退職代行②
周囲の視線を集めすぎたと判断した俺達は、すぐ後ろにあった路地裏で密談をしていた。
「それで......その、退職代行ってのは本当に可能なのか?俺は不動産会社で働いてるんだが、俺の上司はとにかく嫌な奴でよ......俺が辞めるって言ったら、『やめたいのならやめればいい。だが、仮に退職を申し出ようが上に通すかは私次第だがね』って言われちまって。だから、あんたがそのまま言ったところできっと上手くいかねえはずだ!......お、お願いだ。俺ぁこのままあいつの下で働くのはまっぴらなんだ!だから、あいつを説得するのに協力してくれ!」
俺の手をとり、必死に訴えてくるおっさん。名をジョーンというらしい。
話を聞く限り、普通の手段では退職は困難だろう。
上司を懐柔したくとも今の所持金を考えると可能性は皆無だ。
だが、俺には生憎とスキルがある。
......早速試してみるか。
俺はジョーンの手を握り返すと、
「方法はある。その代わり、最後に確認させてくれ。本当にいいんだな?退職して。あとからやっぱりやめたとかはできない可能性が高いんだが」
「ああもちろんだ!あのくそ上司の元で働くなんざ大金積まれてもごめんだからな!」
「......よし、じゃあ始めるぞ」
力強く頷くジョーンを見届けると、瞼を閉じて集中する。
スキルの使い方なんて書いてなかったが、集中して唱えると上手くいくのが相場だからな。
さて、なんて唱えようか。
これから先俺の必殺技となるわけだから、かっこいい呪文にしたいものだ。
別に唱える必要はないかもしれないが、合図として宣言するのは誤射を防ぐ意味でも重要となる。
......別にかっこいいから唱えたいとかそういうわけでは断じてない。
退職......退職か。......うん、これでいこう。
俺は手短に退職に関連する単語を連想すると、意を決して口を開いた。
「———リザイン」
そう呟いた瞬間、体からエネルギーが流れだすのを感じた。
心臓から飛び出して、血管を通り指先へ。
そして触れているジョーンの体にたどり着き、侵食し、全身を覆いつくすと。
「......あ」
力が抜けたように、ジョーンが膝から崩れ落ちた。
「.......!!大丈夫か!?」
「あ、ああ.....問題ねえ。なんだか、一瞬大切なもんを失っちまったような、心に穴が開いたような感じがしたんだが.....あっ!」
ひとまず心身に大きなダメージがないことに安心したのも束の間、ジョーンが何かを見つけたようだ。
彼の手には、ポイントカードほどの大きさのカードが握られている。
そう、先ほど俺も持っていた個人情報の書かれたカードだ。
「あ、ああ!!す、すげえよ!どうやったんだ!?ここ、ここ見てくれよっ!この職業の欄!!」
嬉々としてカードを見せつけられるままに視線を落とすと、確かに職業の欄が空白になっていた。
「ほう、これで退職できたってことでいいのか?.....というか、そのカードは一体何なんだ?」
「はぁ?何言ってんだよ。国民は生まれたときから持たされてるカードで、書かれていることは絶対なんだよ!だから、ここの欄が空白ってことは」
「正真正銘、無職の誕生ってわけか.......でも、偽造するやつもいるんじゃないか?」
それこそ、ファンタジーなのだからどうとでもできそうだが。
しかし......
「そこらへんは問題ねえよ。このカード、この国に生まれた時点で自動で生成されるんだ。お偉いさんのスキルによってな。特別な機械に通せば本物かどうかの判別はすぐにできる。それに、今のところ改ざんされた事例はないらしいぜ......兄ちゃんも持ってんだろ?市民カード」
俺はポケットから市民カードとやらを取り出して見せると、ジョーンは「持ってんじゃねえか」と鼻を鳴らした。
なるほど。この国のトップが国民を管理するためにスキルでカードを自動生成しているのか。
知らず知らずのうちにカードを持っていたことにも納得がいく。
「だから偽造の心配はねえってこった。上司が問い詰めてこようがが、このカードを見せつければ解決よ!正直このカードに良い思い入れはないんだが、まさかこんな形で役に立つとはな!」
まじまじとカードを見つめ、瞳を輝かせるジョーン。
自衛のためにやったことだが、ここまで喜ばれると悪い気はしないな。
「上手くいって良かった。実際、初めてスキルを使ったものだから確証はなかったんだ」
「まじでか!?いや~すげえなぁ、スキルって。......なぁ、何か礼をさせてくれよ!」
「いや、別に大した労力じゃないし気にしなくても......」
「それじゃあ俺の気が済まねえんだよ!だから、な!?それとも......俺なんかにできるこたぁなんもねえかい?」
そこまで言われると、何かお願いをしてあげたほうがいい気がしてきたな。
俺は苦笑しながらしばらく思考していると、ふと妙案が浮かんできた。
「.....なぁ、代わりと言っては何だが一つ頼まれてくれないか?」
「おお?なんだぁ言ってみな!できる範囲ならなんでも構わねえぜ?まっ、無職となった俺にできることなんて限られてるだろうが......」
「いや、そんなことはない。むしろジョーンだからこそ頼めることだ」
頭上に?マークを浮かべた彼に、俺はとあるお願いをした。




