待っていたもの⑤
「私ね、わかったの」
「なに......が」
愛おしい赤子見るような柔らかな顔つきで、母の片腕を撫でながら言葉を続ける。
「私が鍛えてきた理由がようやくわかったの。私がずっと剣を振り続けたのは、勇者になるためじゃなかった」
「何.......を」
何を、言い出すのだろう。こんなときに。
彼女の言葉を遮りたい衝動に駆られるも、それを防ぐ術はなく。
「私の剣は———魔人を駆逐するためにあったのよ」
「......ぁ」
「私はこれから先の人生。魔人を、魔族を殺し続けるために使う」
「ま、待て。待てって......ラディカール......」
「殺して、殺して殺して殺して......殺して。最後の一匹を屠るまで、私は剣を振り続ける」
その瞳には暗く、そして強い殺意が灯っており、その狂気に吸い込まれそうになった。
だが、それは俺の望む未来と違う。
「待てって言ってんだろ!その......そういう役は、俺がやるべきだ。勇者なんだから。だから、そのラディカールには......」
「戦ってほしくない。平和にぬくぬくと生きてほしいって?そう言いたいの?」
冷え切った表情を向けられひるみそうになるも、俺はその言葉を肯定する。
「そ、そうだ。もうラディカールの復讐は......その......」
「終わった、なんて言わせないわよ。それはあんた自身がよくわかっているはず」
俺の虚勢など、彼女の前ではあっけなく崩壊してしまう。
彼女の覚悟を超えるものなど、今の俺には持ち合わせていない。
「それでも......俺は、俺の大切な人に。女の子に、そんな生き方してほしくない。俺、もっと強くなるから、だから......」
「いい加減気づいてよ!!あなた一人じゃどうにもならないってわかんないの!?この光景を見ても!!まだ!!」
突然、風船が弾けたように、彼女の怒りが爆発した。
抑え込んでいたものが堰を切ったように放出される。
「あなたがいくら強くたって、今回みたいに複数の場所を襲われたら守れないじゃない!!なのに自分が何とかするなんて、無責任なこと言わないでよ!」
「......ぁ」
「勇者に理想を抱いてたのは私も一緒!だから、あなたを責めるようなことはしたくない!だけど......それでも......」
「ラディ......カール」
わなわなと体を震わせた彼女は、その先を口にせず門の先へ歩き出した。
「ま、待てよ。どこいくんだ」
「決まってるでしょ。殺しに行くのよ。手始めに、私のお母さんを殺した魔人をね」
「その体でか!?無茶だ、今行ったって、返り討ちに会うだけだろ!冷静になれよ、今日はとりあえず休.......」
「冷静!?冷静になれですって!?......勝てないから戦わないの!?それが、大切な人を殺した奴を野放しにしていい理由になるの!?」
血走った目を光らせ、肩を掴んだ俺の手を掴み返し、血がにじむほど爪を食い込ませるラディカール。
鋭い痛みが伝わってくるが、それ以上の痛みを、苦しみを彼女は抱えているのだ。
「......あんたはいいわよね。母親を殺されたわけじゃないんだから」
「......っ!」
体の芯まで冷え渡るような、冷たいまなざしが俺を射抜く。
今の彼女の心には殺意以外の感情が存在していないように思えた。
「......それでも、行かせるわけにはいかない。ラディカールを頼むって、言われてるからな」
亡きシュガーからの言伝。せめて、ラディカールだけでも守らなくては。
ピリッとした空気が張り詰め、炎の弾ける音だけが静かに響く。
そして、それは長くは続かなかった。
「......ふっ!」
「......っ!」
その静寂を破ったのは、またしてもラディカールの方だった。
重心を低くし、一瞬にして姿を消す。
そのまま背後に回り、俺の背に渾身の一撃を食らわす———ことはなく。
「がはっ......!」
彼女の拳が届くより早く、俺の肘が彼女の背中を直撃した。
ラディカールは苦しそうにうめきながら地面に横たわると、仰向けになりこちらを睨みつけてくる。
「......なによぉ、なんなのよぉ!こんな時くらい、勝たせてくれたっていいじゃないぃ......!!」
「......すまない。今のお前を、このまま行かせるわけには」
「あんたは!あんたは私から復讐することさえも奪うの!?......私の家族を奪っただけじゃ飽き足らず!!」
「......っ!!」
俺の行動が、シュガーを、村の皆を殺した。
いざ実際に現実を言葉にして突きつけられると、形容しがたい罪悪感に飲み込まれそうになる。
ぐるぐると後悔が巡り、頭が割れそうだ。
「.......ちっ!」
ラディカールは罰が悪そうに舌打ちすると、明後日の方を向く。
先ほどの言葉を後悔しているのかもしれない。
だが、それは事実だ。
俺の選択によりネオシュラーフバッハ村の住人が虐殺された事実は、紛れもない事実。
ラディカールだって、心の底ではそう思ってるに違いない。
「......あ」
そんな心の闇を切り裂くように、目の前に光の粒が出現しだした。
それは始めは数粒。だが、どんどん集まり、数えきれないほどに。
見覚えのある、光だ。
やがてそれらは意味を持つ文字列へと変貌し......
『アルスフェルトへ向かえ』
そのたった一文で、俺の今後の指針は固まってしまった。
「ちょっと、どこ行くのよ」
「たった今光の導きが現れた。俺は導きに従う。もう、こんな思いは御免だ。従っていれば後悔はしない」
最初からこうしておけばよかったのだ。
もう、俺の決断で俺に優しくしてくれた人が死ぬのはごめんだ。
「......そうね。私を見殺しにしててでも、あんたは北へ向かうべきだったわ」
どこまでも俺の心に穴をあけ、チクチクと蝕むラディカール。
それが無性に腹だたしくて、溜まっていた不満がこぼれ出た。
「......それを言うなら、ラディカールが討伐に向かわなければこんなことにはならなかったけどな」
「なっ......!!」
それを捨て台詞に、俺は門の先へ。
今なお燃え盛るネオシュラーフバッハ村を後にする。
頭がごちゃごちゃして何も考えられない。
とにかく、今は導きに従おう。
俺はアルスフェルトへ向けて歩き出した。
......背後から、凍えるような視線を感じるままに。




