待っていたもの③
「ごほっ、ごほっ......ちっ、こっちははずれか」
教会を後にした俺は、盛大に舌打ちをした。
中はもぬけの殻で、一つも死体を見ることはなかった。
フランは、ユングは、無事避難できたのだろうか。それとも、あの山の中に.......
「くそっ......!!あとは村長の家か」
頭を振って、その可能性を、光景を否定する。
大丈夫だ。きっと生きてる。
微かな記憶を頼りに走り出した。
確か、ハーゼの宿屋の向かいだったよな。
今この瞬間も火の手は範囲を広げ、じわじわと村を舐め溶かしている。
いくら地下とはいえ、酸素不足の問題に直面しているはずだ。
室内は高温のサウナ状態だろう。
「はぁ、はぁ......あっ...た!」
目的地の前までくると、炎に包まれた家屋が鎮座していた。
鉄製の標識に『ビルガーの家』と書かれていたので間違いないだろう。
「くっ......おい!だれかいるか!?」
燃え盛る扉を蹴飛ばし中を確認すると、ぶわっと熱気が押し寄せ顔をしかめた。
ここはレンガでできた家より熱がすごいな。
ソファや机などの家具は原型をとどめておらず、赤と黒だけがその空間を支配していた。
「だれか......!村長......!いないのか!」
いくら見渡せど地下室への道など見つからない。
皮膚はじわじわと蝕まれ、肺には許容量を超える煙が侵略していた。
「ごほっ、ごほ......だれか......頼む......」
痛みに目尻に涙を浮かばせながらも奥へ奥へと歩く。
そして最奥にあった大きな扉を蹴破ると。
「......っ!!」
床に金属製の両開きの扉を発見した。
試しに触れてみるも、じゅっという音がなり、直後に強烈な痛みが指を襲ってきた。
「ああああああ!!......ぐぅ......!!」
反射的に手を放すも、再び指をかける。
俺しかいないのだ。俺がやらなくては。
「俺にしかできないことだろ!根性見せろォォ!!!」
雄叫びをあげ、無理矢理自分を鼓舞する。
俺に助けられる命があるのなら、この程度......!!
「うおおおおおおおおお!!」
両腕に力を込め、思いっきり持ち上げる。
痛いし熱い。痛みに慣れる瞬間なんて訪れない。
それでも少しづつ扉は開いていき......
二色しかない世界に、薄だいだい色が足された。
「......!!皆、もう大丈夫だ!よく持ちこたえたぞ!」
癒着した皮がはがれるのも気にせず、扉から強引に手を引きはがし、差し出された手を掴もうとする。
垂れた血液で薄だいだい色が真っ赤に染まったかと思えば、高温により一気に赤黒い塊へと変化した。
「誰が生き残ってる?誰に襲われた?......ああそうだ。のどか湧いただろ?ほら、まずはこれを飲め。ゆっくりだぞ?そのあと他の皆にも......」
水筒を手渡し、状況を確認しようとするも。
「......お、おい。慌てんなって。まだあるから、ゆっくりでいいから」
水筒は伸びた指に掴まれることはなく、水滴をこぼしながらコロコロと転げ落ちていく。
俺はゆっくりと階段をおりると、指の主の腕を肩に回した。
「気を失ってるのか?ここにいるのはまずい。一旦出るぞ」
暗くてよく見えないが、ほかの皆も気を失っているのだろうか。
いくら声をかけても誰の反応も得られない。
第一発見者を地下室から出し、ちらと視線を向ける。
「安心しろ。全員助けるから......ぁ?」
支えていた力が抜け、肩から村人の体が滑る。
ゴトっという音とともに落下した。
鮮血が床に飛び散り、赤黒い染みを作っていく。
俺が気を失っていると思っていた村人。
それはただの思い込み、一種の願望であり.....
「ああああああああ!!!」
脳内を恐怖、嫌悪感、絶望が埋め尽くし、絶叫を挙げながら家屋を転げ出た。
目に焼き付いて離れない光景を塗りつぶしたくて、声を上げながら無我夢中で走りまわる。
村人の首周りには血染みが浮かび、乱暴に引きちぎられた薄赤色の頸動脈が力なく伸びていて....
「うおぇぇぇぇ」
何度目になるかわからない嘔吐を繰り返し、苦し気にうめく。
なんだ、なんなのだ、この地獄は。
どうしてこうなった。元凶は。俺は、どうしたら.....
「うぅ......ぁ」
すでに胃の中身は空っぽだというのに、絞り出すように胃液が零れ落ちる。
......どれだけ走っただろうか。
「......ぁ?」
涙でぼやけた視界の中、赤髪の少女が見えた。
大きな門の前で立ち尽くしている。
「ラディ.......カール」
かすれた声でその名を呼ぶ。
彼女はそれに呼応するように振り向くと、すっと地面を指さした。
暗く、彼女の表情ははっきりと見えない。
しかし揺らめく炎にたびたび照らされた彼女は無表情のようであり、それが逆に彼女の心境を彷彿とさせ、恐怖を感じた。
導かれるままにみると、そこには跡があった。
誰かがここを侵入し、踏みしめたことを示す大きな足跡。
獣にしては大きく、人間にしては形がおかしい。
だがこの形には見覚えがあった。
「おい、これって......」
俺に言葉を返すことはなく、ラディカールは門の先に視線を向けた。
死体の特徴からしても、この惨状の原因は魔人で確定だといっていいが、それ以上に大事な情報がこの足跡には詰まっていた。
今いる門は俺が旧シュラーフバッハ村に向けて出発した西門とは違う。
この村には北と西、二つの門しかない。
つまり......
「魔人は北から来た......ってことか。......あ」
北。つまり光の導きに従っていれば、俺は北にあるアルスフェルトへ向かっていたはずで。
「......俺のせい、なのか?」




