帰り道③
何とも言えない空気の中、たまに軽い雑談を交わしながら帰り道を辿る。
「でね、その時ぺルが......あっ、見て見て!」
「ん?あれは......鹿か?」
ラディカールの指差す先にあったのは、鹿の様な動物の群れだ。
一頭は大きな角を有しており、他の個体は角がない。
なんとなく、角がある奴がリーダーっぽいな。
「あれはテトヒルシュの群れね。お父さんと狩りに行ったことを思い出すわ~!」
懐かしんでる所悪いが、やはりこの世界の生き物は少しおかしい。
距離が近づくにつれ全身がはっきりと見えるようになるも、模様が変なのだ。
「な、なぁ。なんか龍のタトゥーみたいな模様が入ってるんだけど。あれ何?人間の嫌がらせ?」
「何言ってんのよ。テトヒルシュにはドラゴンみたいな模様があるのが普通よ。あの模様を見ればだいたいの肉食獣は寄ってこないし、どれだけ模様がかっこいいかがモテる基準らしいわ。あ、ちなみにあのオスはグラオザームドラゴンの模様ね。めったに見かけないから運がいいわよ!」
「その謎のテトヒルシュ知識は何なんだ......」
身を乗り出し、その後もペラペラと解説を続けるラディカール。
位置的に胸が後頭部にあたっているが、それはいいのだろうか。
謎にハイテンションで鹿擬きの解説を始めるラディカールに若干引いていると、背後でなにやらゴソゴソと動き始めた。
「狩るわよ!ワタル!私の弓の腕をとくと見るがいいわ!」
「ええ!ちょ、いいのか!?ここ国立公園とかで狩猟が禁止とかそういう条例は」
「何言ってんのかよくわかんないけど、動かないで!あと静かにしてなさい。テトヒルシュは人間の言葉に敏感だから、動揺したら伝わるわよ」
なぜか怒られてしまった。
昔日本で釣りをしたらここは取っちゃダメと言われた記憶をもとに言ってみただけなのだが、確かにここは異世界だ。めんどくさいルールなどないのかもな。
しかし、おぶられている体制で弓など引いて当たるものなのだろうか。
そんなことを考えながらじっと待っていると
「......あ」
ずんっとした衝撃の後、ラディカールの手から放たれた矢が風を切って直進。
勢いはそのままに、放たれた矢は正確に鹿擬きの首に突き刺さった。
リーダーらしき鹿擬きはそのまま音を立てて崩れ落ち、しばし苦しそうにもがいた後動かなくなった。
周りにいた角のない鹿擬きたちは、蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げ去っていく。
「やった!当たったわよ!ほら早く移動して!ほかの肉食獣が寄ってくる前に早く!こっからのスピードが命なんだからね!」
「俺の髪の毛をハンドル代わりにするな!.......はぁ。まぁ狩っちゃったものはしょうがないし、剥ぎ取るか」
俺は言われるがままに死体に近寄ると、皮を剥ぎ取り始めた。
「そういえば、こいつの肉って美味いのか?」
「足は微妙だけどお腹の部分はまぁまぁいけるわよ。レバーとか脳みそはおじさん達が喜ぶわね。せっかくだから持って帰りましょうか」
日本にいた頃は鹿とか食べたことなかったからな。
少し期待する自分がいる。
......と、そこまで考えてふと気が付いた。
「これ持つの俺なんだが......っていうか、袋とか持ってるのか?」
「安心して?狩人の娘たるもの、外出の際は一式装備は持ち歩いているの」
すごいでしょ?といわんばかりに、背負っていた鞄から袋やナイフ、その他諸々の道具を取り出してくる。
手際がいいというかなんというか、逞しいなこの子。
ここまで用意されていれば断ることも難しい。
俺はラディカールの見よう見まねで作業を続けた。
「......そういえば、狩人の娘って言ったか?」
「ええ。私のお父さんは村一番の弓の使い手だったのよ。この弓も、お父さんの形見なの」
そういって、愛おし気に弓を撫でるラディカール。
「シュガーさんから聞いてる。その......魔人襲撃の後、装備は横に置かれてたって」
「......」
見るも無残な姿にされた亡骸の横に落ちていた形見。
確か、あの事件の日もラディカールは父と狩りに出かけていたのではなかったか。
「すまない。嫌なことを思い出せてしまったな」
「大丈夫よ。もう、終わったことだもの。でも......そうね。あの日のことは今でも夢に見るわ。私はあの日から、進めているのかなって。時々不安になるの」
作業の手を止め、目を伏せる。
しかし、もうそのことに悩む必要などない。
「だが、もうあいつは死んだ。俺達の手で終わらせたんだ。ラディカールが努力して、つかんだ勝利だ。ここから第二の人生が始まるといってもいいんじゃないか?」
「......うん。そう、よね。......ふふっ」
彼女は俺の方をちらと見ると、少しはにかんだ。
「......?どうした?」
「いや、なんだか可笑しくって。現実感がなかったっていうのかしら。この世で最も憎んだあいつが死んだことが、夢みたいで。でも、そうよね。終わったのよね。私たちが.....あいつを殺したんだもの。もう、復讐のために生きなくてもいい......のかしら」
彼女の心を縛っていた鎖がほどけるように、ラディカールの表情は柔らかい物へと変わっていく。
まるでつきものが落ちたかのような、年相応の少女の様な表情をしていた。
「ああ。これからは自分の好きなことのために生きてもいいんだ。その点俺は勇者になってしまったからな。あんまり自由はないぜ」
「ふふっ、贅沢な悩みね。......でも、そうね。好きなこと......」
形のいい眉を寄せ、考え込むポーズをとる。
しばしの長考の末、彼女はおもむろに俺の方を指さすと、柔らかい笑顔を向けてこう言った。
「決めた。私はあんたについていく。あんたがちゃんと『勇者』として生きていくか、見届けることにするわ」
「それは心強い事この上ないが.....いいのか?これから先もっと強い敵と戦うことになるかもしれないぞ?ラディカールはもう、戦う必要なんてなくなったのに」
「勘違いしないでよね。私はあんたについていくだけで、手伝ったりはしないわ。勇者なんでしょ?一人でなんとかしなさいよ」
「なんじゃそりゃ......じゃあ、何のためについて来るんだよ」
彼女の行動理念がわからず首を傾げると、ラディカールが手招きしてきた。
誘われるがままに近づくと。
「あんたの一番傍で見守っててあげるって言ってんの。意味、わかるでしょ?」
頬を指先で小突かれた。
目を見開き視線を合わせると、綺麗な瞳が目に映る。
それがあまりに綺麗に映ってしまって、嫌でも鼓動が高まるのを感じていた。
「わ、悪いが俺にはパートナーがいるんだ。だから、そういうのはちょっと......」
「そうなの?でも、その人は私みたいに強いの?辛いときに傍にいて、励ましてくれるの?」
別の世界にいるんですよなどと言っても理解してくれないだろう。
......というか、異世界転移して恋人を作るのは浮気に当たるのだろうか。
ここらへんの判断をするのは非常に難しいな。
「それとも......私の事、嫌い?」
「嫌いでは...ないけど」
客観的に見て、ラディカールは魅力的な少女だ。
整った顔立ちに、高い戦闘能力。そして、ぶれない芯を持つ珍しい女性。
多少尖った物言いもあるだが、それも今は小気味良く感じている。
この世界に飛ばされて、もっとも交わした言葉が多い女の子。
俺は......どうしたいのだろうか。
「じゃあいいでしょ。はい、決まり!」
「ええ......ちょっと考えさせてくれ。別に今すぐ答えを出す必要はないだろ?」
「.......?ああ、彼女さんと話合わないといけないもんね。わかったわ」
なにやら意味を曲解している気がするが、とりあえずこの場はこれで収まるだろう。
......どっと疲れが押し寄せてきたな。
鹿擬きの解体も終わったし、村に帰ろう。
日も落ち始め、世界に夜の帳が降り始めている。
「ラディカール、そろそろいいだろ?日が暮れるぞ」
「そうね!十分とれたし、帰りましょうか」
俺が立ち上がろうとすると、抑えつけて阻止。
そのまま背に抱き着いてきた。
「ラディカール?もう自分で歩けるだろ?」
「なんのこと~?疲れちゃって歩けないから、おんぶして」
さきほどルンルンで解体していたのが嘘のように、体重を預けて甘えてくる。
それが不思議と嫌ではない自分がいて。
「......はぁ。急いで帰るからな。しっかり捕まってろよ」
「は~い。でもあんまり揺れない様に気を付けてね。吐いてもいいなら別だけど」
「快適な時間をお過ごしください、お客様」
冗談交じりに言葉を交わし、笑い合う。
こうしてラディカールとともに過ごすのも悪くないな。
俺は両足に意識を向けると、一気に加速した。
今日は宴会だ。
早く帰って酒が飲みたいな。




