ラディカールの苦悩①
「......はぁ」
ふらつく足取りで外に出る。
今、何時だろう。眠れそうにもなかったので外へ出たのだが、世界はまだ薄っすら闇に覆われている。
手には愛用している木刀。
邪念がよぎるときはいつもこの剣を振ることで紛らわしていた。
「ふんっ!」
家の庭で素振りをする。
何千何万と繰り返した、慣れ親しんだ動作。
体を動かしているときは気が楽になる。何かを考えずにすむから。
しかし慣れにはデメリットもあるようで。
「......」
無意識で行えるほど訓練している私は、思考の波にさらわれてしまった。
頭の中で何度も何度も繰り返される、屈辱の記憶。
黒髪の彼に、いともたやすく投げ飛ばされた記憶。
「......っ!!!くそっ!くそっ!」
怒りに身を任せ、乱暴に剣を振るう。
仮想のあいつをイメージし、何度も脳天をかち割っていく。
「なにが『めんどうだ』、よ。すかしてんじゃねえっつう......のっ!!」
悔しい。憎い。......羨ましい。
そんな感情が泡のように浮いては消え、浮いては消えを繰り返していく。
「はぁっ、はぁっ.......っ、くぅ」
......どれほど振っただろうか。
息は荒くなっている上に、木刀を持つ両腕も疲労感を訴えてくる。
それに、いつのまにか視界はぼやけていた。
どうやら涙があふれているのに気づかないほど躍起になっていたらしい。
私はごしごしと瞼をこすると、空を見上げた。ぼんやりと明るくなっている。
太陽がいつの間にか顔を出していたようだ。
自然と気分が軽くなっていくのを感じる。
涙も流し、ほどよい疲労感もある。いつもならぐっすり眠れただろう。
しかし......
「.......はぁ」
溢れんばかりの怒りは解消できたものの、別の感情もまた胸中に渦巻いているのを感じるのだ。
しかし、その正体を捕らえることはできない。例えるなら喉に小骨が引っかかって抜けないような感覚だ。
じくじくとした痛みが胸を掻きむしり、汗の伝う顔をしかめる。
ふと、視界に一つの影が映った。
相手はこちらに気づいたようで、ひらひらと気さくに手を振ってくる。
「おやおや、こんな早朝から鍛錬ですか。精が出ますねぇ、ラディカールさん」
「......誰よ。ケーニッヒ教徒がなんのようかしら」
ケーニッヒ教徒特有の服装に身を包んだ、長身の男。
この村にいる住民の顔は皆知っているはずだが、この男についての記憶はない。
「これはこれは失礼いたしました。私、本日からこの村に配属されました、ラートと申します。以後、お見知りおきを」
丁寧に腰を折り、怪しげな笑みを浮かべてきた。
「ふんっ。こんな朝っぱらからご苦労なことね。残念だけど、この村でこれ以上の勧誘は無駄だと思うわよ?村の半数が入信したらしいけど、それ以外は別に興味のない人達ばかり。無駄足だったわね」
「はははっ、耳が痛い話です。しかし、私が来たのは宣教が目的にあらず。......なんでも、この村で勇者が生まれたとか。私はこれでもケーニッヒ教徒の端くれ。勇者さまのご尊顔を一目でも拝謁しようかと思い、はせ参じた次第でして」
思わぬ来客に、逸る鼓動を必死に隠す。
こんな早朝に、というのもあるが私のセンサーがこいつを危険として認識しているのだ。
一見無害そうな男だが、底知れぬ威圧感を感じる。
男はおどけた様子でこちらに歩み寄ると、憐れみの視線を向けてきた。
「それにしても、残念でしたねぇ」
「......何がよ」
「勇者ですよ。あなたの鍛え抜かれた身体を見ればわかります。相当研鑽を積んできたのでしょう?私から言わせてもらえば、十分に勇者としての実力は備えておられる。しかし聞くところによると、勇者は黒髪の青年だとか。いや~、心中お察しいたします。女性が鍛える理由など一つしかありませんからねぇ。大方、その鬱憤を晴らすために素振りでもしていたのではないですか?」
瞬間、胸の中心が放火されたように熱くなった。
自然と拳に力が入り、男を親の仇が如く睨みつける。
「あんたが売りに来たのは十字架のペンダントじゃなくて喧嘩のようね。いいわ、買ってやるわよ。人の事情を知ったようにペラペラと。何も知らない部外者のくせに!」
「何も知らないというのは語弊がありますね。教徒からこの村の情報は入ってるんですよ。色々と、ね。赤髪の目つきの悪い女性、一目見てラデイカールさんだと分かりましたよ。いいんですか?あなたの欲しがる情報、聞かなくても。例えば.....『三年前旧シュラーフバッハ村を襲った魔人の居場所』とか」
耳を疑う発言に、一瞬頭が真っ白になった。
三年前。旧シュラーフバッハ村。魔人。それらのワードが私にとってどれほどの意味を持つか。
どんな情報を持っているか知らないが、人の心に土足で踏み込んできていることは確かであった。
「......あんたは今、冗談じゃすまない事を言ったわ。一度だけチャンスをあげる。今なら冗談でしたと言えばグーパン腹パン肩パンで許してあげるわ。ただ、それでも冗談を貫くつもりなら、見るに堪えないあんたの顔がさらに醜悪なものになる」
男の前で木刀を構え、一挙手一投足に意識を配る。怪しい真似をしたらすぐに切りつけられるように。
しかしこの状況にあっても男は余裕を崩さず、楽しそうに両手を上げて降参ポーズをとった。
「おお~怖い怖い。私はただの一介の教徒。あなたと戦う気はありませんよ。ただ......先の話は本当です。旧シュラーフバッハ村で、先日見かけましたよ。大きな角に、黒い皮膚。そして片目を失った、隻眼の魔人をね」
「隻眼の、魔人」
それはかつて父が傷をつけた個体と特徴は一致している。
しかし、この胡散臭い男を信用してよいものだろうか。
いつもなら切り捨てているところだが、今回は話が話だけに迂闊に動けない。
「信じるも信じないもあなた次第です。ですが.....どうか、後悔のない選択をされますよう。どこの馬の骨ともわからない輩に仇を取られてしまわぬように、ね」
「.......ふんっ」
意味深に呟くと背を向けたまま手をひらひらと振り、ラートは教会へと歩いていった。
背中が見えなくなるまで睨みつけ続ける。
完全に見えなくなると、どこからともなく力が抜け、どっと疲れが押し寄せてきた。




