一児の母③
逃げ遅れた少女が辿る運命など想像にたやすい。
しかし彼女は現に生きている。
そこに、彼女の動機がありそうだな。
「ラーちゃんはその日、夫と狩りに出かけていたわ。今日こそは大きな獲物を取ってくるんだってね。......でも、帰ってきたころには村は地獄になり果てていた」
「......」
「知ってる?魔人って女の、それも子供の肉を好むのよ?それで......村に帰るなりラーちゃんは標的にされたわ」
怒りに満ちた表情で、我が子を狙われた事実に腸を煮えくり返す。
「ラーちゃんが食べられるまで、あと一歩だった。そこを、夫が片目を射抜いて間一髪阻止したの」
ラディカールの父は狩人だったのだろうか。弓を扱ったことはないが、土壇場で片目を射抜く正確性には感嘆せざるをえない。
「ラーちゃんはその隙に地下室へ逃げ込んだわ。夫は......」
ぎゅっと左手の薬指にはめられた指輪を握りしめるシュガー。
その先を言わすのは酷というものだろう。
ラディカールの勇者になりたい動機、そして復讐を果たしたい相手とは。
だんだんと全貌が見え始めたように思えた。
「......ねぇ、どんな殺され方したか、わかる?身を挺して村を守ろうとした、皆が、夫が、どんな殺され方をしたのか」
息のかかる距離まで顔を近づけ、情緒不安定に事実伝える。
「頭を食いちぎられたのよ!足音が遠ざかって外に出てみたら、そこには首から先のない死体が山の様に転がってた.....!!わかる!?もうどれが誰かの死体かなんてわからない!」
服装や体型を覚えていれば判別は可能だろうが、大量の血液に塗れた死体から推測するのは困難を極めるだろう。
しかし、特徴的な物を持っていれば話は別だ。
「夫は....カールの体は、見るも無残な形に変えられていたわ。片目を潰された腹いせかしらね。横に弓矢が落ちていたから、すぐにわかったわ」
残された者たちは、戦った者同様、いやそれ以上に深い傷を心に付けられた。
その怒りは、並大抵のことでは消えないだろう。
「それから荷物をまとめて、残った人間で移住の地を探したわ。その道中で何人か命を落としたけど、ようやくこの地を見つけたの」
道中での死人というのは、シュトゥーア正教会に見捨てられたことを言っているのだろう。
追い打ちをかけるように死人が出たことは、深いトラウマとなっているはずだ。
「........ねえ、なんでこんな話、君にしたと思う?」
わかりきった質問をする。だが、俺の返答も決まっている。
「すみませんが、魔人の討伐はできかねます」
「......っ!!......理由を、聞かせてもらってもいいかしら」
完全に虚を突かれた顔をした直後、怒気を強めて問い詰められる。
しかし、どんな事情があろうと危ない橋はわたりたくない。それに理由は他にもある。
「光の導きって、知ってますよね」
「勇者が為すべきことを記す物、でしょ?それがなに?」
「俺の目の前には『翌日の早朝、寄り道をせずにまっすぐアルスフェルトへ向かえ』と書かれています。なので、討伐することはできません」
そう、シュガーの過去回想の間に急に現れたのだ。
あまりにタイムリーなためどこかで話を聞いているんじゃないかと勘繰りたくなるが、光の導きによって得られたものは大きい。
逆を言うと、逆らうとどんなペナルティが発生するかわからないのだ。
「......どうしても、逆らっちゃいけないの?」
「逆らったことがないのでわかりませんが、それが世界の命運を分ける結果になるかもしれません」
少し卑怯な言い分だと思うが、これで引いてもらえると助かる。
ペナルティがあったとして、それがこの村に降りかかる可能性もないとは言い切れないからな。
「......世界の命運なんて、どうでもいいじゃない」
「え?」
小さくて聞こえなかったが、それを機にシュガーは薬指にはめていた指輪を外した。
それは綺麗な紅玉の嵌められた、小さな指輪だった。
彼女は手にしたグラスとともに指輪をテーブルに置くと、俺の正面に向き直り......
———仰向けになるように、押し倒した。
そのままベッドの上に上がると、俺にまたがるように腰を下ろす。
柔らかな感触と暖かな体温が下腹部に伝わってきた。
彼女は面積の少ない自身の服に手を掛け......
「......なにするつもりですか」
「何って、決まってるでしょ?———夜這いよ」
彼女の紅色の瞳が妖しく光り、質の悪い冗談ではないことを悟らされる。
「冷静になってください、俺は夜這いされようと依頼を受ける気は」
ない、という前にシュガーの下着がはらりと落ちた。
月明りに照らされた彼女の裸体は出るところは出ている、男の欲情を誘う豊満な体をしていた。
「......受けとめて?」
シュガーは艶やかな唇を震わせると、覆いかぶさるようにして俺の上体に倒れこんできた。
俺がとっさに肩を掴んで衝突を避けるのと同時。
彼女は嘲笑うかのようにベッドに両手を付き、衝突を回避した。
片手両膝で体を支え、自身の肩にかかった俺の右手を絡めとり、どこかへ連れ去っていく。
どこへ?
その疑問に答えるように、柔らかな感触がした。
気づけば、俺は乳房を触っていた。
「......触ったね?」
「......!!」
こちらが何かを言う前に彼女は俺の手を放すと、代わりに口をふさいできた。
「ふふっ......今の状況わかってる?私が不同意の元、性交渉を迫られたと言いふらせばあなたの人生は終わりよ?」
獲物を捕らえた狩人のような視線が突き刺さり、自身の窮地を思い知らされる。
大人しく首を縦に振ると、彼女は満足げに手をどけてきた。
「勇者に脅しとは、中々大胆なことをしますね。......しかし、誰が信じるでしょうか」
「それがわからないあなたじゃないでしょう?たとえ勇者といえど......いいえ、成りたての勇者だからこそ、その力を乱用して女性を襲ったと考えるほうが自然だわ。それに、私は何十年もこの村に住んで交友関係も広い。大してあなたは最近ここに来たばかり。意味、わかるでしょう?」
彼女の艶やかな唇から発せられるのは、ただの村人とは思えないほど計算しつくされた策略。
打つ手なし、か。
薄々予感はしていたが、彼女の方が一枚上手だったようだ。
「......始めは偶然かなと思ったんです。俺の一番好きな酒を持ってきたこと。これも、俺を観察することで策略にいれたんでしょう?調子に乗って飲みまくったら意識はあやふやになる。そこで翌日約束を取り付けていた、などと嘘を並べ、断れば不同意の元襲われたと言いふらすよう脅すことができる。グラスが一個しかなかったことからも、睡眠薬でも盛っていたんじゃないですか?」
宴の中で俺の行動に目を光らせることなど容易だろう。しかし、この策略を短期間で練り上げ、俺に悟られることなく完遂した。
これが女の本気というやつなのだろうか。
「もう隠す必要もないわよねぇ。もちろん、盛ってたわよ。でも、そこまで見抜かれてるとは思わなかったわぁ。それでも引っ掛かったってことは......まさか脱ぐとは思わなかったのかしらぁ?」
その質問に、俺は答えない。
それを肯定と受け取ったようで、彼女はクスリと笑うと早々に服を着てドアに手を掛けた。
「討伐の件、よろしくねぇ。聖騎士さんを破った君なら余裕でしょぉ?断ったらどうなるか、言わなくてもいいわよね?それじゃあおやすみなさぁ~い」
少し乱れたベッドの上で、一人残される俺。
何ともめんどくさい状況になってしまった。
今日の決闘を見届けることで確信を得て、討伐を依頼......脅しに来たわけか。
「ミスったな......」
一般女性に手は上げられない上に、彼女に身を預けられたあの瞬間、一瞬だが隙ができてしまった。
そこを突いた彼女の勝利を認めるほかないだろう。
とはいえ決まってしまったことにはしょうがない。
光の文字に反することにはなるが、さっさと片づければ問題ないかもしれないしな。
俺はベッドに横になると、右手に残る微かな感触に惑わされながらもゆっくりと意識を手放していった。




