隻眼の魔人⑥
「もう少し自分に自信持てよ。ラディカールは強い。俺が保障する」
「強くなんか、ないわよ。あんたが軽々と吹き飛ばしたあいつに、私は手も足もでなかった」
「だがあいつも随分と傷ついていた。お前の攻撃は確かに効いていたぞ」
「でも、勝てなかった。......届かなかった!勇者になれなかった私に、お父さんの仇をとれない私に、何ができるっていうの!?」
彼女の両目から群青の青が溢れだした。
それに呼応するように、どす黒い感情が流れ出てくる。
限界まで注がれたコップから、水が滴り落ちるように。
「そもそも、あんたが私から勇者権を奪ったんじゃない!勇者になったのなら、勇者としての責務を果たしなさいよ!」
「それは....すまないと思ってる。だが、俺だけでは」
「言い訳なんて聞きたくない!助けて貰えないと勝てない勇者なんて、勇者じゃない!」
俺の胸倉を掴みかかり、怒りに満ちた罵声を浴びせる。
「だいたい、なんで勇者に選ばれたのがあんたなのよ!どう見ても素人じゃない!なんで、なんであんたなのよ!私が勇者だったら、あんなやつ......!!」
「......」
彼女の言葉の一つ一つが胸に突き刺さり、傷跡を刻み付けてくる。
どうしようもない罪悪感が胸中に渦巻き、俺は思わず目を逸らした。
ラディカールの言い分に対し反論の余地はない。
彼女が勇者であったなら、どれほど強くなっていたのか。
少なくとも温室育ちの現代っ子である俺より適任だろう。
ラディカールは俺とは違う。
俺のような何もしてこなかった人間には、勇者という役割は重すぎたのかもしれない。
ラディカールが共闘してくれないのなら、逃げるという選択肢もあるが......
「ここまで来といてそれはないよな」
ここで一人逃げるくらいなら、最初からアルスフェルトへ向かっていたほうが良かったとなってしまう。
「......はぁ」
俺はしばらくの沈黙の後、覚悟を決め、重たい口を開いた。
「......そこまで言うのなら、わかった。お前に勇者権を譲る」
「.....は?なに、言って」
なにも難しいことじゃない。
退職代行のスキルを自分に使えばいいのだ。
ヘルトから譲り受けた経験上、もっとも近くにいる人物に移るものだろうしな。
「ラディカールの言う通り、俺は勇者にふさわしくないのかもしれない。だから、お前に託す」
「な、何言ってんのよ!勇者権を譲る!?そんなバカげたこと、できるわけ.....」
「俺のスキルがあれば可能なんだ」
「スキル!?......で、でも!もし仮に可能だったとして、あんたはそれでいいの!?」
「それでいい、というのは?」
「だから、あんたは勇者じゃなくなってもいいって、本気で思ってるのかって聞いてんの!!」
信じられないものを見る目......という表現は正確でない気がする。
なにかもっと根本的な......そう、俺はこの顔を知っている。
「ラディカールが努力してきたことは知ってる。だから、お前の方が適任だと判断しただけだ」
「そうじゃない......そうじゃないの!!あなたは!あなた自身はどう思ってるの!?勇者になって、やらなきゃいけないことがあるんじゃないの!?あなたは、何のためにあの日!聖剣を抜いたのよ!」
彼女の顔は、悲哀に満ちているのだ。
ただただ、悲しいのだ。
何が悲しいのだろうか。
俺には彼女の胸中を知るすべは持ち合わせていない。
「冷静になれよ、ラディカール。今この状況を打破するには、お前が勇者になるか、俺と共闘するかしかないんだ。このまま死んでもいいっていうのか?」
「話をすり替えないで!私は!あんたの目的を聞いてるの!」
声を荒げ、激昂するラディカール。
話は平行線上を辿るばかりで、進展する気配がない。
俺の使った煙玉の継続時間も残りわずかだろう。
少し強引だが、お互いのためだ。無理矢理にでもスキルを使って、勇者権を譲渡しよう。
「いいか?ラディカール。お前はこれから勇者になるわけだが、『笛惑の魔女』ってやつには気をつけろ。できれば捕らえて俺の前に持ってきてくれ。俺はそいつに大事な用があって.....っ!?」
口を開いた瞬間、乾いた音とともに視界が揺れた。
じんじんとした痛みが遅れてやってきて、右頬が熱くなっていくのを感じる。
目の前には両目を真っ赤に腫らし、大きく腕を横に振った彼女がいて。
「私の前で、選ばれなかった私の前で、選ばれたあんたが勝手に辞めるなんて許さない!......それに私、あんたがまともに答えない限り共闘する気ないから」
彼女の言葉を嚙み砕いて咀嚼して飲み込んで.....ようやく頬を叩かれたことに気が付いた。
お互いのために最善の提案をしたつもりだったのだが、何がいけなかったのだろうか。
「俺は......」
俺はどうしたいのか。
......どうしたいんだろうな。そんなこと、考えたこともなかったかもしれない。
家に帰りたい?英雄になりたい?スローライフを送りたい?
どれも、しっくりこない気がする。
......って、いかんいかん。今はそれどころじゃない。
魔人だ。なんとかラディカールを説得しなくては。
曲げたへそを治すよう説得しようと口を開くと......
「うあああああああああああ!!」
けたたましい雄叫びとともに、ラディカールが家屋を飛び出していった。
「ちょっ、ラディカール!?」
「うっさいだまってろ!この臆病者!あんたみたいなへにょへにょ勇者より、まだ私が戦った方がよっぽどましだわ!かえってママの胸で泣けばいいんじゃない!?」
「へ、へにょへにょって......」
半ばやけくそ気味に、魔人の元へ肉薄する赤髪の少女。
足をもつれさせたまに転びそうになるものの、がむしゃらに大地を蹴っていく。
慌てて俺も飛び出すも、彼女はすでに魔人の足元まで迫っていた。
煙玉による煙幕は徐々に薄れていっているが、彼女に気づいていない様だ。
「うおおおおおりゃああああああああ!!」
「......ッ!!懲りねえなァ、お前もヨォ!!!」
重く質量を伴う黒煙と、彼女の剣が交差した。
凄まじい威力の衝突に大気がいななき、全身にビリビリとした衝撃が襲ってくる。
「そこで指を咥えて見てなさい!私の方がましだってこと、その目に焼き付けなさ......きゃ!」
威勢よく吠える彼女の背後に黒い影が。
家屋の裏から回り込み、少女の胴体を貫かんと迫っていた黒煙だ。
反射的に体が動き、間一髪薙ぎ払う。
両腕に重く響くような一撃を受け流し、嫌な汗が頬を伝う。
生身で受けたらひとたまりもないな。
俺はしびれの残る両腕で彼女を抱え、後方へ飛んだ。
腕の中から鋭い眼光が。
「な、何すんのよ!あんたの助けなんていらないんだから!」
「助けたわけじゃない。巻き添えを食らうのが嫌だっただけだ」
「何よそれ!もう少しマシな言い訳したら!?」
感謝しろとは言わないが、こうも素直じゃないのはいかがなものか。
何か言いたげな表情の彼女を地に降ろし、魔人を見据えて隣に立つ。
「勘違いするな。これは共闘じゃない。そうだな......これは、それぞれのタイマンがたまたま重なっただけだ。奇遇だな」
ふんっと鼻を鳴らしたラディカールを横目に、深く息を吐いて緊張を押し流す。
どうやら今回は見逃してくれるらしい。
プライドが高い奴を相手にするのは骨が折れるが、これで協力は取り付けられた。
「それは普通に1対2だろう.....ガ!!」
魔人の呆れたようなツッコミを皮切りに、歪な共闘が幕をあけた。
さぁ、第二ラウンドだ。




