
向かい合うようにして座り、あらためて青年の容姿を視界に納める。
白髪の髪にブルーの瞳。肩幅は少し広い。
身に着ける装備は意匠に凝っていて、指や耳にもアクセサリーを身に着けていた。
第一印象は、金持ちの家に生まれたボンボン、といったところか。
「それで?本日はどういったご用件でしょうか」
「ズズッ......ぬ、ぬるい.....あっ、えーっと。ここって退職代行屋?でいいんだよね?僕もお願いしたいんだけどいいかな」
「もちろん承ります。弊社はどんな職業も退職を可能とする、退職代行”モーヤダ”ですから。......それで、お客様のご職業は?」
青年は一瞬キョトンとした顔でこちらを見つめ、瞬きを数回した。
少し首を傾げ、こちらの言葉を待っている。
「すみません、言いたくないのなら大丈夫です。仕事に支障はないので。では、最終確認なのですが、本当に退職しても構わな」
「ちょ、ちょっと待った!本当に?本当にそれだけなのかい?」
青年は急に立ち上がると、バッと身を乗り出してきた。
そして何かを期待するように、またしてもこちらの言葉を待っている。
しかし、いくら期待されようと何を言えばいいか見当もつかない。職業を当ててみろ、ということなのだろうか。
だが「親の会社を継いだ成金息子ですか」などと言えるはずもないだろう。困ったな。
俺の瞳に困惑の色をみたのか、青年は若干引いたような視線を向ける。
そして呆れたように肩をすくめると、コホンと咳払いをして。
「はぁ、まだ気づかないかい?しょうがない、鈍い君に教えてあげようじゃないか。......僕はヘルト。そう、君もよく知る第十三代目の勇者。無色の勇者さ!」
青年はその端整な唇をゆがめて名乗りを上げ、俺の反応に期待するように片目をつむると......
「知らないな」
「ええ!?」
素っ頓狂な声をあげ、銃弾でも食らったかのようによろよろとソファに身を投げ出した。
直後、気絶から覚醒したように跳ね起きると、こちらを信じられない物を見る目で見つめ。
「僕のことを知らない!?魔王軍幹部の中でも最強と名高い、『傀儡のギア』を倒したあの勇者だよ!?」
そんなことを言われても。
「悪いがこの街にきてまだ日が浅いんだ。そんな名前聞いたこともない。......それに勇者だと?冷やかしなら帰ってくれ。さっきも言ったが、今日はもう閉店時間なんだ。えーっと、無職の勇者さん?」
「無職じゃないよ!なんなら毎日討伐ばっかでブラック勤めだよ!無色だよ無色!この色素の薄い髪が目に入らない!?......ほんとに聞いたことないの?今日も王都凱旋パレードでブイブイ言わせてたんだけど」
そういえば、今日はやたら外が騒がしかったな。
涙目で抗議し、自身の白髪を見せつけてくるヘルト。嘘を言っているようには見受けられない。
となれば、主張の通り彼は本物の勇者か......
「本気で自分を勇者だと思い込んでいる異常者か」
「そこまで信じてくれないかな!?疑われた経験がないから証明する手がパッと思いつかないよ!......あっ、これでどうだい?」
腕を組み、しばらく眉をひそめていたヘルトだったが、何か思いついたように腰の剣を持ち上げた。
「これは勇者のみが引き抜けるっていう業物でね。世界に一本しかないんだ。切れ味はもちろんのこと、光る錆びない夜道も安心!なんなら」
「折れても時間経過で復活するんだろ?」
「なんで知ってるのさ!やっぱり君僕のこと知ってるんじゃないか!?」
当てずっぽうに某ゲームに出てくる剣の特徴を言ってみただけなのだが、当たっていたらしい。
声を荒げて体を揺さぶってくるヘルトを剝がしつつ、あらためてこの世界は元居た世界とは違う場所なのだと再確認する。
認めたくはないが、この頼りなさそうな青年は本当に勇者なのだろう。
「落ち着け。とりあえずお前が勇者ってのは認める。だが、勇者を退職したいというのはどういうことだ?この街に退職を希望する住民が多いことに若干驚いてはいたが、勇者が辞めたいとか世も末だろ」
「ええっと、実はそれも関係しているというかなんというか.....」
ヘルトは罰が悪そうに指先をいじいじし、たまにこちらをチラと見てくる。
「言いたいことがあるならさっさと言ってくれ。さもないと、そのまずい水道水を何杯も飲むことになる」
「やっぱりこれ水道水だった!?っていうかまずいと思ってるのに客に渡すのはどーなのさ!.....まぁ、僕の方にも非があることは否めないけど。......ああもう、わかった。話す!話すよ!」
コップに残った水道水を一気に飲み干し、顔を歪ませたヘルトはこちらに向き直り、真剣な表情を作る。
乾いた唇を湿らせると、ゆっくりと口を開いた。
「実は、この世界はもうすぐ終わるんだ」




