帰り道②
その後、しばらく無言のまま歩いていると、ぽつりと背中から声がした。
「......私、ね。実は、勇者なんてなりたくなかったの」
「......え?」
今、なんていった?
耳を疑うような発言に間抜けな声が漏れてしまった。
「あんた、どこまで知ってる?村の事とか、魔人の事とか」
「......旧シュラーフバッハ村を魔人が襲って、村人を食いまくったってことは聞いたな。その......ラディカールの親父さんのことも」
「そう」
素っ気ない反応で、その先を紡ぐ様子は見られない。
ちらと後ろを窺うと、夕日に照らされた横顔が目に映った。
それはあまりにも寂しい横顔で......
「じゃ、じゃあなんで勇者になるために修行なんかしてたんだ?」
気付いたら、疑問を投げかけていた。
彼女の心に土足で上がる行為と知ってなお、その先が知りたい。
ラディカールはしばしの沈黙の後、こちらに顔を向けると。
「こっちみんな。前見て歩きなさいよバカ」
「ぎゃっ!」
ぐりっと顔を正面に戻され、背筋が凍る感覚に襲われる。
骨、折れてないよな!?
額に冷や汗を浮かべていると、大きなため息をついた。
そして、彼女は再び口を開く。
心の奥底に眠る、彼女の過去を伝えるべく。
「......最初は、もちろん修行なんかしなかったわよ。他の誰かが勇者になって、お父さんの仇を取ってくれるのを期待して、望んで、待ってた」
「でも、どれだけ待っても聖剣を抜ける人は現れなかった。今この瞬間、またあいつが襲ってきたらって......毎日毎日怯えながら暮らしてた」
「移住して一年も経つと、聖剣を抜こうと挑戦する人もいなくなったの。.......そこで、ふと思ったわ。もう誰かに期待するのはやめようって。誰もならないなら、私が勇者になってやるって」
そこから、ラディカールは修行を開始した。
雨の日も風の日も雪の日も、あの森に入り浸っては、剣を振り続けた。
「最初は何をしたらいいかわからなかったから、とにかく素振りをしていたわ。合っているかわからなかったけど、教えてくれる人なんていなかったし」
彼女は少し苦笑すると、くるくると俺の髪の毛を指に巻きつけながら。
「......意外かもしれないけど、ちっちゃい頃は臆病で大人しい性格だったのよ?でも、修行する中で変わっていった」
「意外過ぎて言葉もでないな。今と真逆じゃないか。一体どんな英才教育を......痛っ!」
「調子乗んな。......まぁ、そんなに大した話じゃないわ。私をからかう奴らがたくさんいたのよ。女のくせに、虫も殺せない臆病者のくせに勇者なんてなれるわけないだろ......って」
明るいとは言えない幼少期の思い出。
なんと答えるのが正解かわからず、口を噤んだまま聞き続ける。
「きっかけは一人の子供に木刀を盗まれたことから始まったわ。今思えば軽いいじめみたいな物だと思うんだけど、当時の私は愛刀を盗まれたのが許せなくて。犯人を見つけ出して、半殺し程度に暴力を振るった」
「家に帰るのが億劫だったんだけど、お母さんは何も言わなかった。どこで事情を察したのかしらね。その日以降、お母さんから家の手伝いを頼まれることもなくなったわ」
その日を境に、彼女の性格は一変した。
なめられるから不利益を被るのだと、幼いながらに理解したのだ。
「それで、今の性格に落ち着いたと。じゃあずっと一人だったのか?友達とか.....」
「あんま舐めてると髪の毛毟り取るわよ?友達くらいいるに決まってるじゃない。.......一人だけど」
一人いたのか。
まぁ、一人いれば十分だと俺は思う。
彼女の抱える闇、性格を受け入れるほどの人格者か。一度会ってみたいな。
「だからね、あんたには感謝してるの。隻眼の魔人に殺されそうになった時、あんたは......勇者は、私を助けてくれた。あの時、ずっとのしかかってた重荷が降りた気がして。......私は救われたの」
「まぁまぁ。人として当然のことをしたまで......」
「でも、あんたは私の期待を裏切った」
「......っ!」
前髪を強引に引っ張り、顔を上げさせられる。
目と目が合い、ルビーの瞳に怒りの炎が燃えているのがよく見えた。
「ま、待て待て!結果的に勝てたんだからいいだろ!?俺だって勇者になってまだ三日なんだ。むしろよく奮闘したほうだと」
「黙って。そんな言い訳、勇者に許されると思ってるの?」
まずい。ラディカールは本気で怒っている。
しかし俺にはどうしようも......
この場をやり過ごすため、最善の言葉を探すも思いつかない。
魔人との戦闘以上に心拍数があがり、冷や汗が滝のように流れだしていく。
ラディカールの顔が徐々に近づいてきた。
なんだ?何するんだ?
もしかして俺の目を鼻で潰す気か?それとも、俺の鼻を前歯で抉......
「......あ?」
彼女の顔が近づきすぎて見えなくなるのと同時に、額に柔らかい感触が伝わった。
それは心地よい温度と程よい湿度を伴っており、人体の顔のパーツでそれを可能とするものは一つしかない。
「.......。だから、強くなって。私みたいに困ってる人を救ってあげて。......改めて、ありがとう。ワタル。私を救ってくれて」
「......え」
頬を赤く染めたラディカールの顔に、目を奪われる。
口元に指を当て、いたずらな笑みを浮かべる少女が赤面しているのは、夕日のせいか、はたまた別の理由か。
「......善処する」
「ふふっ......うん、期待してる」
村に着くのは後分かかるだろうか。
高まる心臓の鼓動を抑えつつ、足早に歩を進める俺であった。




