待っていたもの④
頭を抱え、うずくまる。
だめだ。理解してはいけない。
してはいけないのに、ありえた未来を脳が思い描いてしまう。
可能性でしかないが、アルスフェルトへ向かっていたなら魔人と鉢合わせる......少なくとも視界に入ることはあったはずだ。
そうすれば、未然に魔人を倒して今回の惨劇を防ぐことができたかもしれない。
そんな訪れることのない世界線を夢想してしまう。
俺が導きに背いたせいでこの地獄が訪れたなど、到底受け入れられるわけが.......
「ねえ、ワタル」
「っ...!」
ただ問いかけられただけというのに、体が思わず反応してしまう。
気付かれた?責められる?
だが、俺はそんなこと知らな———。
「私、わかってるから」
「......え?」
予想外の返答に、間抜けな声が漏れてしまった。
「ワタルが魔人を仕向けたとか、魔族の仲間だとか、そんなことじゃないことはわかってる。なにか、事情があったんでしょう?」
「それは......」
ラディカールを助けるため、俺は導きに背いて旧シュラーフバッハ村へ向かった。
ただそれだけを言うことが、どれほど難しいか。
「大丈夫。私に聞かせて?それが、手掛かりになるかもしれないから」
優しい声が、体を包み込んでいく。
これまでのラデイカールからは考えられないような声色に背中をさすられるようにして、俺は。
「......実は」
身勝手にも、彼女の知らない事情を吐き出した。
楽になりたかった。
俺の行動を、誰かに肯定してほしかった。
俺は間違っていないのだと。助けてくれてありがとうと、言ってほしかった。
恐る恐る顔を上げると、いつの間にか彼女は目と鼻の先にいた。
ルビーの瞳と視線が交差し、後ろめたさから目を逸らそうとするも彼女がそれを許さない。
顔を両手で優しく捕まれ、正面を向かされた。
彼女の口から発せられる言葉が、恐ろしい。
助けてなんて頼んでない、勇者として正しい行動をしろ、人殺しなどと言われたらどうしよう。
そんな悪夢が脳裏をよぎるたび、体が震え、ひどい頭痛に襲われる。
しかし、彼女の表情はひどく穏やかで。
「そう、だったのね」
「......」
「ワタル」
「......」
「ありがとうね」
「......あ」
聖母の様な眼差しに、冷えきった心が溶かされていく。
「だって、導きに背いてまで、私を助けに来てくれたんでしょ?それを責めることなんて、私にはできないわ」
「......ラディカール」
「それに、こうなったのはあんたのせいじゃない。悪いのは全部、魔人でしょ?あんたは悪くない。誰かが否定しても、私だけはあんたの決断を肯定する」
「ラディカールぅ...」
いつの間にか体の震えは止まり、暖かな感情が胸に広がっていた。
かじかんだ心に、ラディカールが息を吹き込んでくれたのだ。
彼女が肯定してくれるなら、俺はまだやれる。立ち上がれる。
「......礼を言うのは俺の方だ。ラディカールの言葉に、救われた。だから......俺と一緒に、来てくれるか?」
立ち上がり、手を伸ばす。
俺と目線を合わせていた彼女も立ち上がり、片手を差し出してきた。
「もちろん、最初からそのつもりよ。これから忙しくなるわけだし、あんたにはいつまでもうじうじしててもらっちゃ困るもの」
「うじうじって......まぁ、否定できないが」
俺が気恥ずかしさから後頭部を掻くと、彼女の体の中心部に目をやる。
そのまま差し出された手を掴み、握手を......
「......は?おま、それ」
「ん?どうしたの?」
差し出された手は一つ。
ならば、おかしい。数が合わない。
「なんで、おまえ」
———腕が、三本ある?
「うああああああああ!!」
背筋に悪寒が走り、差し出した手を引っ込める。
再びこみ上げる吐き気を無理矢理抑えながら、彼女の三本目の腕に目を向けた。
それは真っ黒に焼け、
「......ああ、これ?」
数秒の沈黙の後、彼女はさも当然かのように抱えていた腕を見せつけると。
「私のおかあさんの、右腕よ」
「......いや、いやいやいや。そうじゃない。そうじゃないだろ。......え?」
「......?じゃあどういう意味?」
間違っていた。彼女の不気味なまでの優しさに、もっと早くから違和感を感じるべきだった。
彼女の心は、もうとっくに壊れていたのだ。




