一児の母①
俺に負けたショックから重い足取りで村を後にするシェンを見送った後。
「よくやってくれた。おかげでシェンへの不満を取り除くことができた」
俺は観衆の中から頑張ってくれた子供達に礼を述べていた。
宿から出た後に出会った二人の少年。
彼らには、俺の合図でシェンを責める役、シェンを擁護する役をお願いした。
元々村人たちはシュトゥーア正教会に恨みを持っていたことに加え、シェンの人柄の良さも相まって上手くいった。
シェンの中でシュトゥーア正教会の聖騎士である誇りや思い入れのようなものを薄れさせたことにより、スキルの発動条件を満たすことができたのだ。
「まぁ、今回はたまたま条件がそろってたってことも大きいけどな」
目の前で光の文字が瓦解し、粒となって消えていく。
光の導きはシュトゥーア正教会による訓練の道を否定している、ということなのだろうか。
これの行動理念のようなものがまだわからないな。
顎に手を当て少し思案していると、おずおずと少年が口を開いた。
「ど、どういたしまして......でも、シェン姉ちゃん大丈夫かな。元気なさそうに帰っちゃったけど。......また会えるかな」
「きっと会えるさ。俺がこの村にいる限り、何度でも連れ戻しに来そうだしな」
嘘だ。彼女が俺を連れ戻しに来ることはもうないだろう。
突如として訪れた、大幅なパワーダウン。帰る途中で無職になっていることにも気づくかもしれないな。
「なんにせよ、この村の人達からの偏見は取り除けたはずだ。君たちのおかげでな。改めて、ありがとう」
「え、えへへ......勇者様のお役に立ててよかったです!」
「僕も、あのお姉ちゃんのことは嫌いじゃない.....かも」
嬉しそうに目を細める二人の頭を撫でる。
小さい子供を利用したことに若干の罪悪感を感じつつ、その場を後にした。
「はぁ......」
とぼとぼと竜車に乗り込み、村を去っていくシェンの姿が脳裏に焼き付いて離れない。
少可哀そうなことをしたとも思うが、こうでもしないと連行されていた。
自分の自由を守るためには必要なことだったのだ。
そう、俺は......俺の意思で初めて、強制退職させたのだ。
その日の夜、宿に戻ると再び宴会が開かれていた。
俺の実力に懐疑的であった村人も、歓迎ムードで俺を迎え入れる。
「勇者様、お帰りなさい!お待ちしておりましたぞ!ささっ、こちらへ。お~い皆!席を空けてくれ!英雄のご帰還だ!」
たくさんの笑顔に迎えられ、特等席に着席する。
これでいい。何も間違ってなどいない。
彼女だって、もうシュトゥーア教徒だと白い目で見られることも、俺にかまう必要もなくなったのだから。
俺はいつもよりハイペースで酒を飲むと、早めに自室へ戻った。
・・・・・・
ベッドに仰向けになり、天井をボーっと見つめる。
拭いきれない負の感情が渦巻き、寝ようにも寝られない。
俺の決断は、正しかったはずだ。
はずなのだが......。
そんなことを考えていると、トントンと扉から戸を叩く音が聞こえてきた。
こんな時間に来訪者が来るとは思っておらず、一瞬心臓が跳ねる。
部屋を間違えたのかと思ったが、それならノックはしないだろう。
しかし俺はこの世界に来て日が浅い。親しい間柄の人などいないのだが。
「勇者さ~ん、少しいい?」
聞き覚えのある柔らかい声色から、ラディカールの母、シュガーであると推測する。
しかし油断はできない。勇者と聞いて仕掛けてきた魔王の手先が声を真似ている可能性もある。
俺は窓をそっと閉めると、聖剣を片手に扉の前に立った。
「こんな時間にどうしました?」
「ちょっとお話したいことがあってぇ......お時間いただいてもいいかしらぁ?」
「......その前に、一つ聞かせてください」
「なぁに?」
俺は乾いた唇を湿らせると、心臓の鼓動が逸るのを感じつつ平常心を装って質問する。
「ユングはどうしてますか?もうこんな時間ですが、あの年の子供を夜道を一人で返すのは危ないでしょう」
「ユーちゃんなら大丈夫よぉ。もう成人してるもの。それに、ああ見えて立派なケーニッヒ教の助祭。大抵の低級魔族なら問題ないでしょうしねぇ」
ユングの名を聞いて、迷うことなく返答が返ってきた。
独特の口調にユングに対する呼び名、そして俺の知る限りの正しい情報。
しかし、これでシュガー本人である確率は大いに高まったとは言え断定はできないだろう。
例えば、声色を真似る魔法や記憶を読む魔法が存在すれば偽装することは不可能ではない。
「あのぉ、立ち話もなんですし、入れてもらってもいいかしらぁ?」
若干の不安の混じった問いかけ。
俺はまだこの世界についての情報が乏しく、どんな魔法があるかわからない。そもそも、魔法があるのかさえ疑問だ。
しかし、これ以上待たせるのははシュガー本人だった場合のリスクが生じてしまう。
泊まらせてもらっている以上、宿屋の店主との人間関係にヒビを入れたくはない。
「すみません、今開けますね」
俺は聖剣を掴んだ左手を背に隠しつつ、ゆっくりともう片方の手で扉を開くと、そこには。
「失礼しまぁーす......あのぉ、あんまり見られると恥ずかしいのだけれど」
「......すみません、少々意外だったもので」
「あんまり着慣れてないから、どんな反応されるか不安だったのだけど......ふふっ、私もまだまだイケてるってことで、いいのかしらぁ?」
赤く煽情的なネグリジェに身を包むシュガーが、高級そうなワインを片手に微笑んでいた。




