隻眼の魔人④
時は少し遡る。
「......これはすごいな」
両足に力を込め、爆発的な脚力で大地を駆ける。
人間離れした身体能力を得た俺は、目まぐるしく変わる景色に感嘆の声を漏らした。
街を出て早一時間。
全速力で西へ向かうも、まったく疲労感は襲ってこない。
「勇者というより化け物だな、こりゃ」
聖剣を抜いた恩恵についてすべて把握しているわけではないが、体力の底が見えない。
正直、誰にも負ける気がしない。......まぁシェンには負けそうになったが。
「そういえば......光の導きが消えたな」
西門を出て命令を破った時点で、光の文字は消え去った。
それ以降何かを示してくることはない。
「俺を見限ったのか、はたまた別の命令を考え中なのか......ま、考えても仕方ないか」
これまで恩恵を与え続けてくれた導きに反する行動を俺はとった。
それによる影響は今のところわからないが、今は目の前のことに集中すべきだろう。
「......?あれ、か?」
視線の先には、ぼんやりと建物らしき物体が見え始めてきていた。
まだ遠すぎてわからないが、おそらくこの規模の村は旧シュラーフバッハ村とみていいだろう。
「ラディカール......無事だといいんだが」
道中追いつくこともなかったので、すでに村に入っているのか。
はたまた村以外の場所にいるのだろうか。
「とりあえず、村を散策して......おっと!」
村の輪郭がはっきりと目視できる距離まで歩を進めると、突然轟音とともに建物が崩壊した。
場所は村の中心近く。
「......様子を見るか」
一体誰と誰が戦っているのか。敵の数と配置は。
それらの情報を得るべく、俺は回り込むように村の外側から侵入し、屋根の上で身を伏せた。
場所を悟られぬよう、少し離れた距離から観察する。
次々と倒れる家屋。しかし破壊を行っているものは一人の様だ。
よくよく見てみると、全身黒い体毛で覆われた大柄の......男?
角が生えているが、これが魔人とやらなのだろうか。
相対しているのは......
「ラディカールか」
赤毛の少女が、スピードでかく乱しながら戦闘している。
故郷ということもあってか、地の利は彼女にありそうだ。
「ふむ」
思っていたよりも彼女は強い。
剣の腕は言うまでもないが、それだけではない。
積極的に地形を利用するし、投擲の精度も申し分ない。
魔人と互角にやりあえている。
両者を分けるところといえば......タフネスだろうか。
魔人は複数傷を負っていてもピンピンしているが、ラディカールはそうもいかないだろう。
「......あ」
しばらく戦闘を見守っていると、屋外に出たラディカールが魔人に吹き飛ばされた。
石壁にぶつかり、くるしそうにうめいている。
「助けたいのは山々だが......」
まだ確実に魔人に勝てるか判断がついていない。
戦闘の癖や欠点のようなものは見えてきたが、まだ周囲に別の魔人が隠れていないとも限らない。
行くべきなのか、まだ見守るべきなのか......
そんなことを悠長に考えていたが、どうやら時間は許してくれないらしい。
ラディカールが首を捕まれ、持ち上げられた。
魔人が口を開けて噛み潰さんとする。
「時間切れだな」
俺は頬をはたき気合を入れ直すと、再び脚に力を込めた。
体が矢のごとく加速し空を切る。
一瞬にして、黒い皮膚が眼前に迫ってきた。
そのまま魔人の左側の死角から滑り込み、左腕に垂直切り。
野菜を包丁で切ったかのような軽い感覚を覚えつつ、心の中で安堵する。
大丈夫、攻撃は通じる。
攻撃の直前、ラディカールの命乞いが耳に入った。
高飛車な彼女のことだから今際の際でさえ恨み事の一つでも吐くかと思ったが、意外だったな。
だが共感できる発言だ。俺だって死にたくない。
「だよな。だから俺がいる」
俺はすぐに意識を切り替えると、右腕に意識を向けた。
剣術の類は習ったことはないが、昨日のシェンの剣筋は記憶に新しい。
見よう見まねで上半身を捻り、腹部へ狙いを定め、水平に剣を振る。
強靭な肉体にぶつかった痺れを感じながらも剣を振りぬくと、轟音とともに魔人は後方に吹き飛んだ。
巨体は鮮血をまき散らしながらも数回回転すると、奥の木にもたれかかり、苦しそうにうめいている。
「遅れてすまない。間に合ってよかった」
さっきまでの俺を見られていたら怒られそうな台詞を吐くが、幸いラディカールは気づかなかったらしい。
驚きを隠せない様子で、目を見開いていた。
すまんな、俺の優先順位第一位は自分の命なんだ。
少し罪悪感を感じながら彼女のルビー色の瞳を見ていると、
「......あ」
彼女はぺたりと座り込んだ。
そして、瞳から大粒の涙が溢れだす。
よく見ると全身傷だらけだ。
胸当ては粉々に粉砕されているし、口端からは血が滴っている。
「......ワタル」
名前を呼ばれた。何かに気づいたような目を向けられる。
もしかして、俺が観察していたことに気づいていたのだろうか。
責められても仕方がない。甘んじて受け入れよう。
「なんだ?」
しかし予想とは裏腹に、彼女は目を細めてはにかむと。
「......ありがとう」
心の底から感謝しているのだと。その気持ちが痛いほど伝わってくる声色で、礼を告げられた。
彼女にはピンチから救ってくれた英雄のように見えているのだろうな。
「気にするな。それより、これを飲め」
俺は懐から瓶を取り出すと、彼女の口にあてがった。
中身は緑色の液体。村長から貰った物資の中にあった回復ポーションだ。
流石異世界ファンタジー。医学など必要ないのだ。......日本に持ち帰ったら医者から消されそうだな。
ちなみに貰ったのは二本だ。あと一本あるが、念のため残している。
「立てるか?奴もこれで終わりとは思えない。正直ラディカールを庇いながらの戦闘は......」
「だい...じょうぶ。少し良くなってきたから。体はまだ動く......わ」
よろよろと、腹部を庇いながら立ちあがるラディカール。
大丈夫という割には弱っているな。
「無理するなよ。陰で休んどけ」
「うん.....ありが」
とう、と彼女が言い切る前に、背後で黒が爆ぜた。
振り返る。
瞬間視界に映ったのは、漆黒の巨体。
黒い靄を鎧のように纏い、凄まじい気迫を放つ魔人の姿だった。




