消えたラディカール ①
シュガーとひと悶着あった翌日、俺は不本意にも叩き起こされた。
原因は、今なお激しく戸を叩くノック音である。
余程のことがあったと思われるが、二日酔いの頭に響くのでやめていただきたい。
「勇者さん!起きてぇ勇者さん!......た、大変なのぉ!」
明らかに慌てた様子で戸を叩いているのは、シュガーのようだ。
昨日の脅迫......もとい約束を果たせと早朝から訪ねてきたのかと思ったが、少し事情が異なりそうだ。
俺は寝間着のまま扉を開き、彼女を迎え入れると。
「やっと起きてくれたわね!大変なのよ、ラーちゃんが、ラーちゃんがいなくなっちゃったのよぉ!」
「......おはようございます、勇者様。起きて早々申し訳ないですが、事態は一刻を争うかもしれません」
慌てふためくシュガーの横に、寝ぐせのついたユングが控えていた。
昨日のこともあり警戒心はほどけないが、その慌てぶりからは嘘を言っているようにも見えない。
「落ち着いてください。森に修行にでも行っているのでは?」
「それが、どこにもいないみたいなのぉ。私が目が覚めた時にはもうもぬけの殻で......村中探し回ったんだけど、見つからなくてぇ。それで」
シュガーの視線の先には、深刻な表情をしたユングの姿が。
「シュガーさんの申し出を受け、既に村総出で捜索を行いました。......勇者さん。いいニュースと悪いニュース、どっちから聞きたいですか?」
村人が村から出ることはそう珍しいことでもないはず。
しかし、シュガーはともかくとして村人達の対応が気になるな。まるで、ラディカールに危険が及ぶことが予想されているような。
「急いでるんだろ?手短に頼む」
ユングは罰が悪そうにするも、すぐに切り替え報告しだす。
「す、すみません.......いいニュースは、ラディカールさんが西門から出るのを見た、という証言がでました。もう一つは」
「魔人の姿を見たっていう噂が流れてるのよ!私たちの生まれ故郷......旧シュラーフバッハ村でね......!!」
拳を震わせ、怒りを露わにするシュガー。
なるほど、それは慌てるのも無理はないな。
ここからどれほど距離が離れているのか定かでないが、魔人が故郷に出現したとなっては警戒して当然だ。
それよりも、重要となるのはラディカールの外出の理由だ。
自分が勇者になれないと知った彼女ならば、最悪のケースとして自暴自棄になり勝負を挑みにいかないとも限らない。
しかし、血気盛んなラディカールであっても流石に取らない選択肢だと信じたいが。
「一応聞くんだが、旧シュラーフバッハ村があるのはどの方角だ?」
この村には西門と北門のみがあり、南に森、東に山がそびえたっている。外出するとなると方角は限られる。
二人は顔を見合わせると、神妙な面持ちで同時に答えた。
「「ここから西の方角よ(です)」」
最悪のケースが、現実となってしまったようだ。
俺は一度部屋に戻り身支度を整えると、宿屋から一歩踏み出した。
朝の心地いい空気とともに、暖かな日差しが差し込んでくる。
気付けば、まだ朝早いというのに村人たちが待ち構えていた。皆心配そうな顔をしているな。
その集団の中から年長者らしき老人が前にでてきた。
その腕の中には、胸当てなどの装備一式が抱えられている。
「こんなものしか用意できませんが、受け取ってください」
「いいんですか?けして安い物じゃないと思うんですけど」
「なぁに、勇者様のため。ひいてはラディカールのためと思えば安い買い物です。遠慮なさらずに受け取ってくだされ」
そういって満面の笑みで装備を手渡し———。
「......なぁ、まるで自分の金を出したみたいに言ってるが、あれケーニッヒ教会が勇者様にって用意したものじゃなかったか?」
「シーッ!静かになさい?村長さん、今まで村長らしき仕事なんてやる機会がなかったからやってみたかったのよ、きっと。ここは村長さんのメンツにかけて黙っておいてあげましょう?」
「お二人とも、声が大きいですよ。村長さんのこともそうですが、勇者様の格好は少し奇抜......いえ、独特な服装です。決して悪いとは言いませんが、中には人間性に疑問を抱く者もあらわれるやもしれません。勇者らしい服装になってもらうためにも、村の長という立場の者が渡したほうが効果的なのです。余計なことは言わず、見守っていましょう」
ばっちり聞こえてしまっている点を除けば、ユングの考えは正解だったな。
耳まで赤くした村長が早く受け取ってくれと言わんばかりに目線で訴えてくる。
ここは村長の顔を立てて、素直に受け取るか。
「ありがたく頂戴いたします。......少し待っててください。着替えてきますので」
ユングの発言を聞いてから、自分の服装がいかに浮いているかを再確認した。
確かにファンタジー世界でスーツ姿はだめだよな......
俺は宿の中に戻り着替えを済ませようとすると、シュガーが中で待っていた。
「予定とは違った形になるけど、ちょうどいいわ。ラーちゃんが暴走した原因の一つは勇者さんなんだから、当然断らないわよね?私たちの無念を晴らして、ラーちゃんを連れて帰ってきて」
もし破ったら昨夜のことを言いふらす、と外に視線を向けることで警告してくる。
「わかってますって。別に逃げたりしませんよ。......着替えるので外に行ってもらっていいですか?」
彼女は再度釘差すように俺を睨みつけると、素直に宿の外へ出ていった。




