待っていたもの①
どれだけ走っただろうか。
辺りはすっかり静まり返り、虫の鳴き声ばかりが響き渡っていた。
現在、俺は森の中を跳躍しながら進んでいる。
木から木へと跳びながら移動することに憧れがあったが、足場が狭い分神経を擦り減らされた。
とはいえ地面の上を進もうにも、根っこに引っかかったりしそうなのでどっちもどっちだろう。
いくら進めど、木々が生い茂っており先を見通すことはできない。
現在地がわからないうえにすっかり日も暮れているので、方向を間違えてないか不安になるな。
「そういえば、さっき変な音がしなかったか?なんか、笛の音色みたいな」
「そう~?風の音がうるさくてよく聞こえなかったわ。鳥の鳴き声じゃない?」
ほんの数秒前。自然に発生したとは思えないメロディーが聞こえた気がしたのだが、気のせいだろうか。
村が近づいているのかと期待したが、ラディカールの言う通りはっきり聞こえたわけじゃない。
変な鳴き声の鳥がいても不思議じゃないしな。
「あとどれくらいで着くかわかるか?」
「え~、そうねぇ。そろそろ見えてくると思うんだけど........あっ」
ラデイカールが何かに気づいたように声を上げた。
「ねえ、あれって」
「ん?」
見れば、右の方向に明かりが見える。
「あれ、もしかして村の明かりか?」
「可能性は高いわ!そろそろ着いていい時間だもの。......でも、いつもより明るいような?」
「なんだっていい。方向には自信がなかったからな。とりあえず向かうぞ」
自然と動きが速くなる。
焦燥感とは違う、いい意味での急かされる感覚。
早くラディカールの無事を知らせてやりたいな。
シュガーは今も不安に押しつぶされそうになっているんじゃないだろうか。
もしラデイカールを救出できずに帰っていたら、文字通り寝込みを襲われそうだ。
ケーニッヒ教徒もそうだ。
フランやユングが俺の身を案じてくれていたことは記憶に新しい。
魔人の角を持って帰ってきてほしいと言っていたミレーにも手土産ができた。
正直すっかり忘れていたのでテトヒルシュの角で勘弁してもらおう。
単身この世界に転移した俺にとって、この村の面々はいつの間にか大切なものになっていた。
ラディカールの救出と、隻眼の魔人の討伐。
勇者の力があればできないことなんてない。
光の導きがなくたって、俺は結果を出せる。全部上手くいく。
「ね、ねぇ。やっぱり何かおかしいわよ。それに、なんだか煙たくない?」
「キャンプファイヤーでもしてんだろ。なんたって、英雄のご帰還だぜ?」
今日は記念日だ。
ネオシュラーフバッハ村が一歩前に進んだ、記念すべき日だ。
そのことに関与できたことをうれしく思う。
早く、会いたいな。
俺達は逸る気持ちのままに森を駆け抜けた。
視界が開ける。
目の前には草原が広がっていて、その先にネオシュラーフバッハ村がある。
騒がしく俺たちを祝福してくれる、そんな光景が待っているはずだ。
俺たちは視線を向け、軽く手を挙げた。
暗闇の中、自身の存在を大きく主張する集落が見える。
それはゆらゆらと光を振りまき、激しいまでの熱を放出していて......
「......は?」
———業火の炎に、全身を包まれていた。
目に映るのは、黄金色に輝く小麦畑を横に構えた、小規模な村のはずだ。
立派な門にはその村の名を記す看板が掛けてあって、その名をやんわり主張していたはずだ。
大小さまざまな家屋が立ち並び、奥には深い森が生い茂る、ありきたりな田舎村なはずだ。
その、どこか懐かしさを覚えるような暖かな光景が映るはず......だったのに。
無情にも烈火の海は周辺の森ごと村全体を飲み込み、薄灰色の煙を立ち昇らせていた。
昨日まであったはずの原型はとどめておらず、今もなおボロボロと音を立てて崩れ落ちている。
頭が真っ白に染まり、体から力が抜けた。
「なに...よ、これ......」
隣で子細い声が震える。
立ち止まる俺とは対照的に、よろよろと熱源へと歩み始めた。
理解、できない。できるはずがない。
頭の中がじくじくと痛みを訴えている。
この光景を突き付ける脳みそが邪魔で、血がにじむほど頭を掻きむしった。
嘘だ。これは夢だ。
だって、おかしいじゃないか。
理解の追い付かない頭を殴りつけるように、夜の世界に轟音が響き渡った。
「ぁえ、どう....ぁ?」
見れば、十字架の大きなシンボルが崩れ落ちていた。
「なん......で?なんでよ!こんな、こんなことって......っ!!」
彼女の脳に焼き付いて離れない、雪辱の光景がフラッシュバックする。
三年前と同じ地獄絵図が、そこには広がっていた。




