ラディカールの苦悩②
「......不気味な男ね」
しかし彼の話を冗談と切り捨て、ベッドに潜るわけにはいかないことも確かである。
「仇を取られる、か」
脳裏に黒髪の勇者がちらつき、思わず舌打ちしてしまう。
心地の良い早朝が台無しだ。
私は隣で膝立ちしながら汗の染みた服を吸っている女の子に視線を向け...向け......。
「ぴゃああああああ!?何やってんのよ!?ぺル!」
「じゅるじゅる....あっごめんにゃ、ラディ。この鼻にツンと刺すくっせえ臭いを嗅いでたら、つい。......でも、こんな朝っぱらから濃厚な汗の臭いをまき散らしているラディも悪いと思うにゃ。せっかく気持ちよく眠ってたのに.......近所迷惑って言葉知ってるかにゃ?」
「天地がひっくり返っても悪いのはあんたの方よ!離れなさ....いっ!」
思いっきり水色の頭目掛けて拳を振るも、間一髪で避けられる。
殴られかけた当人は気にする気配もなく、恍惚とした表情を浮かべ。
「いいっ、いいにゃ!ラディが動くたびに朝日に煌めく汗がウチの顔面に飛んできて......」
「ああっもう!汗がかかるように動きつつも私の拳を躱す神業をやめなさい!これだから変態の相手は嫌なのよ!」
俊敏に動き回り、自身の顔、特に鼻にあたるように汗を浴びる女の子。名をペルヴェールという。
可愛らしい耳と尻尾を持つ獣人だ。
昔ながらの幼馴染....というには語弊がある。腐れ縁と言った方が適切だろうか。
「ああっ......口も鼻も汗の臭いで満たされて......っ!お”っ、これ”効く”にゃぁ~」
「ちょっと!人の汗を嗅いで変なこというな!......はぁ、どうしてこんな風になっちゃったんだか。昔は普通に可愛い猫耳だったのに」
子供の頃、猫じゃらしに興奮していた無邪気な面影は一ミリも残されていない。
「なに他人事みたいに言ってるにゃ。私にこの幸せを氣づかせてくれたのはラディにゃ。責任......とってにゃん?」
「可愛く獣人っぽさを出してくんなこの変態猫!それとあんたの特殊性癖を人のせいにしてこないで!?私悪くないし!......悪いこと言わないから、病院行った方がいいわよ」
「病院は怖いから嫌にゃ。それに治したいとも思ってないし。......臭いの素晴らしさに気づいてからは毎日がハッピーにゃ。ラディ、ありがとにゃ」
「純粋無垢な目で言うな!
はぁ......と大きなため息をつく。
ペルと話すといつも疲れる。変態を相手するのも楽じゃないわね。
もはや慣れすぎてツッコんだりしないが、人の汗の臭いを感知して飛び起きるのは流石獣人というべきか。
何という能力の無駄遣い。親が聞いたら泣くんじゃないかしら。
「ふぅ、いい朝活だったにゃ......そういえば、なんで今日はお庭で修業してたにゃ?いっつも森でやってたのに。それに......さっきの男は誰にゃ?」
どうやら満足したらしいペルが、小首を傾げて尋ねてきた。
やけにつやつやした顔をしていたが、ツッコんだら負けなのだろう。
「それがね......」
そして、私は昨日あったこと。ラートと名乗る男が話しかけてきたことを話した。
「......ふぅん、で?ラディは行くのかにゃ?」
「行くって、どこに?」
「決まってるにゃ。ラディの生まれ故郷、旧シュラーフバッハ村にゃ」
「......そう、ね。実はまだ決め切れてないというか」
あの男の情報に確証が持てない、というのもあるが些細なことだ。
私が躊躇っている理由、それは。
「.......もしかしてビビってるにゃ?」
「なっ......!び、ビビってないわよ!」
「わかりやすく目を逸らされても説得力がないにゃ...」
ジト目を向けられるも、明後日の方をむいてしまう。
三年前、目の前で父を食われた光景を一度たりとも忘れたことはない。
今だに夢に見る、あの地獄の光景。思い出すだけで震えが止まらなくなる。
「まぁ好きにするといいにゃ。ラディの実力なら大丈夫だろうし......私は近所の鉱山に出稼ぎに行ってくるにゃ」
当然のことのようにそんなことを言ってのけるぺル。
「.....どうして、平然とそんなことが言えるの?私、勇者に選ばれなかったのよ?どこにそんな根拠が......ねぇ、教えてよペル。私、本当に勝てると思う?」
答えが欲しい。私が勝てる、根拠が欲しい。
あの魔人と相対するのが恐ろしい。勇者として選ばれて、安心して挑みたかったのに。
そんな私の心中を知るべもないぺルは怪訝な顔を覗かせて。
「根拠なんてないにゃ。なんとなく、勝てそうと思ったから言ったにゃ」
「なんとなくって......そんな根拠で、命かけて戦いに行くなんて私には」
「ラディは自分を過小評価しすぎにゃ。古い付き合いだからわかるにゃけど、ラディは化け物にゃ。さっきも本気で殴りかかってきたらウチはとっくにお陀仏にゃ」
ぶるっと身を震わせ、両手で体を抱きしめるポーズをとる。
「化け物は言い過ぎでしょ。でも......ほんとに?私、結構本気で殴りかかったよ?私、ペルが思ってるほど強くな」
「ああ~もうめんどくせえにゃ!ラディはいっぱい頑張った!だから強い。これでいいにゃ?ほら、自分の腕見てみるにゃ。それが、か弱い女の子の腕に見えるかにゃ?」
ちらと視線を這わすと、確かに女の子にしては太い両腕に、剣を握り続けた結果硬くなった掌の皮膚が見えた。




