隻眼の魔人⑧
「ぎゃははははははハァ!!スッとしたぜエ。てめえさえやっちまえば、あとはラクショウなんだヨ!!」
凄まじい痛みに視界が点滅し、体を燃やすような熱さが全身をめぐる。
あまりの衝撃に立っていられず、腹部を抱えて倒れこんだ。
「くそっくそっ......!!あ、あんた、そんな簡単にやられてんじゃないわよ!!」
悲痛な叫びが鼓膜を揺らすも、耳鳴りが酷く届かない。
俺はわずかに動く指先を伸ばそうとすると、突如体が宙を浮いた。
地面が後ろに遠ざかっていく。前に、前にと移動する。
そのままされるがままに運ばれると、景色が止まった。
それと同時に黒いものが見え、思わず視線を上げると。
「ヨォ。散々コケにしてくれたよなァ、お前ヨォ」
嗜虐的な笑みを浮かべ、涎の引く口内を見せつける魔人がいた。
生暖かい息が顔面にそよぐ。
鼻をつまみたくなる激臭が鼻腔を襲い、顔を苦痛に歪めた。
そうか、俺は運ばれたのか。
だんだんと意識がはっきりとしてくる。
「お...かげ...で目が覚めた......ぞ」
「もう真昼だゼェ?お寝坊さン。コーヒーはねえが必要ねえよナ?お前はここで死ぬんだからヨォ」
「つれないこと......いうなよ。最後の晩餐くら......い、寄越し...やがれ」
軽口を叩きつつ、脳をフル回転させる。
何か、何かないか?
ボロボロでろくに動かない体で、この状況を打開するなにか......
!?
視線を少し下げると、黒い靄が見えた。
俺を持ち上げたのは煙の方か。
さらに視線を落とすと、魔人の右腕がだらんと力なく下がっていた。
「ワタルーーーーッ!!!!」
遠くからラディカールの悲鳴が聞こえる。
ちらと視線を向けると、地面を這ってこちらへ向かっていた。
けして間に合わぬとわかってなお、俺を助けんと懸命に体を動かしている。
ん......?
そういえば、ラディカールは救出する寸前まで大けがを負っていなかったか?
それなのに、俺の動きに合わせて戦闘ができていた......
「く.....」
「ああん?」
「くせえ...から...しゃべ...んな......っぐ!!」」
「死にてえならさっさと言えヨ。お望み通り、ぐちゃぐちゃにしてやル。......おい、そこのガキ!てめえの仲間も、てめえの親父と同じ目に合わせてやっからナ!目ぇそらすんじゃねえゾ!」
圧迫が強まり、口から内臓が飛び出そうな感覚に襲われる。
気分が悪いし、全身も痛い。
脳が危険を訴え続けるせいで、意識が飛びそうだ。
だが、同時に確信も得た。
何かが割れる音がしたのだ。
俺が期待した、あの音だ。
確かに響いた音とともに、全身に力が戻ってくる。
俺は湧き上がる力のまま拘束をほどき、剣を乱暴に振った。
「......っおまエ...まだ......!!あァ?」
斬られた煙が霧散し、体が地面へと落下する。
そのまま地面に衝突......することはない。
代わりにパキッという音がなった。
何か致命的なものが砕け、外部からの侵入を許したことを知らせる音。
「......危なかった。正直、まじで死にかけたよ」
「...ァ...ェ?」
何が起こったか理解していない魔人の胸元には、深々と聖剣が刺さっていた。
胸部のヒビは砕かれ、その肉体を露出させている。
俺はそのまま剣を引き抜くと、軽く振り血を払う。
その後、魔人は音を立てて崩れ落ち、生命活動を終了した。
「俺を掴んだのが、腕じゃなくて煙でよかった。おかげで.....回復するのが俺だけで済んだ」
俺の視線の先。魔人の亡骸の前には、緑色の液体の染みと割れたガラスの破片が散らばっている。
「わ、ワタル......?」
よろよろと、ラディカールがこちらへ向かってきた。
「おう、お疲れさん。おかげで活路が見つかったよ」
「お疲れさん.....じゃないわよ?!どうやったのよ、あんたが地面に落ちた直後、姿が消えて、魔人が死んで.....何がなんだか.....!!」
あわあわと身振り手振りで動揺を表現し、説明を求めてくる。
「別に大したことじゃない。俺の懐にあった回復ポーションが、煙に圧迫された時に割れたんだ。その瞬間俺の体力は回復。そのまま隙をついてゲームセットって感じだな」
「ええ......?じゃ、じゃあまさか、一瞬で回復して、背後に回って剣を刺したってこと!?」
相手も油断していたのだろう、ゆっくりヒビを狙う時間は十分にあった。
大きな隙があれば、俺でも狙えるからな。
ラディカールの姿を見て、ポーションのことを思い出せてよかった。
「続きは歩きながら話そう。とにかく......」
俺はラディカールに拳を突き出すと、清々しい気持ちでこう言った。
「ラディカールのおかげで勝てたよ。助かった。これにて......隻眼の魔人、討伐完了だ」




