隻眼の魔人⑤
「おいおいおいおいおい、楽しませてくれんじゃねえカ。俺の左腕は安くねえゼ?なんせ300年物だからヨォ。慰謝料置いてけヤ。代金はてめえの命でいいゼ」
充血した片目をこちらにむけ、邪悪に嗤う魔人は片腕をポキポキと鳴らして見せた。
左目左腕を失い、バランスがとりづらくなっているだろうに、それを感じさせない立ち振る舞い。
それを可能としているのは、あの黒い靄だ。
靄は全身を覆うだけでなく、失われた左腕さえ補完も補完している。
「......それは魔法か?煙たくて吸いたくないから近づかないでくれ」
「くくっ......。ほざケ。魔法なんてちゃちなもんじゃねえヨ。これは俺のスキルだ。スキル<黒煙>。こいつは俺の意のままに剣となり鎧となり、腕にもなってくれル」
......スキル、か。俺のスキルより使い勝手よさそうだな。魔人のくせに。
ちらとラディカールの方を見ると、青ざめた顔を引きつらせていた。
「ラディカール、どうしたんだ?ボスに第二形態があるくらい定番だろ。......もしかして、あれってやばいのか?」
「や、やばいなんてもんじゃないわよ!スキルってのは、数千人に一人、持ってる奴がいるかいないかってほどに珍しい物なの。でも、その分効果は絶大。魔王軍の幹部や側近、上位魔族はそれぞれ固有のスキルをもっているとされているわ。でも、なんであいつが.....!!」
「知りたいカ?知りてえよナァ。俺みてえな野良魔人、スキルなんて持てるわけねえもんナァ。くくっ.....」
上機嫌に口角を上げ、嗜虐的な笑みを浮かべる魔人。
さっきから上位魔人だの野良魔人だの言っているが、なにが違うんだろうか。
その問いを投げかけるより先に、状況が変化し始めた。
スキルによって出現した黒煙は次第に形を変え、やがて硬質化したかのように黒光りする金属鎧へと変貌したのだ。
「なっ......!!煙が金属に......!?ど、どういうことよ!?」
「くくっ......、俺ぁツイてるぜ。つい最近、あるお方からスキルを貰ってヨォ。しかもこれが進化したってんだからたまげたもんだぜ!俺の黒煙は、上位スキル<変黒煙>になったんだからナァ!この鎧はどんな攻撃も貫けねえ!それに.....くっ!」
「長い」
俺は上機嫌にくっちゃべってる魔人の死角を縫うように接近すると、聖剣を胸部に叩きこんだ。
しかし、キンッという金属音とともに弾かれてしまい、そのまま後方へと下がる。
「......くくっ、人間ってのは人の話も聞けねえ猿以下の集まりなのカァ?だが残念だったなア、自慢のパワーも、俺の変黒煙の前では無力ダ!」
俺が胸部に叩きこんだ傷。弾かれたものの少しは傷つけることに成功していたのだが、それもみるみる内に修復されていく。
「俺のスキルは無敵なんだヨ!どんな攻撃も無意味、無価値、無駄無駄無駄ァ!お前の攻撃がどれだけ強かろうと、煙の回復速度の方が速イ!!」
「......わ、ワタル。ど、どうしよう。こんな奴、どうやったって勝てっこな.....ちょ、ワタル!?」
ラディカールが不安の声を漏らした時、俺はすでに移動していた。
縦横無尽に動き回り、死角に入っては剣戟を打ち込む。
「ぐっ、がっ...無駄だとまだわからんカ。もういい加減理解し.....おイ!ちょこまかと鬱陶しいゾ!!」
煙でできた左腕には当然効果なし。
頭部、胸部、腹部、股間、爪先など、ありとあらゆる部位への攻撃を試みるも、作った傷はいつの間にか修復されてしまう。
「いい加減に......しろヨ!このくそ人間ガ!」
大ぶりな攻撃を回避し、今度は先と同じ部位である胸部へ追加攻撃を食らわす。
標的の部位と少しずれてしまったが、ほんの少しヒビがはいったか。
これ以上の肉薄は危険と判断し、後退。ラディカールのもとへと戻る。
心臓の鼓動がうるさく、耳鳴りも酷い。
やはり実践は怖いな。
それに、かなり絶望的だ。俺一人では厳しいと言わざるを得ない。
俺は懐から煙幕を取り出すと、思い切り地面へ投げた。
「......あア!?隠れやがっテめんどくせエ!!出てこいやくそ人間!!」
俺はラディカールの手を引くと、近くにあった民家へと身を潜めた。
所々穴が空いているが、身を隠す分には申し分ない。
壁の隙間から様子を窺うと、煙を晴らそうと魔人が暴れまわっていた。
見つかるのも時間の問題だな。
「......ラディカール」
「な、なに.....?」
息のかかる距離で身を寄せる彼女の名を呼ぶと、不安そうな瞳をこちらへ向けてきた。
「俺に策がある。だが、この作戦は俺では完遂できない」
「え.....?そんな、ワタルにできない作戦なんて。そんなもの....無意味じゃ」
「無意味かどうかはお前次第だ。......ラディカール。お前がまだ動けるのなら勝機はある」
俺はラディカールを手招きし、隙間から外が見える位置に誘導すると。
「あいつの胸部のヒビが見えるか?あれは先ほど二回連続で攻撃した部位だ。だが、他の傷に比べて修復が遅い」
「言われてみれば......そう、かも。......それが?」
「ラデイカールには、あの部位のみを狙って攻撃してほしいんだ」
「......正気?」
疑いの目を向けられるが、いたって正気である。
ラディカールの正確性があれば、不可能ではない作戦だ。
我ながら良い提案をしたと思ったのだが......
「......ごめん、気をつかわせて。情けないわね、私」
顔を俯かせ、ラディカールは苦し気に言葉を紡いだ。
「気を遣う?言ってる意味がわからないな。それとも、もう動けそうにないか?」
彼女はふるふると首を横に振ると。
「そうじゃないの。ワタルは私に......敵討ちの機会を作ってくれようとしてる。そうでしょ?」
わかっている、と言わんばかりな視線を向けられる。
そんなことは一切ないし、普通にピンチなんだが。
勇者なら当然勝てる。自分など要らないと本気で思っているのか?
この勘違いは早急に正さなくては。
「確かに勇者の力は絶大だ。俺はラディカールよりもパワーもスピードもあるし、スタミナもタフネスもある」
「わかってるわ、そんなこと。だから......」
「だが、万能じゃない。俺だけじゃできないことはもちろんある。だから......」
煙幕がだんだんと晴れはじめ、家屋の穴から光が差した。
鮮明に映りこんだ、彼女の表情は......諦念にも似た虚ろなものだった。




