一児の母②
「このワイン、とっても美味しいわよねぇ。実はね、うちの畑でとれた葡萄を使ってできてるの」
現在、俺はシュガーとともにベッドに腰掛けている。
傍にあるサイドテーブルには俺の好みだったワインが置かれ、グラスは一つだけだ。
シュガーは瓶の栓を抜くと、グラスにゆっくりと注ぎ入れる。その格好も相まってか、いけないお店の店員のようだ。
彼女は柔らかに微笑むと、ワインの入ったグラスをこちらに差し出してきた。
「俺もこのワインが一番好きでしたよ。......でも、もうたらふく飲みましたので。これ以上飲むのは遠慮しときます」
そういって、俺は差し出されたグラスをやんわりと断る。
「遠慮しなくていいのよぉ?......ほら、飲んで飲んで?」
「すみませんが、これ以上飲むと会話ができるか怪しくなってしまいそうなので。俺に、話があるんでしたよね?」
なおも勧めようとするシュガーだったが、飲酒による会話能力の欠如を盾にするとしぶしぶ引き下がってくれた。
「そう、残念だわぁ。せっかく開けたのにぃ」
「俺のことはお気になさらず、シュガーさんが飲んじゃってください」
「お客さんを差し置いて私一人飲むのは気が引けるわぁ。それとも......こんな時間に女性を連れ込んで、酔わせるつもりぃ?勇者さんも大胆ねぇ」
「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。シュガーさんが入りたいって言ったんじゃないですか」
舌をペロっと出し、悪びれる様子もなく「そうだっけぇ?」と惚けるシュガー。
「ごめんなさい、冗談よぉ。今日はちょっと...そうねぇ。ちょっと寂しくなっちゃって?」
「これ以上冗談を言うなら追い出しますよ」
「ええ!?そ、それは困るわぁ......コホン、その、ラーちゃんのことなんだけどね?」
あたふたと明らかに動揺した素振りを見せ、本題を切り出すシュガー。
やはり、ラディカールのことだったか。
彼女は勇者になるため修行し、ぽっと出の俺にその権利を奪われた。母親として思わないところがないとも言えないだろう。
「ラディカールには申し訳ないと思ってます。ずっと勇者になるために修行を重ねていただろうに、いきなり俺が聖剣を抜いちゃって」
「いいのよぉ。むしろ、君には感謝してるわぁ。うちのラーちゃん、家の手伝いなんて一切せずに、ず~っと森で剣を振ってるんだもの。これでやっと家の仕事を教えられるわぁ」
「......ずっと気になってたんですけど、ラディカールはどうして勇者になりたがってるんですか?」
彼女は復讐といっていたが、その相手は誰なのだろうか。
シュガーは少し顔を曇らせると、しばしの沈黙の後口を開いた。
「魔人に襲われた事件のこと、知ってるわよね?」
「ええ」
今日聞き込みを行った時知った事実だ。
しかし、村を襲われて移住した、程度の知識しかない。
「......その日何があったのか、教えてあげる」
シュガーは思い出すことを嫌がるように肩を抱きつつも、震える口で言葉を紡ごうとする。
しかし、なかなか言葉が出てこない。
無理して話さなくてもいいと言うか迷っていると、絞り出すように口を開いた。
「一匹の魔人がね、襲ってきたの。......突然のことで、みんな知らなくて。それで、最初は門番のモークさんが。あ、あた...あた.....っ」
「シュガーさん......、落ち着いて。ゆっくり、ゆっくり深呼吸してください」
半ば過呼吸のように荒くなりだした息を鎮めるように、優しく背中をさする。
シュガーのこの豹変ぶりには、さすがに動揺を隠せない。
あれほどおっとりとした雰囲気を醸し出していた彼女であったが、今や怯える小鹿の様だ。
数秒ほど経つと、呼吸が和らいできた。
彼女は短く礼を述べると、大丈夫だからと続きを話そうとする。
「はーっ。ふぅ......。ごめんなさいねぇ......取り乱しちゃって」
「いえ、......苦しかったら、話さなくてもいいんですよ?」
気になって仕方なくはあるが、しょうがないだろう。
また後日にでもと伝えると、シュガーはそれを片手で制して。
「大丈夫。私には、いや、私だからこそ、君に言うべき義務があるわ」
彼女は瞳に決意を灯すと、今だ震えながら、しかし着実に過去の出来事を話し始めた。
「三年前、旧シュラーフバッハ村に一体の魔人が......襲ってきたわ。最初はモークさんが、襲われた。駆けつけた大工のノインさんも、農夫のバイクさんも、みんなみんな、殺された」
「でもね、男達が命がけで作った時間で女子供全員、そして少ないけれど護衛する男数人だけは地下室に避難することができたの」
なるほど、この村の男女比があきらかに偏っていたのはこれが理由か。
「生きた心地がしなかったわ。天井からは雄叫び、叫び声、断末魔が響き渡ってた。もしこの場所が見つかったらって思ったら.....怖くて、怖くてたまらなかった」
「.......」
「でも、それ以上に恐ろしいことに気が付いたの。それは......この地下室にいるべき人が、一人いなかったの」
「いるべき人?それって......」
「......ラーちゃんよ」
悲しいような、怒りの様な感情を乗せた声色から、一人の少女の名が挙げられた。




